第十四話 一つの終わりと、一つの始まり
その刹那。
何が起きたかを即座に理解できた者は、今度こそ一人もいなかったに違いない。
無数の『砂の腕』が伸び、アイシャと俺も護衛たちも確実に死を覚悟した。
だから林立する『砂の腕』の半分を消し飛ばして白い閃光に似た何かが視界を貫いた時、それが何なのかすら初めはわからなかった。
「な、に……?」
別人のように驚愕の感情で目を見開いていたアサドには、きっと最後までわからなかっただろう。
傷だらけの白い蛇体に突進され、遺跡の柱に叩きつけられて息絶える、最期のときまで。
魂が宿っていないはずのサンドワーム。
アサドの死と、自由を取り戻した体。
それだけを認識して、俺は思考を放棄する。
戦士の本能に身を委ね、ただ、疾走した。
群がる『砂の腕』、骨の腕、すべては遅く。
肋骨を蹴って跳躍し、俺は一本の矢となって魔力の宿る短刀を頭蓋の奥に突き出して――。
魔神の呪いから解き放たれた骨の器が、幾世紀ぶりの自由を謳歌する。
くびきを失ってバラバラと崩壊していく骨の中で、俺はようやく忘れていた呼吸を取り戻す。
「……安らかに眠れ。今度は、永遠にさ」
鬨の声が、響いた。
***
「つまり、このサンドワーム自身にも、意識が残っていたってことですか?」
「ああ、多分な。あんまり小さい頃から体を借りてたせいで、今までは気付きもしなかったんだろうけど……いてて」
戦闘が終わり。
突如乱入したサンドワームやら覚醒してしまったアイシャやらで一時は騒然としていたものの、とりあえずは適当に誤魔化しておくことにした。
そうでなくとも、負傷者の救護や散逸した装備の回収など、やるべき仕事はいくらでもあるのだ。
しぶしぶといった風ではあったが、護衛たちは好奇心を後回しにすることを了解してくれたらしい。
俺は再びアイシャの力を借りてサンドワームの体に戻った。
人間の体は便利だが、アイシャの魂がいる以上、いつまでも間借りしているわけにもいかない。
たとえこのサンドワームにも独自の魂があったのだとしても、こちらの方が同居させてもらう罪悪感はまだしも薄かった。肉体の痛みと精神的な疲労からしばらく砂の上で横たわるぐらいの怠惰は許してもらうことにする。
ふと見ると、空に一筋の白い煙が立ちのぼっていた。
「あれは……狼煙ですか?」
「先に逃がした非戦闘員たちを呼び戻してるんだろ。はぐれたままじゃあ、いつモンスターに襲われてもおかしくないからな」
それに口には出さなかったが、人手もいるのだ。
この戦いでは、死者も出た。
遺体のすべてを持ち帰ることができない以上、遺族に渡す遺品を残して埋葬する必要もある。
護衛たちだけでは終えるまでに日が暮れてしまうから。
「なぁ、アイシャ」
「なんでしょう?」
「名前、つけてやってくれよ。こいつにさ。あの時助けてくれたってことは、意外と向こうも悪い気はしてなかったんだと思うし。だったらもう、仲間みたいなもんだろ」
「……いいんですか?」
「ああ。こいつ自身は欲しくはないかもしれないけどさ」
アイシャの瞳は、あなたが考えなくていいのか、と言っていた。
だが俺から見るとこのサンドワームはあまりに距離が近すぎる。
自分の名前を自分で考えるようで変な気分だし、第一あまり名前のセンスに自信がある方でもない。
俺がこの体に入ってから出会ったこの少女に。名付けてやって欲しいと思った。
アイシャもそれ以上は拘泥せずに、顎に指を当ててんー、と考えている。少しして、ピンと来るものがあったのか、アイシャはこちらに向き直った。
「……では、ナジュムと。砂海の民の言葉で『お星様』という意味です」
「いい名前だ。良い女が考える名は、いつだっていい名前だよ」
遮るもののない澄み渡る青空に、龍に似て美しい白い煙が。
遥かにどこまでも、のぼり続けていた。




