第48話「《終焉回帰門・アストラルゲート》」
「ここから先へは一歩たりとも通すな!!」
数万の兵士たちが咆哮する。
その光景はまるで奇跡だった。かつて王都の派閥争いで分裂していた貴族たち、互いを蹴落とそうとしていた人間たち、その全てが今だけは肩を並べている。
レインたちを先へ進ませるために、未来を託すために、リリアーナは馬上から真っ直ぐ俺を見る。
そして笑った。
昔みたいな高慢で高飛車な笑みではない。
どこか吹っ切れたような、どこまでも綺麗な笑顔だった。
「レイン!!」
戦場を越えて声が届く。
「あなたには行かなきゃいけない場所があるんでしょう!?」
俺は言葉を失う。そんな俺へ向かって、リリアーナはさらに続けた。
「だったら立ち止まらないで!!」
その声は震えていたけれど、迷いはなかった。
「私は昔、あなたを信じられなかったの!」
夜風が吹き、戦場の喧騒が遠ざかる。
「だから今度は信じる!!」
剣を掲げると、その背後では軍勢が雄叫びを上げる。
「ここは私たちが止めるから――」
そして最後に.......少しだけ寂しそうに、けれど心から祝福するように、セレフィーナへ視線を向けて微笑んだ。
「行きなさい。あなたの王子様を連れて」
その瞬間.......セレフィーナの頬が僅かに赤くなる。そして、もう一度俺とセレフィーナの方を見て少し微笑むと、リリアーナはもう振り返らなかった。
かつて手放してしまった少年の背中を見送りながら、自分が守れなかった未来を今度は自分の手で切り開くために、剣を空高く振り上げたのである。
「全軍突撃!!」
空が裂けた。
そう錯覚するほどの轟音と共に、旧封印遺跡の上空で無数の魔力光が弾け飛び、夜の闇を白く塗り潰した。
それでも..........まだ状況としては芳しくない。
リリアーナ率いる王国軍が到着したことで崩壊しかけていた戦線は辛うじて持ち直したものの、それでも戦場全体を覆う圧力は凄まじく、普通の兵士なら立っているだけで膝をつきそうになるほどだった。
その中心で、レインは拳を握り締めながら振り返る。遠く後方では、リリアーナが軍旗の下に立ち、長い金髪を夜風になびかせながら次々と指示を飛ばしていた。
ほんの少し前まで、自分を見下し、婚約を破棄した相手。それなのに今は、誰よりも頼もしく見える。
そんな複雑な感情を抱いた直後だった。
――ゴォォォォォォッ!!
地面が爆発した。
土砂を撒き散らしながら巨大な魔物が姿を現す。
全長十メートルを超える異形に四本の腕、黒曜石のような外殻を纏い、額には不気味な黒銀色の紋章を淡く光らせている。
何より.........冥境の門印と酷似した印が刻まれていた。
「来るぞ!!」
クロードが叫ぶ。
次の瞬間には既に動いていた。地面を踏み砕くほどの速度で飛び出し、神速の一閃を叩き込む。
銀閃。
王国最強の名に恥じない剣撃だった。本来なら竜種ですら両断する斬撃。
だが.........
ギィィィン!!
耳障りな金属音だけが響いた。魔物の外殻には僅かな傷しか残らない。
「硬ぇな……!」
俺がそんな一言と共に、軽く息を吐いたその瞬間........魔物の腕が振り下ろされた。
空気そのものが圧縮されるような衝撃。
まともに受ければ即死。
しかし、その一撃を真正面から迎え撃ったのは........セレフィーナだった。
「――《白銀聖域》」
彼女が静かに詠唱した瞬間、純白の光が大地を覆い尽くす。
展開された結界へ腕が激突した途端、衝撃波が四方へ吹き荒れ、周囲の兵士たちが思わず顔を庇った。
それでも........結界は砕けない。
むしろ神々しいほどの輝きを放ちながら魔物を押し返していく。
「レイン!」
セレフィーナが振り返る。その瞳に宿るのは絶対的な信頼だった。
何も言わなくても分かる。
任せる。
そう言っているのだ。
だからレインも笑った。
「任された!」
冥境の門印が脈打ち、右腕を黒銀色の光が包み込む。同時に脳裏へ断片的な記憶が流れ込んできた。
崩壊した世界、巨大な門、銀髪の少女.......
そして――。
この魔物とよく似た怪物を斬り伏せていた自分。
「……そういうことか」
俺の体は考えるよりも先に動き出し、口は自然とその詠唱を口にする。
その瞬間、冥境の門印が今までにない輝きを放つ。
黒でもない、銀でもない.......
まるで夜空そのものを圧縮したような深淵色の光が右腕を包み込み、周囲の空間を静かに歪ませていった。
そして――世界が軋む。
レインの背後に現れたのは、これまでの門とは明らかに格の違う存在だった。
それは巨大な門。
だが、ただ巨大なだけではない。
漆黒の門扉の表面には無数の星々が流れ、まるで宇宙そのものが閉じ込められているかのような幻想的な輝きを放っている。
門の縁には銀色の鎖が幾重にも絡みつき、その一本一本に古代文字が刻まれていた。
まるで世界そのものを封じるための牢獄。あるいは神々ですら越えることを許されない境界線。
「――《終焉回帰門・アストラルゲート》」




