僕、どうしよう?
朝倉教景の帰国後。
和睦交渉は停滞していた。
「上様ー! こちらにおられましたか! 今日はたい焼きですかな」
大舘常興が声をかけると、義晴は手にしていた袋から顔を上げた。
「うん? どうしたの大舘? たい焼き食べる?」
「頂戴いたします」
義晴は袋から一つ取り出し、大舘へ渡した。
「で、なんで僕を探していたのさ?」
「はい、実は義維方の交渉担当だった三好元長殿が四国へ帰国いたしました」
「あーもう和睦無理そうだね」
義晴はたい焼きを頬張りながら、あっさりと言った。
「交渉担当が両者からいなくなってしまいましたからな」
「義維とか晴元は?」
「堺から動いてはおりませぬ」
「じゃあ京で戦の心配はなくなったから、このまま様子見しようか」
「それがよろしいですな」
京は一見、平穏を取り戻したように見えた。
そして大永八年五月。
今度は細川高国の周辺で、大きな動きが起こり始めていた。
◇
「なんか最近、堺方面に行く武士いっぱいいるけど、また戦が始まるのか?」
配達の合間。
街道を行き交う武士たちを眺めながら、カン十郎が首をかしげた。
「あの噂、知らないんですか?」
ナウ兵衛が答える。
「あの武士の人たちは細川高国さんの配下ですよ」
「高国って、あの上から目線のハゲか! よくあんな奴の下でやっていけるよな。俺には無理だ」
「その高国さんの配下の多くが、細川晴元さんの陣営に寝返ったり帰国しているようなんですよ」
「あのハゲついに見限られたか! 前に届けたとき態度悪かったもんな」
「まあ理由はわからないのですが、とにかく多くの配下が高国さんの元を離れているようです」
そこまで黙って聞いていたウバ之助が、不思議そうな顔をした。
「ところで高国さんも晴元さんも、どっちも細川なんだな」
「えっ、ウバ之助さんそこからですか?」
「有名なの? カン十郎知ってる?」
「俺に振るなよ。知るわけねーだろ」
ナウ兵衛は小さく息を吐いた。
「わかりました。簡単に言うとどっちも同じ細川家ですよ。もともと高国さんと、晴元さんのお父さんの澄元さんが細川家のトップを争っていたんですよ。今もその続きで高国さんと晴元さんが争ってるってことです」
「ふーん。同じ家でも大きいところは大変だな」
テテテンテン♪ テテテンテン♪
突然、カン十郎の端末が鳴った。
「俺、注文来たから行ってくるわ!」
「あ、はい。いってらっしゃい」
カン十郎はさっさと立ち上がり、そのまま配達へ向かった。
ナウ兵衛は、その背中をしばらく見送った。
「私の説明必要でした?」
◇
「♪」
義晴は機嫌よく歩いていた。
置き配されていた万事屋のからあげ殿の袋を手に、廊下を歩いていた。
そこへ。
「上様」
「うわぁ、大舘!」
突然現れた大舘に、義晴は肩を跳ねさせた。
「僕がなにか注文するとすぐに現れるね」
「その袋は万事屋のからあげ殿ですな」
大舘の視線は、完全に袋へ向いていた。
「えっと、食べる?」
「頂戴いたします」
二人はそのまま部屋へ戻った。
「それで? なにか報告があったんじゃないの」
「よくわかりましたな」
大舘は満足そうにからあげ殿を食べながら続けた。
「高国殿の配下が晴元殿に流れているようでしたが、晴元方より上様への崇敬は変わらぬと申し出がありましてな」
義晴の手が止まる。
「晴元あいつ、一度も顔出さない癖によくそんなこと言えるよね。しかも義維と一緒にいてさ」
「そうですな。ただこれにより、高国殿の立場が怪しくなってきましたな」
「うん?」
「要は高国殿とは和睦しないが、我々とは敵対しないと言いたいのですよ」
義晴は、手にしたからあげ殿を見つめた。
「……高国さん、孤立してない?」
「そのようですな」
高国の立場は、日に日に苦しくなっていった。
◇
やがて、高国と細川尹賢は京を離れ、近江坂本へ逃れた。
その後。
「上様、これより上様の警護は、この六角定頼が担当いたしまする。どうぞよろしくお願いいたしまする!」
「六角さん、これからよろしく」
「はっ!」
六角定頼が力強く頭を下げる。
義晴はその姿を見届けると、隣に控える大舘へ向き直った。
「大舘! 現状を報告せよ!」
「はい」
大舘は一度姿勢を正した。
「和睦交渉は事実上頓挫。朝倉殿、元長殿は帰国し、高国殿の配下も次々と離れております」
「うーん」
「その一方で、晴元方は上様への崇敬を続けると表明しております」
義晴は腕を組んだ。
「つまり?」
大舘は義晴を真っ直ぐに見た。
「高国殿と歩むか、晴元殿と歩むか。上様もそろそろ、お決めにならねばなりませぬ」
「……」
義晴は黙り込んだ。
これまで何度も、高国とともに動いてきた。
だが、その高国は今や多くの配下に離れられ、京を追われている。
一方の晴元は、義維を擁しながらも、義晴への崇敬を続けると表明している。
どちらを選ぶか。
今度ばかりは、誰かに決めてもらうわけにはいかなかった。
義晴はしばらく考えたあと、ぽつりと呟いた。
「僕、どうしよう?」




