毒を以て毒を制す
細川晴元は頭を抱えていた。
三好元長を討つ。
その方針はすでに決まっている。
しかし、元長と畠山義堯は木沢長政の籠る飯盛城を攻めていた。
このまま放っておけば、木沢が危ない。
晴元は側近たちを前に、腕を組む。
「えっ? どうするこれ? 側近たちよ、なにかいい案はないか?」
「殿。本願寺へ依頼し、一向一揆勢を派遣していただくのはいかがでしょうか」
「一向一揆か?」
晴元の顔が曇る。
「元長を討つにはそれしかないか? いやでもなぁ? 後々、大変なことになりそうというか? うーん……」
一向一揆。
その力を、晴元も知らないわけではない。
長享二年。
加賀では一向一揆によって守護・富樫政親が敗死している。
それ以降、本願寺は加賀で大きな影響力を持ち、一向一揆という巨大な軍事力を動かす存在として無視できないものとなっていた。
「元長の軍事力に対抗し、飯盛城を救援するには、本願寺を頼るほかありますまい。殿、ご決断ください」
「わかってる。でもちょっと待って。うーん……」
晴元は腕を組んだまま、考え込む。
「殿」
「……分かってるって」
「では、本願寺へ援軍を求めるということでよろしいですな?」
「いや、でもさぁ……もし後で面倒なことになったらどうすんの?」
「その時は、その時で考えましょう」
「その時って……」
晴元はまだ迷っていた。
側近たちは黙って、その答えを待つ。
しばらくして、晴元が小さく息を吐いた。
「……他にないんだよな?」
「ございません」
「……じゃあ、それで」
こうして晴元は、周囲に背中を押される形で、本願寺へ援軍を求めることを決断した。
◇
本願寺が動いてからの展開は早かった。
晴元からの求めを受け、本願寺は摂津の門徒たちへ飯盛城救援を呼びかける。
すると、各地から次々と門徒が集まった。
その数、およそ三万。
そして六月十五日。
一向一揆勢は、木沢長政の籠る飯盛城を攻撃していた三好元長・畠山義堯勢へ襲いかかった。
突然現れた大軍を前に、元長・義堯勢は崩れる。
兵は散り散りとなり、一向一揆勢はその勢いのまま畠山義堯の籠る高屋城へと殺到した。
高屋城も攻め立てられ、この日、畠山義堯は敗死する。
しかし、一向一揆勢の勢いは止まらなかった。
和泉、河内、摂津。
各地からさらに門徒が集まり、その数は十万近くまで膨れ上がっていく。
次に狙われたのは、南堺に陣を置いていた三好元長だった。
迫り来る大軍。
元長は顕本寺へと入った。
もはや、生きて逃れる道はない。
そして――。
三好元長は、顕本寺で自害した。
高国を打ち破り、細川晴元政権を軍事面で支えてきた男の最期であった。
◇
「上様、堺政権が崩壊いたしましたぞ」
「急に何を言い出すんだキミは?」
大舘が唐突に話を切り出した。
「晴元殿が一向一揆を使い、元長殿を討とうとしているところまではご存じですな?」
「それは前に聞いた」
「その結果、元長殿は一向一揆に攻められ、敗死いたしました」
「高国さんを討った相手が、まさかその一年後に味方に討たれるなんてね」
「……そうですな」
「大舘、続けて」
「元長殿の最期は顕本寺というところで自害されたとのことなのですが、その場になんと足利義維様もいらっしゃったようで」
「義維が?」
「はい。義維様は元長殿のいる顕本寺へ向かわれ、運命を共にしようとなされたようです」
「えっ?」
「ですが、周囲の者たちに止められ、元の御座所へ戻されたとのことです」
「そうか」
義晴は少し考える。
「そういえば久しぶりに名前が出てきたような気がするけど、なんでいきなりそんなことになってるの?」
「義維様にとって、元長殿が最後まで頼ることのできる存在だったのでしょうな」
「最後まで?」
「晴元殿らが上様との関係も模索する中、元長殿は義維様を支え続けておりましたからな」
「あー、確かにね」
義晴は頷く。
「元長以外はなんとなく僕のことをちゃんと将軍だと思ってる節があったよね。最初だけ義維の名前が出てきて、あとは晴元とか元長、柳本さんだったし」
「ええ。ですので、最後に元長殿のもとへ向かわれたのではないでしょうか」
「なるほどね。義維がそのまま上洛できてたら、違った結果になってたかもしれなかったね」
「一概にそうですとは言えませぬが、上様が今よりも厳しいお立場になられていた可能性はございましたな」
「僕は巻き込まれて大変だって思っていたけど、一番この出来事に巻き込まれたのは義維の方だったのかもね」
「そうですな」
義晴は少し黙った。
「ところで、あの元長すら倒せる勢力の一向一揆の手綱を、晴元は握ってるってこと?」
「……」
「もしそうなら、僕たちもう戦で晴元には勝てなくない?」
大舘は少し間を置いた。
「……さて、次の話題に移りましょう」
「ちょっと待ってよ大舘! 怖いよ。それすごく怖い!」
義晴は身を乗り出す。
「外に不審者がいるから、制御不能なくらい暴れる番犬の首輪取って野に放っちゃいましたってこと?」
「上様、例えが的確ですな。ハッハッハ」
「えー、僕嫌だよ。晴元の後処理するの」
「まさに! 毒を以て毒を制す、ですな」
「うへぇ〜、アイツちゃんと後始末までしろよ〜」
義晴は露骨に嫌そうな顔をした。
そして、ふと思いついたように大舘を見る。
「ってことは、堺の方はもう将軍を名乗れるような状態じゃないってことだよね?」
「左様でございます」
「じゃあこのタイミングでもう一回、世の中に僕、将軍ですけど? って言っちゃう?」
「なにをなされるおつもりですか?」
「元号改元」
「え?」
「改元の執奏よろしく~♪」
義晴は軽い調子で言った。
だが、その意味は決して軽くない。
堺政権が崩壊した今、自分こそが正統な将軍であることを、改めて世に示す。
義晴にとって、これはまたとない好機でもあった。
その後。
元号は「享禄」から――。
「天文」へと改められることになる。




