3.ナンセンスな少女
洋食店を出て、私たちは一番近いアパレルショップに入った。
「フリアちゃんは肌も髪も真っ白だし、瞳も明るい青色だから、服飾品は黒を身につけたらコントラストが出て良い感じの雰囲気になるんじゃないかな。格好良い服っていう注文にも合うと思うんだけど、どう?」
カリーダはそう言うと、黒いフード付きのコートやスラックスを手に取った。
「私はよく趣味が悪いと言われるので、口を出さないでおきます」
「そうなの? ……試しに一式選んでみてくれる?」
「構いませんよ」
私は一番近くにあった棚から、一番上にあった白いシャツとその隣に掛かっていた青いスカートを取ってみせる。奥に立っていた店員は顔を顰めた。
「なるほどね、わかった。店員さんを不快にさせるのも忍びないし、私が全部選ぶね」
カリーダは何とか笑おうとしていたが、口角は歪に上がっていた。私の意図に気づいてくれたようだ。
「そうなると、フリアちゃん自身は格好良いっていう雰囲気とかも感じ取れないのかな」
「はい。私にとって服などの装飾品は、他者からの印象を操作する道具に過ぎません。人々の言う格好良い服を着れば、先程のように男性を惹きつけることも少なくなると考えたまでです」
「そっか」
カリーダは頷いてみせると、何着かの服を素早く私の肩に当てた。
「フリアちゃんって十歳だよね。その割には身長高いね、大人用のSサイズでも着られそうだよ」
「百五十センチないくらいでしょうか。カリーダの身長が高いので、あまり気にしていませんでした」
「確かに私も百七十弱はあるからなあ。店員さん、会計お願いします」
いつの間にかカリーダは服を決めていたようで、両手に服を抱えていた。
「じゃあ宿屋に行こうか」
「何着買ったんですか?」
「上下二セットと上着。私は結構重いものも背負えるし、洗い替えってことで二セット買っちゃった」
「まあ重たくなったら売りましょう」
「愛着……いや、ごめん。野暮だったね」
カリーダは頭をかいた。
「受付をお願いしても良いですか。私は身長は高くても、顔立ちが幼いので」
「もちろん! じゃあこれ一瞬持ってて。そこの椅子に座って待っててね」
言われるがままに座って、立て付けの悪そうな木製の窓から外を覗き見る。金髪や茶髪の人間ばかりが街を闊歩していた。
「二階の一番奥の部屋だって。行こうか」
服を受け取り、カリーダは階段を軽快に上った。私の歩調とは少しズレて、みしみしと音が聞こえた。
「服着てみる?」
「カリーダが着せたいのでは?」
「あはは、そうだね。着てみてほしいな」
砂や土が付いて汚れたワンピースを脱ぎ、黒のインナーとスラックス、それとチェスターコートを身につけた。
「どうですか?」
「すごく格好良いよ! 着心地はどう? コートもあまり重たくないものにしてみたんだけど」
「はい、これなら長く歩けそうです」
部屋に備え付けられていた鏡の前に行き、左右に回ってみる。軽やかにコートが舞った。
「よかった! でも、しばらくは街の探索に時間を使おうか。一日中歩くのが毎日続くなんて、今のフリアちゃんの体力じゃ無理だと思うし」
「そうですね」
「何か買いたいものとか、必要なものはあるかな?」
「手袋が欲しいですね。手は洗ってしまうと日焼け止めが落ちるので」
「私も靴とか買いたいなあ。明日は一日ショッピングに使おっか!」
「では、もう良い時間ですしシャワーを浴びましょうか。髪をいじるんですよね?」
「うんうん! ……でも私はやめておこうかな。体の表面は培養した人間の細胞だけど、内部は機械だからね」
「そうでしたか。では失礼します」
「いってらっしゃい!」
私はシャワールームに向かって歩き出した。背後から聞こえた溜め息は、私にはどうすればよかったのかわからないので聞かなかったことにする。
「上がりました」
「あーっ、髪! まるで乾かしてないじゃん、タオル貸して!」
「今までは人造人間に任せっきりだったので、どうすれば良いのかわからなかったのです」
「このお嬢様め〜」
カリーダは私の頭をわしゃわしゃと擦った。
「上がる前に少し水気を切っておくといいよ。時間短縮になるし」
「ありがとうございます。あなたを屋敷で見かけたことはないと思いますが、メイドの経験があるのですか?」
「ううん、私はまだ訓練中だったんだ。他の人造人間ならプログラムを仕込めば良いけど、私の場合は手取り足取り教えてもらわないといけなかったしね」
カリーダの櫛を扱う手が止まった。
「メイドの訓練ですか?」
「……いや、戦闘訓練だよ。シエン様は軍の兵器製造を手伝っているでしょ? その過程で、人造人間を兵として雇用することが検討されたみたいでね。まあ実験の成功例である私をみすみす死なせたくはないだろうから、軍に入れるんじゃなくてシエン様の護衛にするつもりだったと思うけど」
「そうでしたか。だからあのような銃捌きを……」
「まあ今の私は流れの旅人だし、この話はもう終わり! 明日ヘアオイルも買っていい?」
「路銀あるんですか?」
「……単発の仕事あるかな……」
「まあこの街には長期滞在する予定ですし、そうでない仕事も検討して良いと思いますが」
「何にせよ、明日色々見て回るか〜」
カリーダはんん、と言いながら伸びをした。
「そうですね。それと路銀ですが、食費を削れば余裕が生まれると思いますよ」
「えーっと、フリアちゃん。人間は食事をケチらないよ」
「何も三食抜きなんて言ってませんですよ。私は幸い胃が小さいですし、一日二食で良いんじゃないですかっていう話です」
カリーダは飛び出るんじゃないかというほど目を見開いた。
「フリアちゃんって全然人間らしくないかと思ったら、時々凄く優しくなるね。今の発言、列車で私が言った『人間らしくありたいから三食食べる』って言葉を覚えてくれてたんでしょ?」
「偽善ですよ。善であろうとしている時点で、それは善じゃないでしょう」
「そうかなあ。善人じゃない人間もいるけどね。……でも人間らしいとは言わないか」
「私はよく人でなしと罵られます。人間って何なんでしょうね。そもそも私は何故人間であろうとするのでしょう」
「あっ、フリアちゃんが道踏み外しそう。うーん、これは人外の私の持論だけどさ。人でなしっていうのは人情……人間が生まれながらに持つ思いやりの心とか自然な欲求が欠落した人のことだと思うんだよ。生まれ持てなかったものは仕方ないからさ、今から他人の持つ人情を理解して、真似事をすれば良いんじゃない?」
「真似事に意味はあるのですか?」
「さっき人でなしと罵られるって言ったでしょ。今の状態は悪いことで、改善したいと思ってなければ使わない言い回しじゃない? それに真似事に意味がないなんて、私の特大地雷だよ」
「……すみませんでした」
「気にしてないから良いよ。じゃあ今日はもう寝よう! 頭使って疲れちゃった」
カリーダはベッドにボスンと倒れ込んだ。
「睡眠も真似事ですか?」
「記憶の整理は必要ないから真似事だね。でも嫌なことがあった時に、何も考えない状態になれるのは便利だと思うよ」
「ふむ」
私はカリーダのように両手を広げてベッドに倒れ込んだ。
「おやすみなさい」
「おやすみ、フリアちゃん。良い夢を見てね」




