第52話 少女の過去
私はローレンティア王国の姫として生まれた。
私のお父様とお母様は、すごく優しい。お仕事で忙しいのに、合間を縫って、私と遊んでくれる。
お母様は私と同じ治癒師で、お父様は剣士だ。あ、お父様も治癒能力は使えるっぽいけどね。
お母様もお父様も、金色の髪を持つ。王族の家系はみな金髪で、特別な碧眼を持っていて、他人に秘められた魔素が見えるの。それを”魔眼”と呼ぶらしくて、その”魔眼”によって、相手の魔素を操り、治癒ができるみたい。私も教えてもらったから、ある程度の治癒魔法は使える。
お父様はいつも剣のトレーニングはサボらずに毎日鍛錬している。たまに、お母様と一緒にその様子を見ているのだが、見ててかっこいい。
頑張っているところを見るのは勇気を貰える。そんなお父様が好きだ。
お母様も、いつも髪の手入れやお風呂に一緒に入ってくれたり、いろんな世話をしてくれて優しい。そんなお母様も好きだ。
私はすごく大切に育てられたと思う。私は王族に生まれたけれど、お父様もお母様も、私を“王女”としてではなく、ひとりの”女の子”として育ててくれた。
両親は、王族にとらわれずに自由に生きてほしいと言っていた。なぜかと言えば、わたしには兄がいる。兄はむしろ跡継ぎのために頑張りたいと言っていて、お父様もその気持ちに応えているみたい。
だからこそ、私には自由に人生を決めてほしいって。
お父様が剣の稽古をするのを見ているうちに、私は冒険者っていいなって思うようになった。少し無茶するお父様みたいな人たちを、私の治癒魔法で支えてみたいと思ってた。
お母様もお父様も反対はしなかった。私は本当に恵まれている。お母様はいつも言っていた。
「ユイ、いろんな人に優しく接しなさい。そうすればみんな助けてくれるから。お父様みたいな優しくてかっこいい人にも出会えるはずよ」
「おいおい、いきなり褒めるのはやめてくれよ。まあ、その通りかもしれない、俺もお前のその優しい性格に惚れたんだったな」
「もう、すぐそうやって平気で恥ずかしいこと……」
お父様とお母様は仲が良い。お互いに照れている。私はこういう支え合える関係に憧れを抱いている。
それをきっかけに、私はお母様の言う通りにいろんな人に優しくしようと決めた。お母様の言った通り、きっと王子様みたいな人に出会えるかな。
けれど、その幸せな毎日も、永遠には続かなかった――。
私が5歳くらいの頃、最近、”神声教団”という組織が活発化しているのは聞いていた。そいつらは、王族を狙っているらしくて、最近は特に、城内の空気が日に日に重苦しくなっていた。
なので最近は、私も外で遊べなくて辛かった。絶対に危険だから外で遊ぶのは我慢してくれと、お母様とお父様に口酸っぱく言われてた。
外で花を見たり、庭の景色を見るのが好きだったのに、急にそれもやめろと言われれば、我慢できなくなる。
どうしても、庭で花を摘んできたい、ただそう思っただけ。私はお母様たちの目を盗み、こっそりと外に出た。
ちょっとだけ外に出るなら……と。いつもの庭の花を部屋に持ち帰ろうと、それだけ。ただそれだけだった。
「みつけたぞ。ユイ・ローレンティア……」
太い男の声が、私の耳に響いた。大きな人影で私の周りが暗くなる。顔を見上げると、私の何倍もあるくらい大きな男の人が、目の前に立っていた。
その人の目は、まっすぐに私を睨みつける。まだ人を疑うことも知らない、無邪気な私はその男の人に平然と話しかけた。
今思えば、あんなに目立つ人、城の中で見たことなんてなかったし、私の名前を知ってるのも変だった。
「貴方もこのお花を見に来たの?すごい可愛いよね」
「違うな。我はお前の血を貰いに来た」
「え?」
大男は私を掴みかかろうとしてきたその時だった。
「危ない!」
一瞬で私と大男の間に割り込んで、お父様が私を抱き上げて大男の攻撃を躱した。
「お、お父様?」
お父様は息を切らしながら、私に声を荒げた。
「ユリア!なぜ勝手に外なんかに出た!」
「ごめんなさい!……ゆ、ゆりあ?」
その時は分からなかったが、本名であるユイを隠すために、その偽名で呼んだのだろう。
とは言え、もう本名はこの男にバレているので、意味があるのかは分からない。
お父様に怒られるのは初めてで、胸がぎゅっと締め付けられるような感じがした。涙が出そうだった。お父様は慌てて私を慰めた。
「……ユリア。言い過ぎたな。すまない。怒ってるわけじゃないんだ。ユリア、外に出るとこういう危ない人が現れるんだ。気を付けてほしい」
「ごめんなさい、お父様……」
「よし、偉い子だ」
お父様は大きく優しい手で、私の頭を撫でる。剣だこでいっぱいで、努力の証だと分かる。この手で私を守ってくれる。こんな状況なのに、それだけで落ち着く。
すると、大男がこちらに話しかけてくる。
「その娘をこちらに引き渡せ」
「渡すわけがない!すぐに立ち去れ!」
「話が通じぬか。なるほど。ならば強行手段だ」
大男はそのままお父様に殴りかかる。お父様は私を抱っこしながら躱す。大男の拳が地面に叩きつけられた瞬間、城全体が大きく揺れた。叩きつけられた地面は、めちゃくちゃに抉れていた。
まだ幼い私はその光景に恐怖で震えあがった。
お父様はいつの間にか後ろで控えていたメイドに私を預ける。そしてメイドに小声で伝える。
「メイド、最後の仕事だ。ユリアを連れて遠くの村へ逃げろ。ここからずっと南に向かえばオンターマ領がある。前に王都の騎士をやっていた剣聖が住んでいるはずだ。そこでかくまってもらうんだ。行け」
メイドは大きく目を見開く。そしてすぐに俯いて呟く。
「で、ですが、それでは陛下は……」
「大丈夫だ。ああ、それと、ユリアには自由にさせてやってくれ。いろんな世界を見せてやってくれ。学園にもいかせてやってくれ。
冒険者になりたいという夢も叶えてやってくれ。大丈夫。その時にはまた、ユリアとお前に会える。これでも、剣聖並みの腕はある。だから、きっとまた会えるさ」
しかし、メイドは歯を食いしばりながら、首を横に振る。
「……嫌です。わたくしも戦います」
「だめだ。誰がユリアを守る。お前しかいない。信じてくれ」
メイドは泣きそうなのを堪えつつ、数秒考えた末、しぶしぶ了承した。
「承知しました」
「頼んだ」
メイドは苦しい顔をしながらも私を抱いて高速で走っていった。私は意味が分からず、離れていくお父様の名前を叫ぶ。
「お父様……!お父様ぁあああっ!!」
お父様は小さく手を振る。私はお父様に手を伸ばすも、届くはずもなかった。メイドは速くて、数秒後にはもうお父様は見えなくなっていた。




