第275話 俺たちは都合のいい人間
暇ってのもあって、俺はレッドの稽古に付いていくことにした。ついでに剣聖の定義みたいなものも聞いてみたいしな。意外と、結構ガバガバだったりしてな。
「ギー師匠、よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
レッドは父さんに深々と頭を下げる。やる気はあるように見えるな。そして、レッドは頭を上げた後、疑問を口にする。
「あの、ギー師匠、知識不足ですみませんが、その、剣聖という称号は、具体的にどのように手に入るものなのでしょうか」
「あ?剣聖?言ってなかったっけか、まあ、あれだ。一定のレベルを超え、剣聖に認められた者が手にするものだ。基本的には剣聖が主の道場だったりだな。一応俺も、剣聖の師匠に一時期教えてもらってて、最終的に認められた」
いやマジでガバガバだったわ。基本的に師弟関係を組んで、剣聖に認められることで称号を手にすることができるそうだ。偽って剣聖と口にする輩も出てくるんじゃねえのか?
「その後はちゃんとギルドの方にも申請はしなきゃならんけどな。とはいえ、こんな照合持ってても別に自慢にしかならんぞ?道場とか教室を開く際は、剣聖の称号は必要だけどな」
ああ、一応そういう手続きはあるのね。一応ガバガバすぎるとかではないっぽい。そこでレッドはしぶしぶ父さんに聞く。
「な、なるほど、では、俺はまだ剣聖のレベルには達していないと……」
「ああ、なってんじゃね?」
「え?」
「欲しいのか?まあいいや、腕が鈍ってないかだけ確かめてやるよ」
「は、はい!」
なんかすげえ軽い反応をしている父さんだが、このままレッドと父さんの稽古が始まった。
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俺は男同士の暑苦しい稽古風景を見るより、彼女の顔を見ていたいので稽古から抜け出す。元々見るだけだったし。
ユイは楽しそうに母さんの料理を手伝っている。ああ、後ろから抱きしめたいなあ、でもさすがに恥ずかしすぎる。家に帰ればまたイチャイチャできるし、ここは我慢。クソ、男の性欲ってのは、真面目に辛すぎるぜ。
残るシオリーとランは、いつもは仲悪そうにしてるくせに、部屋に籠って仲良く魔法の研究をしている。孤児院で一緒だったらしいもんな。う~ん、シオリーの楽しそうな顔を見て安心。ランも、チハルと離れてからは本当に笑顔が増えた。
うんうん。で、また違う部屋を覗くと、暗いオーラを放ちながら一人隅っこで本を読んでいる陰キャがいる。ネクラだ。
さすがに同情するよ。ずっと家族で暗殺業の仕事をしていたのに、急に知り合いが多いとはいえ、コミュ障の陰キャが大勢のパーティに放り込まれるんだから。気軽にしゃべる人もいないし。面倒見のいい父さんも母さんも今は手が離せんからな。
俺はネクラの隣にそっと座る。ネクラはまるで救いが来たかのようにきらきらと目を輝かせて俺を見る。でもすぐに暗いオーラを発した。おもろ。
「あの、俺、完全に空気っすよね……」
「まあ、否定はできませんね」
「チー、暇っすよ、助けてくださいっすよー」
「俺も暇っすね。あ、そうだ、ネクラがハマるかはわかりませんけど、面白い娯楽が俺の家にあるんですけど、今度やりに来ませんか」
ネクラはスタっと俺の目の前にのめり込んできて目を輝かせた。
「行きますよそりゃ!ししょ……チーの娯楽は絶対面白いっすよ!」
「俺が作ったわけではないけどね?ていうか、呼び方は慣れてる方でいいですよ。師匠でもチーでも」
「あ、ああそうっすね。まあ、確かに師匠の方が呼び慣れてる気はするっすね。なんかあれっすけど、じゃあ師匠でお願いするっす」
「まあ、はい」
そんな感じで俺たちは適当に雑談をして過ごした。まあ、陰キャ同士だし空白の方が長かったけど。
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レッドと父さんが戻って来た。レッドはまるで子供のように、俺の元に走ってきた。
「チー!お、俺、やっと剣聖になれた!」
「え、あ、おめでとうございます」
「相変わらずお前のリアクション薄いけどどうでもいいわ!お前はもうそこら辺の剣士よりも十分陰強いってさ!もう死んだけど、恐らくブルーの父親よりも強いかもだってさ!はあ、俺、努力が報われたんだな……マジでお前のおかげだわ!今度ギー師匠と王都に行って登録してくるわ!」
「え、あ、はい」
そのまま俺の散々報告した後、怒涛の勢いで去っていく。なんだこいつ。まあ、でも、なんだかんだ、人が喜んでるところを見るのはそれはそれでいい。嫌いな奴な場合は苦しんでるところ見るのも好き。
レッドは確かに努力したのかもしれん。でもそれは才能のバフ、環境のおかげかもしれん。散々自分は~とか嘆いてたのに、いざ達成すれば、「はあ、俺、努力が報われたんだな……」なんて言って美化する。
人間っておもしれ―。まあ、俺にはどうでもいいけどさ。
なんて思っていたら、ちょうど、母さんの呼びかけで料理ができたようだ。俺とネクラは立ち上がり、リビングへ向かう。
すると、玄関の扉が開き、見知った顔が現れた。さっき振りのメイドだ。いつものメイド服に戻っていた。俺は一応警戒はするも、ユイはメイドを見た瞬間に駆けていく。そしてそのまま抱き着いて行った。メイドは、まるでユイを我が子のように微笑み、優しく受け止める。
「メイド!」
「ユイ様……先ほどは騙していて申し訳ありません」
「いいの!仕方ないでしょ?でも、本当に良かった……」
「……私も食事に混ざってもよろしいでしょうか」
「当たり前でしょ?ね、チー君!」
「え?あ、はい」
なんかまた一人増えた。いや、ユイが良いなら良いんだけど。俺はなんとなく、楽しさを隠すように首をかきながら、席に着く。
俺の家族と、恋人と、友人と、みんなで食事をする。
たったこれだけなのに、なんて楽しいんだろう。本当に、俺は、トラウマに負けず頑張って生きてきてよかった。
俺もそうやって美化する、都合のいい人間だな。もちろん、俺は環境、遺伝子、人に恵まれたからこそっていう考えは絶対に変わらないが。でも、俺だって、頑張ったはずだ。ユイも、頑張ったと言ってくれた。
こういうのも、悪くはないな。




