第49話「ついに始まるか!?」
「――《終焉回帰門・アストラルゲート》」
重々しい音と共に門がゆっくり開く。その奥に広がっていたのは闇ではない。無数の星が生まれ、滅び続ける終わりなき夜空だった。
次の瞬間、門の奥から一本の巨大な黒銀色の鎖が飛び出し、魔物の身体へ絡みつく。
逃げようとする。
暴れようとする。
だが........無意味だった。
鎖は存在そのものを縛る概念の鎖。魔物は絶叫しながら門へ引きずり込まれていく。
そして最後に、レインが静かに剣を振るった。その一閃に呼応するように門が閉じる。
世界が静まり返り、衝撃と共に巨体が吹き飛ぶ。
魔物が初めての悲鳴をあげてすぐ、そこにはもう........魔物の姿は欠片も残っていない。まるで最初から存在していなかったかのように。
「今の剣筋……」
「ああ」
男の声が聞こえた。
あの謎の男.......全ての元凶と言っても違いはないだろう。
いつの間にか崩れた遺跡の上へ腰掛け、まるで劇を鑑賞する観客のようにこちらを見下ろしている。
「ようやく思い出し始めたらしいな」
その言葉にレインは眉をひそめる。だが......今は構っている暇などない。
完全に消滅した――誰もがそう思っていた。
《終焉回帰門・アストラルゲート》によって存在ごと飲み込まれた魔物は、跡形もなく消え去り、戦場には静寂だけが残されていたのである。
「ああ、実に見事だったぞ」
遺跡の上に腰掛けていた男が、どこか満足そうに微笑みながらゆっくりと立ち上がる。
その声には感嘆が混じっていた。まるで弟子の成長を喜ぶ師のように。あるいは、長年待ち続けた答えを見つけた研究者のように。
男は崩れた大地へ降り立つと、魔物が消えた場所まで歩いていく。
誰も動けなかった。
クロードでさえ剣を握り締めたまま男を見つめることしかできない。
そして男は、何もない空間へ静かに手を伸ばした。
「だが、まだ役目は終わっていない」
指先が虚空へ触れた、その瞬間だった。
ピシッ――と。
空間そのものへ亀裂が走る。
まるで透明なガラスが割れるような音が響き、魔物が消滅した場所から黒銀色の粒子が溢れ出す。
それは一つ、また一つと集まり始め、やがて巨大な渦を形成していく。
「なっ……!」
レインが目を見開く。
あり得ない。
アストラルゲートは存在そのものを回帰させる門だ。
肉体だけではない。
魂すら残らない。
それなのに.......渦の中心で、確かに心臓の鼓動のような音が響いていた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
嫌な音がだんだんと大きくなりながら響き出す。
生命の誕生というより、棺の中の死体が再び動き出すような不気味さがある。
男はその光景を見上げながら、静かに笑った。
「覚えておくといい、レイン」
その銀色の瞳が細められる。
「門は終わりを司る。だが、この世界には終わりすら拒絶するものが存在するのだよ」
次の瞬間.......黒銀色の渦が爆発した。
轟音と共に巨大な腕が飛び出し、先ほど消滅したはずの魔物が、以前よりもさらに禍々しい姿となって咆哮を上げる。
その額には、新たな紋章が刻まれていた。
まるで――男の力そのものを与えられたかのように。
「冗談だろ……」
流石の俺も予想だにしていなかったことを目前に、軽い絶望が頭をよぎる。
しかし.......その時だった。
後方から無数の魔法陣が浮かび上がる。
王国軍。
リリアーナが率いる精鋭たちだった。彼女は剣を掲げながら高らかに叫ぶ。
「全軍!! 目標を固定しなさい!!」
数百の魔法陣が一斉に輝く。
圧巻だった。
夜空そのものが星海へ変わったような光景。
そして........
「――撃てぇぇぇぇぇッ!!」
光の奔流が放たれる。
轟音、爆発、衝撃........
無数の攻撃が魔物へ降り注ぎ、その巨体を完全に押し留めた。
リリアーナは剣先を遺跡の奥へ向ける。
その先には、あの男が現れた方向、全ての元凶が待つ場所.......
「レイン!!」
彼女が叫ぶ。
かつて婚約者だった少女が、誰よりも誇り高かった令嬢が、今は真っ直ぐとこちらを見ていた。
「ここは私たちが引き受けるわ!」
風が吹き、手入れの行き届いた金髪が揺れる。その顔にはもう以前のような迷いはなかった。
「だから行きなさい!!」
強く、力強く、彼女は笑った。
「あなたには、あなたにしかできないことがあるんでしょう!?」
レインは一瞬だけ目を見開く。
そして..........小さく笑った。
「……ああ」
それだけで十分だった。
セレフィーナが隣へ並び、クロードも剣を構える。背後では王国軍が死力を尽くして戦っている。
その中心でリリアーナは誰より前に立ち続けていた。
かつての過ちを償うように。
そして........大切だった人の背中を押すために。
咆哮のような雄叫びが夜空へ響く。兵士たちが一斉に冥獣へ突撃し、魔法が飛び交い、剣戟が響き、戦場が燃え上がり出す。
その中心でリリアーナは振り返らなかった。
まるで自分の役目を理解しているみたいに、俺たちのために道を開くと決めたみたいに.......
クロードが静かに言う。
「行くぞ」
俺は頷き、そしてリリアーナに向かって一言こぼす。
「俺も存外楽しめたぞ、ありがとな」
セレフィーナも、クロードも、俺も.......
全員が前を見る。
戦場の遥か先、旧封印遺跡の中心部。
そこから感じる、あの男の気配を........
そして、俺の人生すべてに関わっていたであろう真実が待つ場所を。
背後では激しい戦いが続いている。けれど、俺たちは振り返らなかった。本当の戦いは、もう始まっているのだ。
死神紋章、銀髪の少女、最後の鍵、婚約破棄の真相、そして.........あの男が言っていた「門主」という言葉。その全ての答えが、遺跡の最奥で待っているのだから。




