一難去ってまた一難
細川高国の敗戦を知った義晴一行は、坂本から離れることになった。
「上様、そろそろ参りますぞ」
「すぐに行くよ」
義晴は荷物をまとめながら、大舘に尋ねる。
「次は定頼さんの家の近くに行くんだっけ?」
「はい。定頼殿の本拠地・観音寺城に近い長光寺、その後は観音寺城に隣接する桑実寺に御座を移します」
「ふーん。今度のところは、フードデリバリー届くのかな?」
「はい。長光寺、桑実寺どちらもフードデリバリーの配達エリア内でございます」
「おー、調査済み? 今回は準備いいじゃん」
「朽木谷では上様に大変、窮屈な思いをさせてしまいましたからな。今回は定頼殿に調べていただきました」
「じゃあ安心だね」
大舘は、朽木谷で見た『フードデリバリー配達エリア外』という文字が忘れられず、それ以来、行く先が配達エリア内なのかを事前に調査するようになっていた。
もちろん、今回、朽木谷ではなく長光寺、そして桑実寺へ御座を移すことになった理由は、フードデリバリーの配達エリアかどうかではない。
前年の享禄四年。
浅井亮政が高島郡へ突然、軍事侵攻を行っていた。
さらに、細川高国を失ったことで、義晴は大きな後ろ盾を失っている。
高国亡き後、義晴が頼ることのできる有力大名は六角定頼くらいしかいなかった。
帰洛を目指していた義晴にとって、近江へさらに深く移ることは大きな後退になるはずだった。
しかし――。
ここから義晴を取り巻く状況には、大きな転機が訪れることになる。
◇
大物崩れの後。
京では再び三好元長が活動を再開させていた。
元長が戻ったことで、京では郡代制が復活する。
高国との戦いを終え、いよいよ元長が京を統治していく。
誰もがそう思った。
しかし、そこに待ったをかける人物が現れる。
柳本甚次郎。
かつて京の統治を担っていた柳本賢治の後継者であり、柳本家の現当主である。
元長と甚次郎。
二人がともに京の統治へ関わることで、京の街は二重行政のような状態に陥っていた。
さらに、次第に民衆の間では甚次郎を支持する声が大きくなっていく。
そんな中、晴元の家中でも新たな争いが起き始めていた。
木沢長政。
もともとは畠山義堯の被官だった男である。
木沢はさらなる勢力拡大を狙い、晴元側近の御前衆らと談合。
そして、元長について晴元へ悪く吹き込んだのである。
「兄上、お待ちください!」
木沢らの話を聞いた晴元に対して、異を唱える者がいた。
細川持隆。
晴元の弟であり、元長とも深く関わっていた人物である。
「元長にそのような考えがあるとは思えませぬ。どうか今一度、お考え直しくだされ」
「持隆。お前は元長を庇うのか?」
「元長はこれまで兄上のために幾度となく戦っております。木沢殿らの話だけで判断するのはいかがなものかと」
晴元はしばらく黙って持隆を見る。
「……分かったよ」
「兄上!」
「今回はお前の顔を立てる」
晴元はそう言うと、持隆へ念を押した。
「だが、次はないぞ」
「ありがとうございます」
この時は、持隆の取りなしによって元長への追及は収まった。
しかし、元長と甚次郎による京の二重統治という問題は、何も解決していなかった。
そして享禄五年正月。
元長は、自らその問題を終わらせようと動く。
兵を挙げ、甚次郎が籠る三条城へ向かったのだ。
元長勢は城を攻め、甚次郎は討ち死にすることになる。
その報せを受けた晴元は、黙ったまま持隆を見つめていた。
「……なぁ、持隆」
「はい」
「俺、なんて言った?」
「兄上……」
「次はないって言ったよな?」
「……はい」
「あのさぁ、身内同士でなにやってくれてんの? 俺が甚次郎くん攻めろって言ったんだっけ?」
「いえ、兄上はそのようなことは申されておりません」
「だよなぁ。おかしいよなぁ」
晴元の声が低くなる。
「じゃあなんで俺の配下の甚次郎くんが、俺の配下の元長に討たれることになったんだ?」
「元長の独断でございます」
「高国倒したからって、元長は調子に乗ってるんじゃないのか?」
持隆は答えることができなかった。
晴元は、元長を見限った。
そして元長もまた、畠山義堯と結び、木沢長政との対立を深めていく。
もともと義堯の被官だった木沢は、晴元のもとで独自に勢力を伸ばしていた。
その木沢と、主君である義堯との関係もすでに悪化している。
義堯と元長。
木沢長政。
両者の対立は、ついに武力衝突へと発展していった。
元長らの動きを受け、晴元も摂津へと出る。
このままでは、本格的な戦となる。
そこへ、再び持隆が仲裁に入った。
「兄上、どうかお待ちくだされ!」
「またお前か」
「このままでは晴元方と元長方が完全に争うことになります。どうかもう一度だけ、話し合いの機会を!」
晴元はしばらく黙っていた。
そして、その場で元長との戦いへ突入することは避け、堺へ移ることになる。
持隆は、まだ元長が許される余地は残されていると考えていた。
元長もまた、持隆を通じて晴元へ赦しを求めた。
しかし――。
晴元の答えは変わらなかった。
「知らん」
「兄上!」
「俺はもう元長を信用しない」
「しかし!」
「持隆。もういい」
晴元は弟を見据える。
「お前も阿波へ帰れ」
「兄上……」
「これはもう、お前が間に入ってどうにかなる話じゃない」
持隆は、それ以上言葉を返すことができなかった。
何度も元長を庇い、晴元との仲を取り持とうとした持隆だったが、ついに両者の関係を修復することはできなかった。
持隆は阿波へ帰国することになる。
しかし。
持隆には一つ、気がかりがあった。
晴元側の戦力である。
これまで晴元陣営の主力となっていたのは、三好元長、柳本甚次郎、そして木沢長政らであった。
だが、柳本甚次郎はすでに死んだ。
木沢長政は元長、義堯らと争っている。
そして元長自身は、これまで晴元陣営を支えてきた最大級の軍事力を持っていた。
その元長を敵に回して――。
いったい誰が戦うというのか。
「まさか……元長殿が勝つのか?」
持隆がそう考えるのも無理はなかった。
しかし。
その予想とは裏腹に――。
その年の六月。
三好元長、そして畠山義堯。
両名は敗死することとなる。




