第十五話 一番の報酬
およそ七日後。
フェルグルド大砂海からイルス連邦領内へ抜ける帰路を行き、元『砂海を継ぐ者』の一団は大砂海の入り口まで辿り着いていた。
見回せば、あちらこちらに隊商らしき砂海ラクダを連れた人々が固まっている。
形式的なものではあるが、大砂海との通行を管理する関所の大門も近くに見えた。
門そのものが四階建てほどの大きな建物になっている関所である。この大門をくぐることがイシス連邦への正式な入国許可を得たことを意味するため、大門の前には長蛇の列ができていた。
その列に並びながら、アイシャと元護衛隊長のハシムは話を弾ませていた。
「本当にいいのか? 砂海の入り口まで送るだけで。アサドの野郎からふんだくった報酬も山分けでいいって言うし……」
「は、はい。グレゴリオ様が……じゃなくて。私はそれでいいですから」
どうにも歯切れが悪そうに答えるアイシャは、あの目に毒な薄布の衣装ではなく、普通の砂海用の旅装束に着替えている。帰路の道中で仲を深めた男性陣の中には露骨に残念がっている者もいたが、女性陣に白い目で見られてすぐに小さくなっていた。
アサドの遺産については正当な報酬ということで、ラクダに積んでいた分は一団の面々で山分けされた。
アサド本人の遺体は、少し議論にはなったが、結局一団の死者とは離れた場所に埋められることになった。
自らが発見した魔神の眷属を手に入れるため、アイシャの禁断魔法を使って魔神の眷属から魂を抜き出し、支配の魔道具を使って意のままに操る。
本当にそれほど上手くいくものなのかは不明だが、その計画のためにアイシャや自ら雇った『砂海を継ぐ者』の一団全員を犠牲にしようとしたのだから最低の悪党であることに疑いはない。
だが、死者になってからまで辱めようというのはやる側の気分が悪くなるだけだ。特に死者の尊厳を限界まで冒涜されていたあのスケルトン・キングを見た後では、誰もそんな気は起こらないようだった。
「にしても驚いたよなぁ。まさかアイシャさんがあんなに強いだけじゃなく、まさかサンドワームまで手懐けてたなんてな。モンスターを調教するのはそりゃ珍しいことじゃないが、サンドワームの調教師だなんて聞いたことねぇぞ?」
アイシャがどこか居心地を悪そうにしているのは、俺が挙げた手柄を丸ごと押し付けられてしまったからだ。
色々と誤魔化しに誤魔化しを重ねた結果。
今ではアイシャは秘密裏にクエストを受けて潜入していた首都の一流冒険者で、アサドの悪だくみを防ぎ魔神の眷属を倒すという目的を見事にやってのけたことになっていた。
一番悩んだのがサンドワームである俺の処遇だが、これはアイシャがモンスター調教師でもあるという設定を追加することで解決された。
帰り道は隠す必要もなくモンスターからサンドワームの姿で一団を護衛していたので、アイシャの調教を疑う者も既にいない。
今では誤解を招かないようにと顔料で鮮やかに俺の甲殻は端々を染色され、凶暴な印象を与える顎は革のベルトで留められている。
まぁこれは首都の調教師が連れている猛獣たちの姿で見慣れた光景でもあるし、染色や顎のベルトも見方によっては洗練された印象を与えるものだ。
七日の間に、俺はすっかりこの新しい都会的なファッションを気に入っていた。
砂海ラクダの列の隣でアイシャを見下ろす俺には気付かずに、ハシムは心底感服した調子で賞賛を続ける。
「いや、あんたはすげぇ人だよ。美人だし、踊りも上手いし、魔神の眷属を退けちまうほどの強さだけじゃなく、砂海の主を手懐けちまう手管まである。それにその歳であの胆力ときたら、俺たちゃ全員顔負けだ。今でも名うての冒険者なんだろうが、きっとそのうち今以上の大物になるぜ。この先もし何かあったらいつでも言ってくれ。俺達にできることならなんだって力を貸すからよ!」
「は、はい。ありがとうございます」
半分は別人のことだが半分は自分の話だけに、照れていいのか遠慮していいのかわからないようで、アイシャは困ったような笑顔を浮かべていた。
時折チラチラとこちらに助けを求める視線が飛んでくるのには気付かないフリをしておく。
アイシャもこの旅では歳に見合わないほどに頑張ったのだ。
誰にいくら褒められても、褒められすぎなんてことはない。
***
「じゃあ、達者でなぁー!」
無事に検問を終えて大門を通り、元『砂海を継ぐ者』の一団の人々は、それぞれの暮らす街へと散っていった。
誰もが一様にアイシャへの感謝を表情に浮かべ、中でもハシムは砂海ラクダに乗って遠ざかりながら、いつまでも手を振り続けていた。
こちらも律儀さでは負けず劣らずなアイシャは完全に姿が見えなくなるまで手を振り返してから、俺の方へと振り返った。
「それで、これからどうしましょうか。道中で伺ったように、グレゴリオ様の仲間に手紙をお出ししますか? それなら最寄りの駅逓局で代筆するか、もう一度体をお貸ししますが」
「ま、そうだな。すぐにでも手紙は送らせてもらうが――」
そろそろなんとなく、アイシャの考えていそうな事もわかってきた。本当なら彼女には手紙なんかよりも先に、最優先でどうにかしたいことがあったはずだった。
けれどそれは自分のことだからと、変に気を遣って言わずにいるのだろう。やたらと気を回しすぎるのは一体誰に似たのか。
「まずは、カルカジャだ。お前の友達を助けなきゃいけない、そうだろ?」
「グレゴリオ、様。ですが、それは」
「自分の問題、か? 何を今更。第一 、俺はこの姿じゃ調教師って設定のお前が一緒じゃなきゃどこにも行けやしないんだ。で、俺は今まさに苦しんでるダチを見捨ててついてこいなんて言う、アサド並みの外道だったつもりはないぞ?」
「そ、れは……いいん、ですか?」
「いいも悪いも、俺が勝手にそうするだけだ。気にすんな。それに、どうせ首都にいるのは煮ても焼いても死なないような馬鹿ばっかりだからな。多少寄り道したって困りゃしねえさ」
「信頼、してるんですね」
楽しそうに、少しだけ羨ましそうに笑うアイシャの言葉には否定も肯定もしないでおく。
長い付き合いの連中に、今更そんな照れくさいことを言うつもりにはなれなかった。
「ところで。そのグレゴリオ様って呼び方、堅苦しいからやめてくれないか?」
「そうですか? ……では、リオさんと」
「ああ、そう……いいや、好きにしてくれ」
別にただ呼び捨てにしてくれればいいのだが、自分の周りには何故か今も昔もそのまま名前を呼びたがらない連中ばかりが集まってくる。どうにもやり辛いが、不思議と嫌な心地はしないのだ。
サンドワームの姿で呆れる俺と微笑むアイシャ。
やっぱり美人は笑顔が一番だ、と。
魔神の眷属を倒してまで手に入れた一番の報酬を眺めながら、俺は砂海の青空にひとりごちた。




