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僕、もう羊羹いいや

天文五年。


前年、細川晴元は、それまで敵対していた本願寺と和解していた。


そしてこの年、京で勢力を広げていた法華宗と比叡山延暦寺の対立が激化。


延暦寺と六角氏らの軍勢が法華宗を攻撃した。


天文法華の乱である。


戦闘は短期間で決着したものの、この争いによって下京のほぼ全域、上京のおよそ三分の一が焼失した。


そして、この天文法華の乱の終息から間を置かず、義晴の周囲にも動きがあった。


実はこの年の三月、義晴と慶寿院の間に男子が生まれていた。


その名は義輝。


義晴にとって、待望の跡継ぎであった。


     ◇


義晴の前には、大舘がいつものように控えていた。


部屋には、寺から贈られた羊羹が置かれている。


「大舘!」


「なんでございましょうか上様」


「僕、隠居しようと思う!」


「えっ! 今なんと申されましたか?」


「僕、隠居しようと思う!!」


「一体なぜ急にそんなことを?」


「占いで出てたから」


大舘は思わず言葉を失った。


「……突然ですな」


「そーかな? 僕はもう決めちゃったからね! 後はみんなに発表するだけだよ」


「後継者は義輝様ですか?」


「そう! 義輝! それ以外にいないでしょ」


「まあそうなのですが、まだ生まれたばかりですぞ? まさか政務をさせようなどと」


「まだ赤ちゃんだよ。できないのは僕にだってわかるよ」


「では政務はどうされるおつもりですか?」


「大舘、わかってて聞いてるでしょ?」


「上様のお考えを聞かなくてはいけませんからな」


義晴は羊羹を食べながら、何でもないことのように続けた。


「家督は義輝に譲る。これからは将来の将軍後継者は義輝だよって宣伝もする。そして義輝の補佐として僕が選んだ八人の奉行に政務を代行させるって体で発表する! どうよ?」


「はい。まあそれであれば」


「でしょ~! 僕だって考えているからね。あと大舘、これからは上様じゃなくて僕のことは大御所様と呼ぶようにみんなに言っておいてよ」


「上様は上様ではなくなってしまうのですか?」


「そりゃそうでしょ。ほら、大舘! 早く呼んでよ! 大御所、大御所へいへいへーい!」


「……大御所様」


義晴は満足げにうなずいた。


「おお! いいね! もう一回呼んで!」


「大御所様」


「うんうん。ところで大舘」


「はい。なんでございますか上、大御所様」


義晴は手を止めた。一本分の羊羹は、すでに跡形もない。


「僕、もう羊羹いいや。口の中が甘すぎてなんか嫌な感じがする」


「丸々一本召し上がればそれが普通の反応ですぞ」


「なにかお茶とかお願い」


そこへ、茶を載せた盆を手に、慶寿院が襖を開けて入ってきた。


まだ若いが、その穏やかな表情と落ち着いた所作には、近衛家の娘らしい気品が漂っていた。


「慶寿院様! 私がやりますぞ」


「いえ、大舘殿。お茶くらい私に用意させてください」


「いやしかし」


「いつも大舘殿にはお世話になっていますから。これくらいはさせてくださいね」


慶寿院が穏やかに微笑む。


大舘もそれ以上は遠慮せず、軽く頭を下げた。


「では、お言葉に甘えて頂戴いたします」


「上様、お茶をどうぞ」


「ありがとう! 義輝は?」


「今はぐっすり眠っていますよ」


「そっか。慶寿院ちゃん羊羹食べる?」


「あら、羊羹ですか? では、少しいただきますね」


義晴は、そばにあった羊羹をそのまま一本差し出した。


「うん。はいどうぞ!」


「まあ……!」


「どうしたの?」


「えっと、一本まるごといただけるとは思わなかったので……」


「大御所様、普通はある程度の大きさに切って召し上がるのですぞ」


慶寿院は大舘の呼び方に首をかしげた。


「大御所様?」


「今、大舘には義輝に家督を譲って僕は大御所になるって話をしてたんだよ」


「ああ、大舘殿にもお話しされたのですね。これからもよろしくお願いいたします」


「承知いたしました」


「ところで、この羊羹はどちらからいただいたのですか?」


「お寺の住職さんたちからもらったんだって」


「各地の訴訟案件に対応しておりますからな。お礼として頂くこともあるのですよ」


「それでしたら、ほかの皆にも分けてよろしいでしょうか?」


「うん。みんなにも食べさせてあげて!」


「ありがとうございます。それにしても、大舘殿たちは各地の訴えまで扱っていらっしゃるのですね。さぞお忙しいでしょう」


「はい。私と倅の晴光も、その八人の奉行に加わっておりますゆえ」


「本当に大変だよ~毎日毎日これお願いしますって来るんだよ」


「それで、そうした訴えはどのように大御所様のところまで届くのですか?」


「えっとなんだっけ大舘?」


大舘は姿勢を正し、慶寿院に向き直った。


「まずは訴訟案件を御前奉行が受け付けます。いわば受付窓口ですな」


「それからどうなるのですか?」


「『披露事』という評議に案件を上げ、八人の奉行が内容を検討いたします」


「では、その方々が判断されるのですね?」


「はい。奉行たちが相談して意見をまとめます。ただし、難しい案件や重要な案件については、大御所様にお伺いを立てるのでございます。基本的には、このような流れで進めております」


義晴は胸を張り、慶寿院に「僕、凄いでしょ?」と言いたげなドヤ顔を向けた。


「そうなのですね。それでは御前奉行や八人奉行の皆さまの方が、よほどお忙しいのではありませんか? 大御所様も、皆さんに任せきりにせず、ちゃんとお仕事なさってくださいね」


「あ、はい」


あっさり返事をする義晴を見て、大舘は心の中でつぶやいた。


(大御所様の方が慶寿院様より年上なのに、完全に逆転しておりますな)

いつもお読みいただきありがとうございます!


明日11月3日は更新をお休みさせていただきます。


次回は11月4日(水)18:20に投稿予定です!


引き続き『お待たせいたしました!将軍様!』をよろしくお願いいたします!

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