第53話 少女の過去 2
いつの間にか、私は眠っていた。そしてゆっくりと目を開ける。
「お目覚めですか。ユリア様」
「ん、メイド?」
そこは見覚えのない天井で、これまでのような綺麗な王城の内装ではなく、どこか田舎のような、古びた木製の部屋だった。
すぐ隣にはメイドが控えていた。私はメイドに聞いてみる。
「ここって?」
「はい。オンターマ領の村です。今日からここに住むことになります」
そう言われて、昨日の出来事が頭の中に蘇る。お父様が──あの大男と戦って……。
「お父様は!?」
メイドは焦る私の肩をポンポンと叩き、少し口角を上げながら、頷く。
「大丈夫です。きっと」
「……きっと? 本当に大丈夫なの?」
「はい」
「お父様とお母様にはいつ会えるの?」
「そうですね。ユリア様が学園に行って頑張ったら、また会えるかもな、とおっしゃっていました」
「そう、なの?なら、私、頑張る!」
「はい。きっとお父様たちもお喜びになるでしょう」
しかし笑顔で私を見るメイドからは、少しだけ悲し気な雰囲気を漂わせていた。当時の私はそんなことには気づかず、メイドにある疑問を聞いてみた。
「ねえ、ユリアって……誰のこと?」
「ユイ様の新しい名前です。今日からはその名前で――」
「嫌だよ、ユイはお父様とお母様が付けてくれた大事な名前だもん!」
心が苦しかった。お父様とお母様が付けてくれた大切な名前なはずなのに。それをいきなり偽名でと言われても受け入れられなかった。
「いえ。せめて、お父様たちに再会するまではユリア様でいていただきます。これは命令です。あの時襲ってきた大男は神声教団の者で、ユリア様を狙っています。再びユリア様を襲撃するかもしれません」
「ねえ、神声教団ってなんなの?」
「そうですね、ユリア様や王族を狙う怖い人たち、でしょうか」
「う、うん、あの大きい男の人、怖かった……」
あの日襲ってきた大男の顔を思い出し、恐怖で震えそうになる私に、メイドは私の肩に手を置いて、続ける。
「安心してください。何かあれば私がお守りします。ですので、くれぐれも元の名前は出さないように。そして、安易な行動はお控えください」
「そう、だね。気を付ける。もう、迷惑はかけない……。でも、友達は?せっかく村に来たのに、作っちゃいけないの?」
「そうですね。まずこの村が安全かを見定めてから、でしょうか。この村には剣聖様もいます。なので安心だとは思いますが、それまでは辛抱してください」
「そう……」
ただ、従うしかなかった。私だって、神声教団が怖いから。それに頑張れば、またお父様とお母様に会えると思ったから。
「安心ください。私の見えるところなら、お花摘みもなんでもしてもいいですから」
「本当?」
「はい。私も心配になるので、勝手にいなくならないでくださいね」
「うん。わかった」
そうして私は、このオンターマ領の村で暮らすことになった。
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そして私は8歳になっていた。
メイドと一緒に買い物へ出かけたり、教本を見ながら治癒魔法の特訓をしたり──そんな風に、少しずつ楽しい日々が増えていった。
それでも、たまにあの日の神声教団の襲撃の夢を見て、少し人が怖くなる。もしかすると、この人も、あの人も、神声教団かもしれない……。
友達が欲しいと思っていたはずなのに、疑いが増えていって、人が怖く感じてしまう。
挨拶をされても、あんまり返せていない。私自身、こんな性格じゃなかったのに。
メイドと一緒にいるときは“いつもの私”でいられるのに、どこか、自分じゃないような感覚があって──まるで、何かに縛られているみたいだった。
私は生きている限り、神声教団が壊滅しない限り、ずっとその脅威から逃れながら生きなければならないのだと悟った。
私があの日、勝手に外に出ていなければ……そんなことまで思ってしまう。
「ねえ、私のせい、なのかな。私が勝手に外に出たから……」
「いえ。それはありません。どちらにしても、いつ襲われても仕方がない状況でした。気にしないでください」
メイドは気を遣って私にそう言う。どうしてもそうは思えなくて、俯いていた。
そんなある日。私は変な夢を見る。
そこには誰もいなくて、ただ真っ暗な空間に私が一人いるだけ。少し怖かった。しばらくすると、声が聞こえた。私の脳内に直接語り掛けるような感覚だった。その声はこう言っていた。
『ユイ・ローレンティア。だよね?
あ、私が誰かなんて聞かないでね、めんどいから。
ユイちゃんに一つアドバイス。村の近くに住んでいる、チー・オンターマという男の子を頼り、仲良くなると良いよ。
その子が君を神声教団から、ずっと守ってくれるから。いつも、隣の家で剣を振っているだろう?
その子だ。自分の身を守るためにも、おすすめするよ。
そのかわり、あの子は狂ってるんかお前、ってくらい人に敏感だから、何かあれば支えてやって欲しいの。自分の身を守りたいなら、諦めずに頑張って!
それじゃっ!』
その声が途切れると、私は目が覚めた。声は軽くて胡散臭い感じだったけど、妙に詳しい内容だったせいで、気になって仕方なかった。
隣の家で剣を振っている男の子って確か……。
私は窓から良く外を眺めているのだが、そこから隣の家が見える。その家の外では最近、男の子とそのお父さん、なのだろうか、2人で剣の稽古をしているのをよく見る。この村に来てからほぼ毎日稽古をしているのを見ていた。
その子の剣の稽古に打ち込む姿を見て、ふと、お父様の稽古風景を思い出した。なんだか、お父様とその男の子が重なって見えた。頑張っている子なんだな、と。
家から見ていただけの第一印象としては、努力家でかっこいい男の子って感じだった。
今日も窓から、剣の稽古をしている男の子をジ~っと見ていた。
「あの子のことが気になるのですか?」
「ひゃっ!? メイド、びっくりした……いきなり声かけないでよ……」
本当に心臓が止まりかけた。つい夢中になって見ていた。夢のお告げのことも気になってたし。
「申し訳ありません。じっとあの親子を見ているものですから」
「……見てただけだもん、ほんとに。ただちょっと、暇だっただけだもん」
「お父様見たいですよね」
「そうなの。かっこいいよね」
「やはり気になるのですね」
「気になるのは気になるけど、そう言う意味じゃないからね?」
「はいはい、分かってますよ。調べたところ、あの家には剣聖様が暮らしていて、この村、オンターマ領の領主のようです。彼らなら安心だと思いますので……そうですね、もうそろそろ一人くらいはお友達を作ってもいいかもしれません。ユリア様、ご挨拶に伺いましょうか?」
「ほんと?でも、ちょっとまだ怖いかも」
「大丈夫です」
メイドは軽く微笑みながら、私の手を繋ぐ。少し私も安心して、一緒に挨拶に向かったのだ。……もしかしたら、初めての“友達”になれるかもしれないから。 そう思って、私はあの日、彼に話しかけたんだ――。




