第222話 望まぬ再会
「おい、そこの女」
「え、な、なに……」
ユイは肩を震わせつつも、魔王と向かい合う。
「てめえの臆することのない芯の強さ、気にいった。それにすげえ可愛い顔してやがる。こちら側に来い。ああ、そこの根暗陰キャ、お前も来い。お前が俺たちの攻撃を防いだその強さは、評価に値する。その性格は気に食わんがな。俺達と一緒に来れば、弱者をすべて踏みにじって、この世界のすべてを自分のものにできる。どうだ?」
俺とユイがスカウトされちゃった。もちろん、行く気などない。俺はただ平和に、前世ではできなかった、イチャラブ生活を送っていきたいだけ。
それに、もし可能なら、チハルたちと地球へ帰って、ゲームくらいは持ち帰りたい。ブサとの約束も忘れてはいないしな。その邪魔はさせない。
……まあ、以前の俺なら、その提案に乗ったかもな。俺だって強者のように、弱者を踏みにじりたい。今まで踏みにじられた復讐をしたい。でも、今は、幸せを手に入れたから、もうどうでもよくなった。
俺も今では強者側だと思うし、そんな事よりユイとイチャイチャしたい(しつこい)。
ユイも同じだったようで、その誘いを断る。
「もちろん、行かない」
「なに?」
「私はあなたたちなんかに屈しない。それに、チー君があんたなんか倒しちゃうんだから」
おい。余計なこと言うな。思ったけどさ、ユイって煽り耐性無くね?魔王を怒らせてないかチラッと魔王の顔を見たが、面白そうに鼻で笑う。
「……フン、ますます気に入った。そこまで俺に抵抗するとはな。……ん?チー君?チーって名前、こいつの事か?」
魔王は俺を指さして、ユイに聞いてくる。
「そうだよ!すごい強いんだから!」
「……そのチーという名前に、そのおどおどした態度……。”牛久チー”、という名前に聞き覚えは?」
俺は一瞬、震えてしまった。心臓がバクバクと脈打つように加速する。牛久チー。俺の前世の名前。一生聞きたくもなかった俺の名前。
なんでこいつが知ってやがる。
「……その反応、やはりそうか。てめえ、牛久チーの生まれ変わりだな?ああ、会いたかったぜ……てめえのせいで、てめえのせいでよお!」
魔王は怒り狂ったかのように頭を抱える。こいつは恐らく、前世の俺のクラスの不良、棒緑だ。俺があの女に冤罪でっちあげられて、その時に俺を殴って来た奴だ。こいつも死んで転生したのか?
ジンの奴、俺とシオリーならまだしも、こんな奴まで転生させやがって……。
にしても、相変わらず、暴力的な性格は変わっていないようだ。思い出すとなんだかイライラしてきた。
体格にも環境にも恵まれて生まれてきた陽キャのお前は、俺達チー牛をただひたすら見下し、サンドバッグにし、心に深い傷を負わせた。
前世では何もできなかったが、今の俺なら、こいつを殺せば前世の復讐ができる……のか?
「ああ、マジで大変だったんだよ。てめえが勝手に死んだあと、俺がてめえを殴った動画を、誰かが勝手にSNSに上げやがった。それで炎上して、特定されて、俺は退学になって行き場を失った。
その後俺はむしゃくしゃしてイライラして、馬鹿にしてくる奴はすべて力でねじ伏せてやった。そのまま支配し、グループを作った。やはり力こそ正義なんだ……。俺に力があったから、俺に歯向かうやつを黙らせた。だがな、仲間に裏切られて刺されたんだ畜生!
そもそもな、てめえみたいなチー牛がいなければこうはならんかった!誰か知らねえが、勝手にSNSに乗せやがって!俺は正義を執行しただけだ!痴漢野郎を殴って何が悪い!?ああマジでイライラしてきた。てめえを今ぶっ殺してストレス解消してやる」
何言ってんだこいつ。俺をさんざん精神的にも身体的にも追い詰めておいて、俺はお前らに何もしてないのに、存在してるだけで、俺たちチー牛を死に追いやって、それが俺のせいだって?
ご都合主義にもほどがある。ああ、うぜえ。この陽キャ、この不良。心の底から憎悪があふれ出してくる。てめえみたいな人間がいなければ、チー牛も生まれないし、苦しむことも無かった。
環境にも恵まれて、そして適当に自由に生きて、弱者を傷つけて、のうのうと生きてる、そんな奴らに生きる資格なんてねえ。憎悪しか湧いてこねえ。絶対に殺――
「チー君!しっかりして!」
「……ユイ?」
ユイの声で、俺は正気に戻る。また、俺は闇魔法に飲み込まれそうになっていた。あれは強力な戦闘能力を手にする代わりに、制御が効かなくなる、理性を失う、最悪、ユイ達も殺しかねなかった。
闇に飲まれそうになった俺を、ユイはそっと抱きしめて止めてくれた。
すると、魔王が舌打ちをしてユイを睨む。
「チッ。イチャイチャしやがって。おい、ユイとか言う女、お前はこいつがどんな人間だったか知ってるのか?こいつは何にもできない根暗陰キャチー牛でよ。
何か話しかけても『あ、え』とか『その』とかまともに話せねえ、人のことは言えねえが勉強もできねえ、運動もできねえ。積極性もねえ。ノリもわりい。
こいつらチー牛はただの努力不足なのに、何も変わろうともしねえ。ただただ不快な奴だ。だから、ユイ、俺のところに来い。俺にはこのチー牛にはないすべてを持ってる」
「そんなことない!チー君は――」
俺は、もう我慢が出来なくなって、ユイが言い返そうとしたのを遮って、魔王に言ってやる。
「はあ?努力不足?ちげえよ。人間ってのは環境と運と容姿だ。お前が俺と同じ境遇で生まれたら、どうなるか見てみたいな?」
「なんだと?」
「お前のその恵まれた体格でなければ暴力で人をねじ伏せることも無かったし、その自己肯定感の高さも無かった。
それで顔はどうだ?ブサイクが努力で変われるなら、この世界の全員がイケメンだろう。人間はみんな生まれも環境も遺伝子も全部ちげえんだよ。
お前はただ、自分が上で人を見下したいだけの、環境に恵まれた自分が努力したと錯覚しているただの馬鹿だ。もう少し現実を見ろよ。お前の頭って筋肉でできてんの?」
俺は思ったことを言ってやった。前世の俺なら絶対に言えなかったことを。ただ、怖いもんは怖い。声は震えていたが何とか言い切ってやった。前の俺なら絶対逃げてた。でも、今は、俺だって強い。すべてに恵まれている。根本的な陰キャは治らんがな。
俺はずっと、こいつらみたいな頭悪い奴に言ってやりたかった。やっと言えた。もちろん、魔王は青筋を浮かべ、顔を引きつらせていた。図星か?
「……てめえ、マジでぶっ殺す!」
魔王は目に見えない速さで俺に殴りかかった。俺はすぐに反応して躱したのだが、魔王のパンチの風圧だけで辺りの建物にひびが入った。これが魔族のパワーか。
俺と魔王のやり取りの中、いつの間にか、辺りでは魔族と冒険者が戦いを繰り広げていた。クラウドやレッドも魔族と戦っている。中には懐かしい、俺を勧誘してきたフツクラ達Sランクパーティも戦っていた。フツクラたちは余裕そうに俺に声をかけて来た。
「こいつらは俺たちに任せろ!チー、お前はその魔王をぶっ飛ばせ!」
「ああもう、今日は帰って寝てたかったのに!」
「まあまあ、スリープちゃん、これ終わったらまた寝れるから」
あいつらは変わらんな。やっぱり、あの時の決闘時は油断していたのか、手加減していたのか、あの時よりも動きやチームワークが洗練されている。さすがはSランク。
しかし、善戦しているように見えるが、やはり魔素に適合した魔族の強さは本物で、すでに冒険者たちに疲れが見えている。
早めに俺が魔王を倒して、この魔族たちを黙らせれば、戦いが終わるはずだ。なんで、俺がこんなことしてんだろ。絶対関与したくなくて、ほっといてたのに。
俺も変わったんだろうな、主にユイのせいで。俺をずっと支えてくれた、俺に自信をくれた、ユイを好きになって依存してしまった、全部ユイのせいだ……。




