第7話
ツチノコが現れると、神社の周囲にひんやりとした冷気が漂った。その存在感は、まるで時間そのものが止まったかのような神々しさを持っていた。土の中から顔を出したその生物は、予想以上に巨大で、目の前に立つ俺たちを圧倒するような存在感を放っている。
ツチノコの目は、まるで俺達の全てを見通そうとするかのように、じっと動かずに静止していた。その瞳の奥には、確かな意思と力が宿っているのが俺にも感じ取れた。
「すごい……これが本当のツチノコなのか……」
俺は息を呑んでその場に立ち尽くした。
「ツチノコはただの生物じゃない。彼には強大な力が宿っている」
海月がそう言っていたのも納得できるというものだった。それだけの伝説級の存在が目の前に聳え立っているのだ。
海月の顔は今まで見せたことのないような真剣な表情をしていた。彼女はどう動くのだろうか。俺から動いた方がいいのだろうか。
考えている間にも時は動き、境内の奥から新たな第三者が現れた。
「よく来られました。新たな契約者よ」
「契約者?」
彼女はこの神社の巫女さんなのだろうか。巫女装束を身に着けていた。ツチノコに気を取られていた俺にはとっさにお祖母ちゃんから聞いた姫巫女という言葉は浮かんでこなかった。
「この町のツチノコは特別な力を持っています。そして、その力を使うためには、ツチノコと『契約』を結ばなければなりません」
「契約?」
俺はその言葉に反応した。契約とは一体何を意味しているのか。お祖母ちゃんの話でその言葉が出てきた気はするが、それがどういうものかは俺はまだ掴めてはいなかった。
代わりに海月が歩み出て振り返り、俺に教えるように言ってくれた。
「ツチノコを真に覚醒させるには、私が新たな姫巫女となって力を引き出す存在にならなければならないの。でも、その力には代償があるわ。ツチノコの力を使うということは、私はもうただの人ではいられなくなるということ。ツチノコとともに伝説の存在へと昇華されるのよ」
その言葉に、俺は心が締めつけられるような気がした。海月の人としての命を懸けてまで、この力は手に入れるべき物なのだろうか?
だが、今はそんなことを考える暇はなかった。俺の目の前にいるツチノコは、ただの幻の生物ではなく、実際にこの町の運命に関わるほどの強大な力を持った存在だ。
この力を制御せず手放すことがこの町に何をもたらすのか、俺には想像する事も出来ない。
「もし、ツチノコを使うことを決めたら、あなたはその後、彼とともに何かを守るために戦わなければなりません」
姫巫女は迷う俺を横目に海月へと言葉を続けた。
「それは今は私の役目になっていますが、あなたにはこの力を引き継いでもらわなければなりません。なぜならあなたにはその才があり、必要とされてここを訪れたからです。あなたも彼の力が必要でしょう」
その時、ツチノコが静かに動き出した。大きな体がゆっくりとこちらに近づいてきて、その目が俺達を捉えた。その瞳は不思議と恐ろしいものではなく、どこか懐かしい、優しさを感じさせるようなものだった。
「海月、どうすればいいんだ?」
俺は尋ねた。すでに決意を固めつつあったが、確実な方法が分からなかった。彼女は神になるのだろうか、それとも人として帰るのか。
海月は少し悩んだ後、俺に向き直った。
「私の心がツチノコと繋がることができるのかが試される時が来たのよ。この力を引き出すには、私自身がツチノコと心を通わせる必要がある。それを恐れて逃げるという事は私がここに来た意味も無くなるということ」
海月の言葉を聞いて、俺は少し躊躇いながらも、ツチノコに一歩近づいた。その巨体から感じる力に圧倒されながらも、僕は無意識にその目を見つめ返した。
「君は……彼の力を引き継ぐというのか。君が何を守ろうとしているのか、ツチノコがどんな存在であるのか、俺にはどうにも分からない。でも、君が必要だと言うのなら、きっとそれは運命として正しいのだろう。だが……!」
その瞬間、ツチノコの目が輝き、その瞳がまるで答えるように一度だけ瞬いた。その輝きに、俺の体の中で何かが震えるような感覚が広がった。胸の奥から、熱いエネルギーが込み上げてくる。
「挑戦か。俺は何に挑もうとしているのだろうな。でも、せっかくの夏休みなんだ。日頃はやらない事にチャレンジしてみるのも悪くないよな」
俺は拳をぎゅっと握り、足に力を貯め込んだ。
その時、突然、ツチノコが口を開いた。
「選ばれし者よ、我が力を受け入れ、共に歩む時が訪れた」
その声は、まるで遠くから響いてくるような低く、力強い音だった。俺はその声を聞きながら、心の中で何かが確かに変わっていくのを感じた。
俺の中にもツチノコの力が流れ込んでくるような感覚だった。
「これが、ツチノコの力……」
俺はその歴史をも感じさせるような力に圧倒されながらも、その力を受け入れるわけにはいかないと意思で踏ん張っていた。
海月はその様子を静かに見守っていた。彼女の目には、少しの安心感と、そしてどこか寂しさが浮かんでいるようにも見えた。
姫巫女がそっと祈るように告げる。
「あなたはこれからツチノコの力を手に入れます。ですが、これはまだ始まりに過ぎません。これから、あなたの歩むべき道が待っています」
「歩むべき道……?」
海月の疑問に姫巫女は一度、長い間黙ってから答えた。
「ツチノコの力を使うということは、あなたも伝説の存在になるということです。そこにもう人はいられなくなります」
その時、俺はようやく理解した。ツチノコの力を手に入れることは、海月との別れを意味しているのだ。それはこの夏だけでなく、これからずっと。
これからの選択が俺たちの運命を決めるのだ。
ツチノコの力を手に入れたら、海月はその力をどう使うのだろうか、彼女は新たな姫巫女となるのだろうか。
それは彼女達の願いなのかもしれないが、俺は海月と共に歩む道を見つけたかった。
「海月、俺と一緒に行こう。俺たちの未来を切り開くために」
海月は静かに頷き、そしてその目を俺に向けた。
「ええ、私たちの運命を共に歩みましょう」




