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第44話「レインの真実とは如何に!?」

 教室へ落ちた静寂は、誰かが意図して作り出したものではなかった。


 それまで騒がしく言葉を交わしていた生徒たちも、王国騎士団総長であるクロードの口から「旧封印遺跡」という単語が告げられた瞬間、それが持つ意味を完全には理解できていないはずなのに、本能的な畏れに近いものを感じ取ったのか、誰一人として軽々しく口を開こうとはしなかったのである。


 そんな重苦しい空気の中で、クロードは机の上へ置いた資料を静かに回収すると、わずかに視線を細めながら俺を見据えた。


 その眼差しには騎士団総長としての厳しさが宿っていたが、決してそれだけではない。


 どこか確かめるような色が混じっている。


 まるで、俺が何を思い、何を選ぶのかを見極めようとしているみたいだった。


 「詳しい話は場所を変えて行う。王城へ来い」


 短く告げられたその言葉は命令に近かったが、不思議と反発する気にはならなかった。


 むしろ俺自身、その話を聞かなければならないと感じていたからだ。


 地下水路で出会ったあの男。


 何度も脳裏へ現れる銀髪の少女。


 そして右手へ刻まれた冥境の門印。


 ここ最近だけでも、理解できない出来事や説明することのできない事象があまりにも起こりすぎている。


 どこかで向き合わなければならない。


 そう思っていた。


 クロードはそれ以上何も言わずに踵を返し、静まり返った教室を後にする。


 その背中が見えなくなった瞬間、それまで押し殺されていた空気が一気に解放されたみたいに、生徒たちのざわめきが教室中へ広がった。


 「旧封印遺跡って、あの伝説の?」


 「嘘だろ……あれって数百年前の話じゃなかったのか?」


 「騎士団総長が直接動くなんて異常事態だぞ」


 様々な声が飛び交う。


 だが、そのどれもが遠く聞こえた。


 頭の中では、別のことばかり考えていたからだ。


 銀髪の少女ーーー今まで何度も夢や記憶の断片の中で見てきた存在。


 けれど今回だけは違った。


 あの少女は初めて、自分からこちらへ手を伸ばしてきた。まるで何かを伝えようとするみたいに。


 必死に、切実に、そして最後に浮かんだ“お願い”という感情........


 あれが単なる幻覚だとは思えなかった。


 胸の奥が妙に痛む。


 懐かしい、会いたい、守りたい.......


 そんな感情を抱く理由がわからないのに、その想いだけは不自然なほど鮮明だった。


 「レイン」


 不意に名前を呼ばれ、思考が現実へ引き戻される。


 顔を上げると、セレフィーナが心配そうな表情でこちらを見ていた。


 教室の喧騒の中でも、彼女だけはずっと俺を見ていたのだろう。


 紅色の瞳には、隠しきれない不安が滲んでいた。


 「大丈夫ですか?」


 その問いは短かったが、そこに込められた気遣いは痛いほど伝わってくる。


 だからこそ少しだけ申し訳なくなった。


 本当なら安心させたい。


 けれど今の俺には、自分の中で何が起きているのか説明できるほど整理がついていない。それに、彼女に大丈夫だ、安心しろと言い切ってあげられるほどの自信も心の余裕もないのだ。


 「大丈夫……とは言い切れないな」


 苦笑しながら答えると、セレフィーナは少しだけ眉を下げた。


 その表情は、どこか昔の彼女では考えられないほど人間らしかった。


 王女として完璧であろうとし続けていた頃なら、こんな風に感情を顔へ出すことはなかっただろう。


 だが今は違う。


 彼女は迷うことなく一歩近づくと、俺の制服の袖をそっと掴んだ。


 その仕草は以前なら考えられないほど自然だった。


 そして最近では、俺にとっても少しずつ当たり前になり始めている。


 「分からなくても構いません」


 セレフィーナは静かに言う。


 「全部を一人で抱え込まなくてもいいんです。少なくとも私は、あなたが思っているよりずっと頼られる覚悟がありますから」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。


 昔の俺なら誰かへ頼るなんて発想そのものがなかった。誰にも期待しなかったし、自分も誰かを頼ろうとは思わなかった。


 どうせ最後は一人だと思っていたから。


 けれど今は違う。


 気づけば隣にはセレフィーナがいる。


 嬉しい時も、苦しい時も、自分より先にこちらを心配してくれる人がいる。


 それがどれほど救いになるのか、理解できるようになったのは最近だった。


 「……本当に変わったよな」


 思わず漏れた言葉に、セレフィーナが首を傾げる。


 「私がですか?」


 「いや.........俺の方だよ」


 そう答えると、彼女は少し驚いたような顔をしたあと、ふっと柔らかく笑った。


 その笑顔があまりにも綺麗で、一瞬だけ胸の奥が熱くなる。


 すると彼女は小さく目を細めながら言った。


 「それなら、私も同じです」


 「ん?」


 「昔の私なら、誰かに頼ってほしいなんて思いませんでした。王女は支える側でなければならないと思っていましたから」


 そう語る横顔は穏やかだった。


 だが、その言葉の奥には積み重ねてきた時間がある。


 責任、孤独、重圧、誰にも見せなかった苦しみ。きっと彼女も、一人で抱え込んできたのだ。


 「でも今は違います」


 セレフィーナは小さく微笑んだ。


 「あなたが苦しい時は支えたいですし、不安な時は隣にいたいと思います」


 その言葉が妙に胸へ響き、不意に視線が重なる。その通じ合ったような感覚は数秒.........ほんの数秒だったはずなのに、妙に長く感じた。


 教室の喧騒が遠ざかり、周囲の音が消える。その瞬間だけ、世界に二人しかいないみたいだった。


「だから代わりに........私が辛い時はそばにいてくださいね?」


 そんなことを上目遣いで言われてしまったら、耐えられる男はいないというもので.......


 「.......わかってるって」


 俺が紅潮した頬を隠すように少しそっぽをむきながら言うと、セレフィーナは本当に嬉しそうな表情を顔に浮かべながら、さらに笑った。


 だが、そんな幸せな時間は長くは続かないというもので........


 ーーードクン


 右手が脈動する。


 冥境の門印.........それがまるで警告するみたいに鼓動を刻む。


 楽しい時間は終わりを迎え、逃れられない運命が近づいている。


 そんな不吉な予感が胸を掠めた。


 俺は無意識に右手を見る。


 するとセレフィーナも気づいたのか、不安そうな表情を浮かべた。


 「……また、ですか」


 「ああ」


 隠しても仕方ない。


 最近では彼女も門印の異常を何度か目にしている。だから俺は正直に頷いた。


 「たぶん、何かが起きる」


 そう呟いた瞬間.......窓の外から鐘の音が響き、昼を告げる。


 けれどその音は、なぜかやけに不吉に聞こえた。


 まるで長く続いた日常が終わりを告げる鐘みたいに。


 そして俺はまだ知らない。


 王城でクロードから語られる真実の一端が、セレフィーナが“鍵”と呼ばれる理由だけではなく、銀髪の少女の正体、竜族の番と呼ばれた意味、そして自分が“死神紋章持ち”として生まれた理由にまで繋がっていることを........


 その時の俺はまだ、自分の人生そのものが誰かの手によって“仕組まれていた”可能性にすら気づいていなかったのである。

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