僕、帰りたい
義晴は外を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「結局、高国さんの後を追って近江に来ちゃったね」
大舘は少し考えるように顎へ手をやった。
「仕方ありますまい。晴元陣営は上様を崇敬していると言っておきながら一向に顔を見せに来ない。おまけに義維殿を堺へ置いている。この状況で晴元を信じろと言われても難しいでしょう。問題はありましたが、上様の後ろ盾となってくださっている高国殿を選ぶのは自然なことかと」
「うーん。どっちがよかったんだろうねぇ」
義晴は腕を組み、しばらく考え込んだ。
だが、今さら答えが出るはずもない。
こうして義晴は再び、近江で過ごすこととなった。
◇
近江へ移ってから三か月。
義晴は、自らが将軍であることを改めて世に示す方法を考えていた。
「やっぱり近江でも前みたく御内書を発給して僕が将軍だとみんなに知らせる方がいいよね?」
「それでしたらもっといい案がございますぞ。これが通れば皆、上様が将軍であることを疑わないでしょう」
「そんな凄い策があるの! なに? 僕はどうすればいいの?」
義晴が身を乗り出す。
「後奈良天皇に代始の改元を執奏いたしましょう!」
「代始の改元を執奏? なにそれ?」
「上様、どこからですか?」
「最初からだよ」
「承知いたしました。まず後柏原天皇が桂川原の戦いの前年、つまり大永六年四月に崩御しております」
「ほう?」
大舘は義晴の反応を見て、わずかに眉をひそめた。
「上様、ご存じありませんでしたか? 私は一周忌の香典料を出してよいか伺っていましたが?」
「あれ、そうだっけ?」
「はい、それも近江坂本での出来事ですぞ」
「大舘、続けて」
「逃げましたな。まあよいでしょう」
大舘は小さく息を吐いた。
「で、それからは戦続きでしたからな。即位式が出来ないまま、後奈良天皇に代替わりしていたということでございます」
「それで、改元?」
「そうでございます。元号の改元だけであればここから出来ますし、なによりこの時代、将軍からの執奏により改元を行うことが通例となっております」
「つまり?」
「改元の執奏を行うこと、それを受け改元を行うことというのは、朝廷が上様こそが正当な将軍であると認められるようなものなのですよ」
義晴の表情が一気に明るくなった。
「おお! 凄いじゃん! いいねいいね、執奏やろう!」
「準備は整っておりますぞ」
こうして義晴は、後奈良天皇に代始の改元を執奏した。
そして――。
大永から享禄へ。
元号は改められた。
◇
一方、その頃の京。
配達の合間、カン十郎が、妙に上機嫌な顔でナウ兵衛へ近づいてきた。
「おっす! ナウ兵衛」
「お疲れ様です、カン十郎さん。どうしました? ニヤニヤして」
「おう! 前に細川家について教えてもらったじゃん? 今日は俺が今の京の情勢教えてやろうと思ってさ」
「なにか情報持ってるんですか?」
カン十郎は得意げに胸を張った。
「義晴さんいなくなって、今、誰がこの京を統治してると思う?」
「今は三好元長さんが統治されていたはずですが?」
「元長? 違う違う! 京都を統治してんのは柳本賢治なんだよ。でもなんか各地で統治が上手く行ってねーみたいだぞ」
ナウ兵衛は少し黙った。
「カン十郎さん、それいつの話ですか?」
「だから今だよ!」
「最初は柳本さんが統治するみたいな流れだったんですけど、途中から元長さんが出てきて、今年の七月には元長さんが山城国下五郡の守護代に任命されているので、今、京を取り仕切っているのは元長さんですよ?」
「え? そうなの。じゃあ今、あっちこっちで統治が上手く行ってないってのは?」
「それは今の状況で合っていますよ。元長さんは京をエリア分けして各地に管理者を置いたみたいなんですけど、現地とうまくかみ合っていない所もあるようで、あちこち揉めているようです」
「あーそうなんだ。じゃあ柳本は今、何してんの?」
「さあ、京にはいないので各地を回っているんじゃないですかね」
カン十郎は腕を組んだ。
せっかく仕入れてきた情報の半分は、すでに古くなっていたらしい。
「情報って難しいな」
「ですね」
◇
九月。近江にいた義晴は、さらに北へ向かうこととなった。
向かった先は、朽木谷。
山々に囲まれた土地へ入った義晴は、辺りを興味深そうに眺めていた。
「いやぁ~まさか近江から今度、朽木谷に行くなんてね~。どんなところなんだろう」
「安全地帯ではありましょうな。いやはや朽木殿には感謝せねばなりませぬな」
「朽木さんにはちゃんとお礼言わないとね。よし! じゃあスタコ飲んで一休みしたらご挨拶しようか!」
「それがよいですな」
義晴はいつものように端末を取り出した。
「じゃあ大舘はいつものでいい?」
「はい、いつものでお願いいたします」
慣れた手つきで注文しようとした義晴の指が止まった。
「あれ?」
「どうなさいました?」
義晴は画面を見つめたまま動かない。
「配達エリア外って出てる」
「な、なんですと!」
朽木谷。
義晴にとって、新たな安全地帯。
そして――。
初めての配達圏外だった。
義晴はもう一度、端末を見た。
表示は変わらない。
配達エリア外。
「……僕、帰りたい」




