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第45話「あっち側に立っているのは俺だけじゃない!?」

 王城へ到着した俺たちは、そのまま地下区画へ案内された。


 地上部分の豪奢な装飾とは対照的に、地下へ続く通路は驚くほど無機質な造りをしており、長い年月を経て磨耗した石壁には古代文字と思われる刻印が幾重にも刻まれている。


 その隙間を埋めるように設置された魔導灯だけが青白い光を放ちながら、静まり返った空間を淡く照らしている。


 足音が反響するたびに妙な圧迫感が胸の奥へ沈んでいき、その感覚が地下深くへ潜れば潜るほど強くなっていくのを感じながら歩いていると、やがて重厚な鉄扉の前で案内役の騎士が立ち止まった。


 扉が開かれる。


 その先に広がっていたのは、想像していた会議室などではなく、まるで古代遺跡の祭壇をそのまま移築してきたような巨大な円形空間だった。


 中央には巨大な円卓が据えられ、その周囲には王国騎士団幹部や宮廷魔導師、歴史学者、王族直属の研究者たちが着席しており、さらに最奥には国王陛下の姿まで見える。


 これだけの面子が一堂に会する光景など、本来であれば一介の学生が目にする機会など存在しないはずだったが、誰もそんなことを気にしている様子はなく、室内を包む空気は異様なほど張り詰めていた。


 そして俺が一歩足を踏み入れた瞬間、右手へ刻まれた冥境の門印が脈打った。


 まるで心臓がもう一つ増えたみたいに。


 それまで断続的に感じていた熱とは比較にならないほど強烈な鼓動が腕を駆け上がり、思わず顔をしかめた俺へ、隣を歩いていたクロードが鋭い視線を向ける。


 「やはり感じるか」


 低く落ち着いた声だったが、その表情からは僅かな緊張が読み取れた。


 俺が問い返すより早く、円卓中央へ置かれていた黒い布が取り払われる。


 現れたのは巨大な石板だった。


 しかし、それを石板と呼ぶには違和感がある。


 ところどころ欠けている箇所や砕けている箇所がある。まるで本来は遥かに巨大な何かの一部だったかのように........


 そして、その表面へ刻まれていた紋様を目にした瞬間、全身の血液が一気に冷えていく感覚に襲われた。


 そこに刻まれていたのは、俺の右手にある冥境の門印と酷似した紋様だった。


 だが完全に同じではない。


 もっと古く、もっと禍々しい........


 まるで俺の紋章が枝葉だとするならば、こちらはその根源そのものだと告げているような圧倒的な存在感があった。


 理解した瞬間、視界が激しく揺れる。


 頭の奥で何かが砕けるような音が響き、現実だったはずの景色が砂のように崩れ始めた。


 ノイズが数秒間入り、目を開けてみると、気付けば俺は燃え盛る世界の中へ立っていた。


 空は赤く染まり、大地は裂け、遠くに見える巨大な城は崩壊しながら炎に呑まれている。


 その光景だけでも十分異常だったはずなのに、不思議と恐怖は感じなかった。


 それよりも胸を締め付けたのは懐かしさだった。


 初めて見るはずなのに、知らないはずなのに、なぜか俺は、この光景を知っている。


 そんな確信だけが心の奥底から湧き上がってくる。


 そして燃え落ちていく世界の中心で、一人の少女が静かに立っていた。


 銀色の髪が風に揺れている。月光を溶かして作ったみたいに美しい髪だった。


 夢の中で何度も見てきた少女。


 記憶の断片で繰り返し現れた少女。


 けれど今までと違い、彼女ははっきりとこちらを見つめていた。


 紅い瞳が揺れる。


 悲しそうに、苦しそうに、それでも.......どこか安心したように。


 その視線が俺を捉えたまま、ゆっくり唇が開かれる。


 『ようやく……届いた........ん、だね』


 初めて声を聞いた。


 それだけのことなのに胸が苦しい。


 まるで長い間忘れていた大切な記憶を無理やり掘り起こされているみたいに。


 少女は小さく微笑んだ。


 その笑顔を見た瞬間、なぜか泣きたくなる。


 理由なんて分からない。


 けれど胸の奥では、自分でも理解できない感情が暴れるように渦巻いていた。


 『レイン』


 名前を呼ばれる。


 その瞬間、膨大な記憶が雪崩のように流れ込んできた。


 崩壊する巨大な門、空を埋め尽くす異形の群れ、黒い外套を纏った男、そして、その少女を守るために剣を振るい続ける青年の姿........


 顔は見えていないはずなのに分かる。感覚的に、本能が理解してしまっているのだ。


 あれは.........“俺”だ。


 だが、今の俺ではない。


 もっと昔の、もっと遠い場所にいた俺........


 そんな確信が生まれた瞬間、激しい頭痛が脳を貫き、俺の意識は強引に現実へ引き戻された。


 気付けば床へ膝をついている。


 肩にはセレフィーナの手が添えられていた。


 いつも冷静な彼女が隠しきれないほど心配そうな顔をしているのを見て、自分が思っていた以上に危険な状態だったのだとようやく理解する。


 しかし、それ以上に気になったのは周囲の反応だった。


 国王も、学者たちも、騎士団幹部たちも、全員が驚愕したような表情でこちらを見ている。


 まるで聞いてはいけない答えを聞いてしまった人間のように.........


 クロードが静かに口を開く。


 「まさか、レイン……お前は銀髪の少女を見たのか」


 その声を聞いた瞬間、俺は確信した。


 あの少女は俺だけが知る幻なんかじゃない。


 この国のどこかに、あるいは歴史上のどこかに確かに存在していたのだと。


 確実に生きていた存在として世界に刻まれている、そう実感してから数秒の沈黙の後........誰かが口を開こうとした。


 会議が順調に進むと考えていた俺たちの思惑を軽く嘲笑うかのように、何の前触れもなく会議室の空気が静かに変質する。


 風が吹いたわけでもない。


 魔力が爆発したわけでもない。


 それなのに、その場にいた全員が同時に息を呑んだ。まるで世界そのものが、何かを恐れているようだった。


 俺はこの感覚を知っている。


 青白く灯っていた魔導灯の光が微かに揺らぎ、円卓へ落ちる影が不自然に伸びていく。


 「まさか.......そんなバカな........」


 その異変に俺を除いた、全員が声を上げられないまま部屋の中央にある空間だけが、水面へ石を落とした時のように...........静かに波打ち始めた。


 空間が歪んでいる。


 本来そこには何もないはずなのに、景色だけがゆっくり捻じ曲がり、現実そのものへ亀裂が走っていく。


 その光景は不思議なほど幻想的で、月夜の湖面を眺めているような美しさすらあった。


 だからこそ、恐ろしかった。


 誰もが本能で理解してしまう。


 あれは人の手で起こされた現象ではない。


 人が触れていい領域のものではないのだと。


 やがて空間の中心に黒い裂け目が生まれる。


 それは傷口のような禍々しさを持ちながらも、どこか夜空を切り取ったような静謐さを帯びていて、見ているだけで吸い込まれそうになるほど深く暗かった。


 そして、その闇の向こうから一人の男が歩み出る。


 まるで隣の部屋から入室してきただけだと言わんばかりの自然さで........


 まるで最初からそこにいることが当然だったかのように........


 「【〇〇〇門・開門】」


 黒い外套が揺れ、銀色の瞳が細められる。彼が何の門を開いたのかはその場にいた全員が理解できなかった。


 それほどまでに小さく、優しく、“慣れている”かのような、そんな声。


 「お前も........“それ”を出せたんだな」


 男の数日ぶりの登場はなんともあっけなく、ただ......それだけだったのだ。


 それだけのはず.........それだけのことなのに、騎士団の幹部たちは剣へ伸ばした手を止め、宮廷魔導師たちは詠唱を忘れ、室内にいた誰もが声を失っていた。


 圧倒されたのではない。


 威圧されたのでもない。


 もっと根源的な何かだった。


 目の前の存在を見た瞬間、自分たちが積み上げてきた常識も、誇りも、力も、その全てが意味を持たないものへ変わってしまったような感覚。


 人が嵐を止められないように......


 人が夜明けを拒めないように.......


 目の前の存在もまた、抗うことそのものが間違っているように思えてしまう。


 男は静かに辺りを見渡したあと、その視線をレインへ向ける。そして........懐かしい友人へ再会したかのように微笑んだ。


 その笑みを見た瞬間、レインの右手に刻まれた冥境の門印が激しく脈動する。


 まるで歓迎するように、まるで主を前にしたように.........


 男は小さく目を細めた。


 「――ようやく会えたな」


 その一言だけで、会議室にいた全員が理解する。


 ここから先は、自分たちの知る世界の話ではないのだと。

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