僕が将軍だ!
将軍・足利義晴が京から逐電して、数日が過ぎた。
戦の気配が薄れた京の一角。
配達の鳴りが途切れたところで、ウバ之助は休憩に入ろうとしていた。
「はよっす! カン十郎! ナウ兵衛!」
「おはよっス! ウバ之助!」
「おはようございます!」
三人が顔を合わせるのは、偶然だった。
「いやいや、鳴りやんだから休憩に来たらお前らもいたんだな」
「俺も休憩しに来たらナウ兵衛いたからさ」
「皆さん今日の鳴りはどうですか?」
「戦以降、爆鳴りって感じでもないかな?」
ウバ之助が首をかしげる。
「俺の方もそんな変わらずって感じかな。今日はずっと麻呂案件。あいつらずっと連歌歌ってたわ」
「お公家様は連歌なんですか? 私は囲碁のイメージでしたけど」
「どっちでもいいんだよ、注文入ればな!」
ウバ之助はそこで何かを思い出したように手を叩いた。
「あっ、そうそう! あの金ぴかの建物あるとこなんて言ったっけ?」
「相国寺鹿苑院ですか? 金閣寺のところ」
「あ、そうそう! 相国寺鹿苑院! あそこで放火があったんだってよ!」
「えっ? マジかよ。やっぱ義晴さんいなくなって物騒になってんじゃねーか!」
先ほどまでの軽い空気が、ほんの少しだけ変わる。
「このまま将軍が戻らないと、もっと治安が悪くなるかもしれませんね。私たちも巻き込まれないように注意しないと」
将軍が消えた京では、少しずつ空気が変わり始めていた。
◇
近江・坂本。
京を離れて数日。
義晴は、傍らに控える大舘常興へ声をかけた。
「大舘! 今、京はどうなっているの?」
「上様不在の京へ、柳本、波多野、三好の軍勢が入洛したとの報告がございました」
大舘はさらに続ける。
「そして阿波にいる細川晴元、三好元長が足利義維――つまり上様のご兄弟を擁立して、上洛させようと動いているようです」
「義維か。それで義維はいつ頃上洛予定なの?」
「それが、なぜかもたついているようで、まだ動きはないとのことです」
「そっか」
義晴は少し考えたあと、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ大舘! 京にはいないけど将軍は僕なんだから、ここ坂本で将軍の仕事しちゃおうか! そしたら義維が上洛しても、簡単には僕の席に就けないでしょ?」
「具体的には、何をなさいますか?」
「うーん……」
義晴はしばらく考え、
「僕が将軍ですってアピールするために、御内書発給しようか!」
「よろしいですな。それで参りましょう」
◇
数日後。
「オラオラオラオラ〜! 御内書書きまくれ〜!」
坂本の一室では、義晴が朝から筆を走らせていた。
京にはいない。
それでも将軍は将軍である。
各地の大名へ向け、義晴の名で次々と御内書が発給されていく。
「上様、筆がのっているところ大変申し訳ございません。ご相談がございます」
「ん? どうしたの?」
「そろそろ後柏原天皇の一周忌でございます。香典料はいかがなされますか?」
「香典料? あー、そういうのは大舘に任せるよ! 好きにやっちゃって!」
「承知いたしました」
義晴は再び筆へ視線を戻そうとしたが、大舘はその場を動かなかった。
「ん? まだなにかあるの?」
「はい。義維陣営に動きがあった模様です」
「そっちの方が重要じゃん!」
義晴は勢いよく顔を上げた。
「で、動きって?」
「はい。細川晴元、三好元長らの本隊とともに、堺に入ったとのことです」
「うーん、じゃあ今頃はもう京かなぁ」
「それが現在、堺にて滞在中とのこと」
「は? なんで?」
「それがよくわかりませぬ」
義晴は少し黙ったあと、得意げに腕を組んだ。
「まあ、“将軍の正統なる後継者”たるこの僕が、この坂本から睨みを利かせているからね。義維とはいえ簡単には動けまい!」
大舘はしばらく義晴の顔を見つめた。
「……まあ、そのようなこととしておきましょう」
「ふっ、僕の鋭い睨みにひるんだな」
義晴は満足そうにうなずいた。
◇
それから数か月が過ぎた。
「上様ー! 上様ー!」
坂本の屋敷を歩き回りながら、大舘が声を張る。
「ここだよー!」
奥から義晴の返事が聞こえた。
「こちらにおられましたか。万事屋のからあげ殿が届いておりましたぞ」
「ありがとう! 大舘も一緒に食べようよ」
「ありがたく頂戴いたします」
二人は並んで腰を下ろし、届いたからあげ殿を頬張った。
「からあげ殿は、やっぱりレギュラー味が一番好きだなぁ。大舘は?」
「私もレギュラー味が一番安心して食べられますな」
しばらくして――。
「上様、ごちそうさまでした」
「うん。また頼んだら一緒に食べよう」
「ああ、そうだそうだ」
大舘が、今思い出したというように口を開いた。
「そういえば、越前の朝倉孝景殿の協力を得られましたぞ」
「え?」
義晴の手が止まる。
「なにさらっと言ってんの! 孝景さん協力してくれるって?」
「はい。これなら、この秋には京奪還に動けそうですぞ」
「え? もう上洛できるくらい人集まったの?」
義晴は目を丸くした。
そして、すぐにいつもの調子へ戻る。
「やっぱ僕の人徳だよね~」
大舘が何か言うより早く、義晴は勢いよく立ち上がった。
「よし! じゃあ行くぞ、大舘!」
「進軍目標は京都! 我らが都を取り戻すぞ!」




