俺はまだ終わらない!
朽木谷へ到着した義晴は、大舘ら近習とともに、朽木稙綱から岩神館の案内を受けていた。
「上様、険しい山道を遠くから無事にお越しいただき、本当に安心いたしました」
「朽木さん、この度は受け入れていただきありがとうございます」
「滅相もないことです。この朽木谷は、京のような華やかさは何一つなく、ただ深い山奥の地です。上様には何かとご不便や寂しい思いをさせてしまうこと、誠に申し訳なく思っております」
「いやいや。受け入れてくれただけで本当に感謝だよ。本当にごめんね、なんかいっぱい連れてきちゃって」
稙綱は恐縮したように頭を下げる。
その時、先ほどから黙ったまま後ろを歩いている大舘に気づいた。
「お気になさらないでください。ところで、大舘殿はいかがなされたのでしょう? 先ほどから顔色が優れないようですが?」
「あー気にしないで、さっきからずっとこうなんだよ。大舘! 朽木さんが心配してるよ! いい加減調子戻してよ」
「……」
大舘の頭からは、先ほど義晴の端末に表示された文字が離れなかった。
『配達エリア外』
(マズい! マズいマズいマズい! これは非常に由々しき事態ですぞ! 上様がいつ『買いに行け』と仰せになるか)
「大舘!」
「はい!」
大舘がようやく顔を上げる。
「大舘殿? ご気分が優れないようでしたら至急お部屋をご用意させますが? それとも何か不手際でもございましたでしょうか?」
「大舘? 本当に大丈夫? 朽木さんが聞いてるよ」
大舘は少し考えたあと、稙綱へ尋ねた。
「ここ朽木谷から坂本まで戻るのにどのくらいの時間を要しますかな?」
「そうですね、馬を急がせれば、五、六時間ほどでしょうか」
「ご、五時間!」
「往復となれば、一日は見ていただいた方がよろしいかと」
「一日……」
大舘は再び黙り込んだ。
稙綱はその様子を見て、しばらく考える。
「……なるほど。大舘殿はこの朽木谷で幕府の機能が保てるのかが心配だったのですね。わかりました! この朽木稙綱! 皆様の快適な生活のためもろもろ整備させていただきます!」
「朽木殿! 感謝いたしまする!」
「そんなんじゃ無いと思うんだけどなぁ」
◇
朽木谷へ移ってから、しばらくが過ぎた。
京を離れていても義晴のもとには各地から書状が届き、岩神館では政務が続けられていた。
享禄二年六月。
稙綱が一通の書状を持って大舘のもとを訪れた。
「大舘殿、六角殿より書状が届いております」
「どのような内容ですかな?」
「はい、どうやら柳本賢治と、晴元方の松井宗信らが中心となって、こちらとの和睦交渉を進めているそうです」
「和睦? 条件は?」
「御料所と諸奉公方の知行の確保とあります。それと六角殿は細川高国殿を朽木谷に入れてはならぬと申しております」
「ふむ。和睦交渉の障害となると考えられたようですな。こちらの交渉は誰が?」
「交渉担当は伊勢貞忠殿のようです」
「では、ひとまず伊勢殿にお任せするといたしましょう。晴元陣営も一枚岩ではないので前回のように決裂せぬといいですがな」
「ところで、高国殿はいまどちらに?」
◇
高国はすでに朽木谷を離れていた。
伊賀へ移ったあと、再起のため各地を回り、援軍を求めていた。
しかし、なかなか協力者は集まらなかった。
「くそっ! どっこも協力してくれねーじゃねーかよ!」
交渉を終えて戻ってきた高国は、苛立ちを隠そうともしなかった。
「何箇所目だよ! あー頭来た! おい、お前! 水!」
「あ、はい! ただいま!」
部下が慌てて水を差し出す。
「チッ! どいつもこいつも俺のこと舐めやがって!」
「朝倉殿にも断られてしまいましたが次はどちらへ?」
「あ? あんな奴こっちから願い下げだ! 次は西だ! 赤松のところ行くぞ! 早く準備しろ!」
「は!」
「あ、おい! 水持ってくな! まだ飲んでんだろ!」
「す、すみません!」
高国は、再起をかけて西へ向かう。
その先で待っていたのは、細川高国最後の大勝負だった。




