第8話
海月がツチノコの力を手に入れる。俺は決してそれは許せないことを強く感じていた。
それは、海月が伝えてくれた言葉——ツチノコの力には代償が伴うこと——を思い出させたからだ。彼女が抱える運命に、俺はどうしても無関心ではいられなかった。
「海月……」
俺はゆっくりと振り返って彼女を見つめた。彼女は静かに俺を見つめ返し、その目には決して消えない悲しみが浮かんでいた。あの微笑みの裏に隠された、彼女の運命があることを、俺はすでに理解していた。
「私、ずっと知ってた」
海月が呟いた。声は震えていたが、強さを感じさせるものだった。
「ツチノコの力を引き継ぐ者は、この世界とは離れる運命となる。幻となる運命だって。私は今までそれでも構わないと思っていた。だって、それが私がここまで呼ばれて来た運命だったから……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥で何かが切なく震えた。彼女がどれだけの思いを抱えてきたのか、どんな思いで山を見つめていたのか、それをこの夏に会ったばかりの俺が捻じ曲げていいのか。
それでも、俺はこの運命から海月を解き放ちたい。彼女を守りたいと思った。
「海月、俺は……」
俺は言葉を飲み込みながら、力強く言った。
「お前が犠牲になることなんて、絶対に許さない。お前は神話とはならず、俺と一緒に人として町へ帰るんだ」
海月は目を閉じ、少しだけ苦しげに顔をしかめた。
「でも、これが私の運命なのよ。ツチノコに呼ばれた者は、必ずその力を引き受けなければならない。そして、真の力を解放することで、私はツチノコとともにこの地域を支えるのよ」
その瞬間、ツチノコが静かに動き出した。巨大な体が揺れ、その力を感じさせるように、周囲の空気が張り詰めていく。ツチノコの瞳は、今までよりも一層深い輝きを放ち、俺たちを見つめている。
「それが姫巫女に選ばれし者の選択……だというのか? あなたもそれを求めるのか?」
俺はツチノコに向かって問いかけた。
ツチノコはゆっくりと口を開け、その声を低く響かせた。
「選ばれし巫女が私の力を引き受けることで、運命が交錯する。それが避けられぬ定めであり、海月が背負うべき役目だ」
「いや、そんなことはない! 海月が力を引き受けなくても、地域を支えていける方法があるはずだ!」
俺は強く叫んだ。
その言葉に、ツチノコは一瞬、静かに黙った。代わって姫巫女が答えた。
「それは……可能かもしれません。しかし、あなたがそう主張するならば。あなたは力を解き放ち、ツチノコと戦う覚悟を持つ必要があります」
「ツチノコと戦う覚悟……?」
俺はその意味を理解するために、しばらく黙って考えた。姫巫女が言う通り、ツチノコの力を完全に超えなければ、海月を守ることはできない。
運命を断ち切るという事はそれだけ強い覚悟が必要となるものなのだから。
そしてその力を証明するためには、俺があの「ツチノコ」と戦わなければならない。
「もし、それが俺の運命なら、受け入れよう」
俺は決意を固め、海月に目を向けた。
「俺があのツチノコを超えることで、君の運命を変えてみせる。君が犠牲になんてならないように、俺が戦う」
海月は涙をこらえるように、静かに俺を見つめた。
「でも、あなたがツチノコに吞み込まれたら……あなたはこの世界から消えてしまうかもしれない」
「それでもいい。海月と一緒に過ごせないなら意味のない世界だ」
俺は確信を持って答えた。
「君を守るためなら、どんな犠牲も払う覚悟だ」
その言葉を聞いた海月は、少しだけ涙をこぼした。しかし、その涙は悲しみだけでなく、俺に対する感謝の気持ちが込められているようにも見えた。
「ありがとう……。でも、そんなことはさせたくない。私も一緒に戦うわ」
「海月……心配するな。俺が絶対に君を守るから」
俺は微笑みながら言った。
その時、ツチノコが俺たちの前に現れる。目を見開き、深く息を吐き出しながら、その声が空気を震わせた。
「選ばれし者よ、汝は私の力を引き継ぐ資格を持った新たなる契約者。拒むと言うのならそれに釣り合う君の意志が試される。もし、君が真の勇者であれば、我が力を退け、運命を変えることができるだろう」
その言葉とともに、ツチノコの体から強烈なエネルギーが放たれた。そのエネルギーは、まるで空間そのものを切り裂くような力を感じさせ、俺の体中に不思議な熱が広がる。
目の前にいるのはまさしく神話級の生き物だが、俺は後退はしない。
「来い……ツチノコよ。俺と戦い、そして運命を解き放つんだ」
俺は自らの決意を胸に、ツチノコに挑む準備を整えた。
ツチノコは一度、大きな音を立てて地面を揺らし、その巨大な体をゆっくりと動かし始めた。空気が震え、風が強く吹き荒れ、戦いの気配が一気に高まる。
「海月、君はここで待っていてくれ」
俺は強く言った。
「この戦いが終われば、君は自由だ」
海月は少し躊躇ったが、最終的に深く頷いた。
「分かった。でも、必ず生きて残って……お願い」
その一言が、俺の背中を押してくれるようだった。俺はツチノコに向き直り、力強く踏み込んだ。
今、俺は運命に立ち向かう。ツチノコと戦い、海月を守るために。
戦いが始まる。




