僕、結婚してました!
八代将軍・足利義政は、届いたばかりのフィギュアを手に取り、嬉しそうに眺めていた。
「あら? 義政、あなたまた新しいフィギュアを買ったの?」
声をかけたのは妻の日野富子だった。
「あ、富子。そうなんだよ。前に頼んでいたのが届いたんだ。初回限定DX版だよ!」
義政はフィギュアを富子に見せた。
「相変わらず最近のフィギュアは精巧ですごいわね」
「でしょ! ずっと見てられるよね。どこに飾ろうかな」
義政は部屋を見回した。
すでに棚にはフィギュアが所狭しと並べられている。
「そうそう義政。私あなたにお願いしていたことがあるわよね?」
「えっ? なにか頼まれてたっけ?」
「昨日、部屋が散らかっているから二軍落ちしてるフィギュアは倉庫に移動させてってお願いしたわよね?」
「あっ! ご、ごめん。今からやるよ」
「今日中ですよ! そうじゃなかったら売ります!」
「それだけはやめて~」
「だったらシャキシャキ片づける!」
「は、はい~」
義政は慌ててフィギュアを片づけ始めた。
「まったく」
富子は呆れたようにため息をついた。
そして、ふと部屋の隅に目を向けた。
そこには、いつの間にか義晴が立っていた。
「あんたもなにボケっと突っ立ってるのよ! あんたもやるのよ! 義晴~!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
義晴は飛び起きた。
目の前に広がっていたのは、見慣れた自分の部屋だった。
「はぁはぁ、ゆ、夢か?」
時は天文三年。義晴が京へ戻る数か月前のことである。
額には汗がにじんでいる。
その叫び声を聞きつけ、大舘が慌てて駆け込んできた。
「上様ー! いかがなされましたか?」
「お、大舘」
「はい」
義晴は大舘の顔を見るなり、真剣な表情で言い放った。
「僕、日野の嫁は嫌だ!」
「はい?」
大舘は思わず聞き返した。
「三代将軍の義満の頃から、将軍家の奥さんって日野家ばっかりじゃん! 僕の奥さんになる人はさ。もっとこう包容力があって優しい人がいいと思うんだよね」
「急になにを申されておるのですか?」
「日野家はなんかこう生命力に溢れすぎているというか、僕にはたぶん厳しいと思うんだ」
「はぁ」
大舘には、上様が何を心配しているのかさっぱり分からなかった。
「だから大舘! なんとかして!」
「急に丸投げしてきましたな。なんとかもなにも上様にはすでに相手がいるではありませんか」
「えっ?」
「忘れておいでですか?」
「いつの話?」
大舘はしばし考え込んだ。
「たしか上様が初の戦場で鷹狩りの恰好していた頃にはもう決まっておりましたぞ」
「そうなんだ。はっ、相手は誰?」
「近衛家の御息女でございます」
「近衛家?」
「はい。五摂家の一つ、近衛家でございます」
義晴は何かを思い出したように、妙な節をつけて口ずさんだ。
「近衛鷹司九条~二条一条~♪の五摂家?」
「なんですかなその妙なリズムは? まあその五摂家です」
「もの凄く家格高いじゃん!」
「はい。朝廷のトップを争っておられる家でございますからな」
義晴は首をかしげた。
「そんな話どこから来てたの?」
「高国殿です」
「高国さん!」
「はい。覚えてございませぬか?」
大舘は、かつて高国が縁談を持ち込んだ日のことを思い返した。
◇
それは、高国が酒席で上機嫌になっていたときのことだった。
義晴と大舘もその場にいた。
「おう! 上様! 飲んでっか! ハッハッハー」
高国が笑いながら義晴に近づいてきた。
「酒飲みは僕に絡まないで、飲んでる人同士で話してなよ」
「そんなこと言わないでくださいよ~」
「急に甘えたような声出すな」
高国は笑いながら義晴に顔を近づけた。
「じゃあ真面目に。上様、幸運の女神は前髪しかないんですよ。だから俺の持ってきたこの縁談、絶対受けてください」
義晴は高国の頭に目を向けた。
「高国さんには掴める髪の毛ないじゃん」
「上様ー、俺にも昔は掴める前髪あったんすよ~。掴みすぎて無くなっちゃった♪ ハッハッハー」
高国は自分の頭をなでながら笑っている。
義晴はうんざりした顔で大舘を呼んだ。
「大舘! この酔っ払いを僕から引きはがせ!」
◇
「掴める髪の毛がないって話はした記憶があるなぁ」
「その時から縁談の話は進んでいたのですよ」
どうやら義晴の記憶には、肝心の縁談よりも高国の髪の毛の話が強く残っていたらしい。
「高国さんってそんな家格の家柄の人とも繋がりがあったんだね」
「近衛家と高国殿は親戚のような間柄でしたからな」
「あっそうなんだ」
「高国殿の姉上の娘御が、近衛尚通殿の奥方でございます」
「ふーん。で?」
「はい?」
義晴は先ほどまでとは違い、少し真剣な顔になった。
「向こうにはなにか思惑があるんじゃないの?」
「鋭いですな」
「僕が何年将軍やってると思ってるの」
義晴とて、これまで幾度となく政治的な争いに巻き込まれてきた。
相手が高い家格を持つからといって、ただ喜んでばかりもいられない。
「正直そこまで悪い話ではないのですが、向こうの思惑としては、主に三つではないでしょうか」
「一つ、近衛家の血をひく将軍が生まれる」
「ふむ」
「一つ、公家だけではなく大名家などの武家との関係向上が見込める」
「ふむふむ」
「一つ、幕府への諸所の訴訟を有利に展開できる」
「ふむ?」
「主にこの辺りでしょうな」
義晴は腕を組んだ。
「なんか絶対裏があるよ。話がうますぎる」
大舘は少し考えてから、言葉を続けた。
「そうですな。では一つだけ五摂家こと摂関家は近衛流摂関家と九条流摂関家で対立しているようでしてな。将軍家を味方につけられれば、相手より有利に立てるということもあるのではないでしょうか」
義晴の顔が曇った。
ようやく細川家の争いが落ち着いてきたというのに、今度は朝廷の権力争いである。
「えっなんだかものすごく面倒くさそうな話が出てきたね。まあ近衛パパ通に絡まなかったら別にいいか!」
「……それで良いのですか上様」
大舘は義晴を見つめた。
義晴は、どうやらそれ以上考えるつもりはないらしい。
その後、天文三年六月八日。
義晴は近江・桑実寺にて近衛尚通の娘・慶寿院と婚姻する。




