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第41話「二人だけのイチャイチャ!?」

 夜の学園は、不思議なくらい静かだった。


 昼間はあれだけ騒がしかった校舎も、貴族たちの喧噪も、訓練場から響く金属音も、今はまるで遠い世界の出来事みたいに薄れていて、ただ柔らかな夜風だけが、石畳の道を静かに撫でていく。


 王城での一件から、三日が経っていた。


 アルヴェインの王位継承権剥奪は、当然ながら王都中へ瞬く間に広がった。


 最初こそ信じられないという声も多かったらしいが、王国騎士団総長であるクロード本人が動いたことで、噂はすぐ現実として受け入れられたらしい。


 今では街中どころか学園内でも、その話題で持ち切りだった。


 『第一王子失脚』


 『死神紋章持ちが王女を奪った』


 『あの二人、実は前からそういう関係だったらしい』


 などなど.......


 尾ひれが付きすぎて、途中から一種の恋愛小説みたいになっている気さえした。


 いやこれも小説じゃないかって? それは言わない約束じゃないか!!!


まあ、そんなことは置いといて........


 「……いや、誰が“夜な夜な密会していた”だよ」


 俺が呆れ混じりに呟くと、隣を歩いていたアイラが勢いよく振り返った。


 「そこはちゃんと否定するんだ!? でも最近かなり二人きりでいるじゃん!」


 「普通に話してるだけだっつうの」


 「話してる時の距離感が恋人なんだって!」


 「うるさいですよ、アイラ」


 少し前を歩いていたセレフィーナが、小さく睨むように振り返る。


 だが、その耳はほんのり赤かった。


 最近の、この人は本当にわかりやすい。


 学校での一件以来、セレフィーナは以前よりもさらに感情を隠さなくなっていた。


 隣へ来る回数も、袖を掴む癖も増える.......

 

 それどころか、気づけば自然に身体が寄っていることすらある。


 今だってそうだ。


 並んで歩いているはずなのに、肩が時々触れるくらい距離が近い。


 そのたびにセレフィーナは一瞬だけ目を逸らすのだが、離れようとはしない。


 むしろ、少し嬉しそうですらある。


 「はぁ……」


 後ろからエリクが深いため息を吐いた。


 「なんで俺たち、こんな甘ったるい空気に巻き込まれてんだ……」


 「自業自得じゃないか?」


 「違ぇよ。お前が原因だわ」


 心底疲れた顔で返される。


 だが、その口元はどこか笑っていた。


 あの地下水路の一件以来、そして王城での騒動を経て........俺たちの関係は、以前よりずっと自然になっていた。


 戦う時だけじゃない。


 笑う時も、くだらない話をする時も、こうして並んで歩く時も........


 いつの間にか、“隣にいること”が当たり前になっている。


 不思議な感覚だった。


 昔の俺は、誰かとこういう距離感を築く未来なんて想像したこともなかったから。


 「……レイン」


 不意に、セレフィーナが小さく名前を呼ぶ。


 「いきなりどーした?」


 「少し、寄り道しませんか」


 そう言って彼女が視線を向けた先には、学園の中庭へ続く石畳の道があった。


 夜の庭園。


 昼間は生徒たちで賑わう場所だが、この時間になるとほとんど人はいない。


 俺は少しだけ目を細め、それから頷いた。


 「いいですよ」


 アイラが「えっ、待って二人きり!?」と騒いでいたが、エリクが無言で引きずっていった。


 彼らは彼らで楽しそうなのでよしということにしよう。仲良いことはいいことだからな!


 まあ実際のところは、たぶん気を遣ってくれたんだろう。あいつは、なんだかんだ空気は読める。


 静かになった石畳を、二人で並んで歩く。


 夜風が心地いい。


 噴水の水音が遠くで響き、月明かりが庭園の花々を淡く照らしていた。


 セレフィーナは小さく息を吐く。


 「……なんだか、不思議です」


 「何がだ?」


 「こんな風に普通に歩いていることが、です」


 彼女は少しだけ笑った。


 けれど、その横顔はどこか寂しそうでもある。


 「昔の私は、王女として完璧でいなければいけないと思っていましたから」


 夜風が銀髪を揺らす。


 その姿は、月光の中だと息を呑むほど綺麗だった。


 「弱いところを見せてはいけない。誰かに頼ってはいけない。ずーっと、そう思っていたんです」


 「……セレフィーナらしいといえばらしいな」


 「それ........褒めてます?」


 「半分くらいはな」


 彼女が少しだけ頬を膨らませる。そんな表情をするようになったのも、最近だ。昔はもっと、感情を閉じ込めていた。


 今みたいに拗ねたり、照れたり、笑ったりなんて、ほとんど見せなかった。


 きっと.........


 ずっと気を張って生きてきたんだろう。


 だから俺は、自然と口を開いていた。


 「でも、今の方が好きだよ」


 セレフィーナの足が止まる。


 紅色の瞳が、ゆっくりこちらを向いた。


 「……今の?」


 「悪いか?」


 俺は肩を竦めながら笑う。


 「ちゃんと笑うし、拗ねるし、嫉妬もするし」


 「なっ……!」


 「前よりずっと人間らしい」


 その瞬間、セレフィーナの顔が一気に赤く染まった。わかりやすいくらい動揺している。


 「し、嫉妬なんてしてません……!」


 「へえ」


 「……してませんって!!」


 「そういえば俺、嘘つく子苦手なんだよなー。それで、もう一回聞くけど.......ほんとに?」


 「…………」


 沈黙.........そして数秒後。


 彼女は視線を逸らしながら、小さな声で呟いた。


 「……この前、アイラと距離が近かったのは少し嫌でした」


 思わず吹き出しそうになる。


 セレフィーナがさらに赤くなった。


 「わ、笑わないでください!」


 「いや、ごめんって! 可愛かったからつい」


 「っ……!」


 完全に言葉を失っている。


 耳まで真っ赤だった。


 その姿があまりにも可愛くて、愛らしくて、愛おしくて........胸の奥が妙に熱くなる。


 するとセレフィーナは、誤魔化すみたいに俺の制服の袖をぎゅっと掴んだ。


 「……レインは」


 小さな声だった。


 夜風へ溶けるみたいに静かな........


 「その……平気なんですか........?」


 「まあ、その.......なんだ.......」


 「私が、その……あなたを、特別に思っていることについて、どう思ってるんですか」


 一瞬だけ、言葉が止まった。


 月明かりの下で、セレフィーナは不安そうにこちらを見ている。


 強いやつだ。


 けれど、こういう時だけは驚くほど臆病になる。


 拒絶されるのが怖いのだろう。だから俺は、小さく笑った。


 「平気じゃなかったら、あんなこと人前で言わねえよ、ばーか」


 「……っ、 もー! バカってなんですか!?」


 そう言いながら、セレフィーナが息を呑む。そのまま、ゆっくり俯いた。銀髪の隙間から覗く耳が、また赤くなっている。


 しばらく沈黙が落ちる。


 噴水の音だけが静かに響いていた。


 そして、その静寂の中でセレフィーナが、本当に小さな声で呟く。


 「……もっと、近づいてもいいですか」


 心臓が跳ねた。


 だが彼女は気づいていないのか、そのまま恐る恐るこちらへ身体を寄せてくる。


 肩が触れる、体温が伝わる、甘い香りが、微かに鼻をくすぐった。


 「……これくらいなら、平気ですか」


 「いや」


 俺は小さく笑う。


 「正直かなり危ねえな」


 「えっ」


 「理性ともろに戦闘中だ」


 数秒間の完全停止。


 それからセレフィーナは理解した瞬間、ぼんっと音がしそうなくらい真っ赤になった。


 「〜〜〜っ!!」


 声にならない悲鳴を上げながら、彼女は顔を覆う。その姿が先ほど同様、あまりにも可愛くて思わず笑ってしまった。


 するとセレフィーナは、羞恥で涙目になりながら、恨めしそうにこちらを睨む。


 「……最近、絶対わざとしてますよね」


 「否定はしないな」


 「最低です!!」


 そう言いながらも、彼女は俺の袖を離さないどころか、むしろ前より少しだけ、強く握っていた。


 その仕草に今日何度目かの可愛い、という感情が溢れ出て、言葉になって静かに落ちる........


 「俺って.......幸せだな」


 この幸せな時間は、嵐の前の静けさだということもわかっていながら、俺は精一杯抱えて生きていこうと、決意するのであった。

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