4.シプレの似合う少女
意識の浮上を感じて、まぶたを開ける。隣のベッドを見ると、カリーダは腰掛けてこちらを見つめていた。
「おはようございます」
「おはよう。本当に目覚め良いんだね」
「はい?」
襟から垂れたチェーンを辿って、カリーダは胸ボケットから懐中時計を取り出した。
「今午前五時だよ」
「そうでしたか」
「まだ眠い? 二度寝してくれても大丈夫だよ」
「目が冴えているので結構です。準備するので、出かけましょうか」
「はーい」
カリーダは勢い良く立ち上がり、洗面所に向かった。
「フリアちゃんの髪も私がやるよ」
「ありがとうございます」
私も立ち上がり、上着を身につけた。髪を手櫛で整えながらカリーダを追い掛ける。
「くくったりする? リボンや髪飾りを今日買ってもいいし」
「ほどけると面倒なので下ろしていたいです」
「合理的だなあ、本当」
カリーダは鏡越しに微笑みを見せた。
「カリーダは目やにとか付くんですか?」
「付くよ。本来必要ない食事は目やにとか汗……っぽい何かとして排出してるんだ。たまに蒸発させてるよ」
そこで、私は昨日カリーダが風呂をキャンセルしたことを思い出した。
「そうでしたか。……洗顔は大丈夫なんですか?」
「顔は特に丈夫に作ってもらってるから安心して。鼻の穴も開いてるように見えて実は奥で塞がってるし。全身水に浸けるとなると、どこから染み込むかわからないからね。一応風呂はやめてるんだ」
「なるほど」
「髪の毛出来たよ。ざんばら髪は伸びたら整えようか」
「はい」
ぱっつんと切られた部分と綺麗に長さが揃っている部分を見比べて、私はふうと息を吐いた。
「これを見て人々はどう思うでしょうか」
「まあ、家出お嬢様が旅してるんだな〜って思うね」
「そうですか」
私はもう一度溜め息を吐いた。
「まずどこに行く?」
「手袋、靴、ヘアオイル、それと仕事探しでしたか。近くにある店からで良いでしょう」
「オッケー」
カリーダはトレンチコートを翻した。
「じゃあ、あそこに雑貨屋が見えるからヘアオイルからにしよう」
「わかりました」
カリーダが少し歩きにくそうにしていることに気がついた。よく見ると靴底が剥がれかけている。昨日は歩きにくいことを露見させていなかったので、宿屋に着いてから更に剥がれたのだろう。
「靴から買いますか?」
「……助かる」
「幸い雑貨屋の三軒奥に靴屋が見えます。そこに行きましょう」
私は足元を見つめた。今履いているのは高いヒールの白い靴だ。
「フリアちゃんも歩きやすいブーツとか買う?」
「そうさせてもらいます」
「いらっしゃいませ、どのような品をお探しでしょう?」
「私たちこれから旅をするので、丈夫で歩きやすいブーツを二足下さい」
「ふむ……。これなどはいかがですか?」
店主が出してきたのはライトブラウンとブラックの同じデザインのロングブーツだった。
「お揃いだ! おしゃれだし、これ良いかも。履いてみて良いですか?」
「もちろんです。サイズも取り揃えてありますので、お声がけ下さいね」
「ありがとう!」
カリーダはいそいそとローファーを脱いだ。私も倣ってストラップシューズを脱ぐ。
カリーダはライトブラウンのブーツに足を入れると、ううん、と唸った。
「少し小さいかな。店主さん、もう一サイズ大きいものありますか?」
「私は二サイズ大きいものをお願いします」
「はい。お嬢ちゃん、足大きいんですねぇ」
私は二十四と書かれたブーツを受け取り、再び履いた。とても馴染んでいる。
「私はこのサイズで大丈夫そうです」
「私も二十五が丁度だったよ。ところで私は上背があるから足が大きいのも頷けるけど、フリアちゃんって歳の割には身長高いけどさ、それにしても足大きいんだね」
「昔からですね。足が大きい子は背が高くなると言われて育ちました」
「そして実際背も高くなったんだね」
カリーダはふふ、と笑いながら靴紐を結んだ。
「試しに歩いてみますね」
「どうぞ! 勧めた身で言うのもなんですが、ベージュのコートとライトブラウンのブーツは合いますね。お姉さんの髪は綺麗なバーミリオンですし」
「ありがとう」
確かに、色の調和が取れていることはセンスのない私にもわかった。靴紐を結び終えたので私も立ち上がり、数歩だけ歩いてみる。
「このブーツとても歩きやすいね、フリアちゃん!」
「そうですね。これにしましょうか」
カリーダが支払いを始めたので、私はカリーダと自分が履いていた靴を手に取った。
「処分をお願いしてもよろしいでしょうか」
「安くてもよければ、買い取りますよ」
「良いんですか?」
「もちろんですよ。うちは靴を売るだけじゃなく作る方もやっているので、素材はいくらあっても困らないんです」
店主は人の良い笑みを浮かべた。
「そういうことでしたら。良い靴に生まれ変わらせてあげてください」
「はい!」
私たちは店を出た。カリーダはほくほくとした表情を浮かべていた。
「じゃあ雑貨屋に入ろうか」
「そうしましょう」
店に入り、髪の手入れ用品が置かれているコーナーを見つけた私たちは、もうかれこれ十分程立ち止まっていた。
「その、人間らしいあなたの趣味にあまり口出しはしたくないのですが。……まだですか?」
「もうちょっと待って。今クールでありながら人を惹きつける不思議な魅力を持つフリアちゃんに似合う香りを探してるの」
善意のようなので黙っていることにした。
「フリアちゃん、今更だけど苦手な香りとかある?」
「いいえ」
「じゃあこれとかどうだろう?」
カリーダはサンプル用の小瓶を差し出した。瓶にはChypreと書かれている。
「神秘的で成熟した印象を抱く香りだね」
「そうですか。あなたが似合うと思うならそうなのでしょう。特に異論はないので、こちらにしてくださって構いませんよ」
イェイ、とガッツポーズをしてカリーダは大きい瓶を手に取った。
「買ってくるね。フリアちゃんは店出てていいよ」
「私も会計に立ち合います。毎回カリーダに任せていては自立できません」
「そっか、そうだね。じゃあ見てて」
カリーダは店の奥へ向かったので、追い掛けて行く。
「お願いします」
「はい。二千アネロです」
その言葉を聞き、カリーダは金貨二枚を取り出してカウンターに置いた。
「丁度ですね。ありがとうございました、またお越しください」
店を出ると、口を開いたのはカリーダだった。
「フリアちゃんって通貨単位については知ってる?」
「知っています。一アネロが銅貨一枚、百アネロが銀貨一枚、千アネロが金貨一枚ですよね」
「そう! じゃあ買い物も一人で出来そうだね」
カリーダは袋から銅貨や銀貨をごちゃ混ぜに取り出すと、私のコートのポケットに突っ込んだ。
「手袋、一人で買って来れるかな?」
「買えますが、選べません」
「店員さんに聞くといいよ。見た目に頓着がなくても、機能性のこだわりはあるでしょ? 色は、そうだね。黒色を買っておいで」
「わかりました」
「私は求人を探すよ。じゃあ買えたら宿屋に戻って来て」
そう言ってカリーダは背を向け、手を振った。




