夏のかげろう
細川高国の死からほどなくして、もう一人の人物も表舞台から姿を消した。
細川尹賢。
かつて香西元盛の謀反を高国へ訴え、一連の争いの大きなきっかけとなった人物である。
その後、尹賢は高国のもとを離れ、細川晴元方へと寝返っていた。
そして高国の死からおよそ一月半後。
尹賢もまた、摂津で木沢長政に討たれた。
高国と尹賢。
義晴が京を追われるきっかけとなった争いの中心にいた二人は、相次いでこの世を去ることとなった。
◇
「カン十郎さん、お疲れ様です」
「ナウ兵衛! お疲れ!」
ナウ兵衛は、カン十郎の顔を見るなり眉をひそめた。
「えっ、なんですか。そんなにニヤニヤした顔して。またですか?」
「またってなんだよ?」
「カン十郎さん、なにか情報を仕入れているとき、いつもその顔してるんですよ」
「えっ、マジ?」
「はい。まあ今回は、ある程度察しはつきますけどね」
「まあ今の話題っていったら、細川高国しかないよな」
「ですよね~。で、今回はどんな情報なんですか?」
カン十郎は、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「高国と晴元の“おおもの”決戦は、高国が味方だと思っていた赤松政村勢の裏切りによって、晴元方の勝利で決着したらしい。高国は決戦の地からは逃げられたけど、最終的には捕まって自害させられたって話だ」
「……」
「ナウ兵衛、そんなに苦い顔してどうした? もしかして知らなかったのか?」
「そんなわけないでしょう」
ナウ兵衛はため息をついた。
「カン十郎さんが“おおもの”って言ってるのが気になって。大物は“おおもの”とも読みますが、今回は地名なので“だいもつ”って読むんですよ」
「えっ、そうなのか」
「はい。そうなんです」
「やっぱりナウ兵衛は物知りだな」
カン十郎は感心したように頷き、すぐに別の話を始める。
「ついでにさ。高国って京での評判、そんなに悪くなかったのか?」
「急にどうしました?」
「いや、意外と麻呂たちがさ。惜しい人を亡くした、みたいな反応してたからよ」
「あー」
ナウ兵衛は少し考える。
「高国さんは、朝廷や公家との関係をかなり大事にしていたみたいですよ。軍事面では色々言われていましたけど、公家の人たちからはそれなりに支持されていたようです」
「へぇ~。あのおっさんがねぇ」
「高国さんが擁立した義晴さんにも、公家の人たちの期待が集まっていたみたいですしね」
「そうなのか」
そこへ、聞き慣れた声が飛んできた。
「おっす! 二人とも」
「あっ、お疲れ様です。ウバ之助さん」
「うっす! ウバ之助さん」
ウバ之助は二人のそばまで来ると、当然のように話へ入ってきた。
「二人が集まってるってことは、“おおもの”決戦の話か?」
ナウ兵衛は思わず顔をしかめた。
「えっ、またそこ説明するの?」
◇
坂本。
大物崩れから日が経ち、高国の最期について詳しい知らせが義晴のもとにも届いていた。
「高国殿は尼崎で捕らえられた後、大物の広徳寺にて自害されたとのことです」
「そう」
義晴は静かに答えた。
「高国さん、死んじゃったんだ」
「はい」
大舘は手元の書状へ目を落とす。
「その際、上様宛に辞世の句を残されております」
「僕に?」
「はい」
「大舘、読んで」
「承知いたしました」
大舘は書状を開いた。
「『絵に写し石をつくりし海山を 後の世までもめかれすそ見ん』」
義晴はしばらく黙っていた。
「……なにそれ?」
乾いた声でそう呟いた。
「つまり、俺の庭よろしく! ってこと?」
「雑に申せば、そういうことでしょうな」
「もっと他に言うことあったでしょ、高国さん」
大舘が小さく笑う。
「まあ、高国殿らしいですな」
義晴も少しだけ笑った。
「うん。そうだね」
◇
しばらくして。
義晴は縁側に腰を下ろし、ぼんやりと庭を眺めていた。
風が木々の葉を揺らしている。
その景色を眺めているうちに、義晴はふと昔のことを思い出した。
まだ、自分が亀王丸と呼ばれていた頃のことだった。
◇
「あ? なんだこのガキ?」
高国が目の前にいた少年を見下ろす。
「覇気がねぇなぁ。ここは遊ぶところじゃねぇから、あっち行ってろ」
少年は黙ったまま高国を見ていた。
そこへ家臣が慌てて声をかける。
「高国殿」
「あ?」
「こちらが亀王丸様でございます」
「……」
高国は少年を見る。
もう一度、家臣を見る。
そして再び少年を見る。
「大変失礼いたしました」
突然、姿勢を正した。
「私が細川高国と申します」
亀王丸は何も答えない。
「いやはや、実に聡明そうなお顔でございますな! きっと良い将軍になられますぞ! ハッハッハー!」
先ほどまでとはまるで違う高国を、亀王丸はじっと見つめた。
そして一言。
「……ぼく、こいつ嫌い」
◇
義晴は庭を眺めながら、ふっと笑った。
いつの間にか、大舘が隣に立っていた。
何も言わず、義晴の前へ茶を置く。
義晴も何も言わない。
大舘もその隣に腰を下ろした。
二人で庭を眺める。
しばらくして、同時に茶碗を持ち上げた。
ズズー
ズズー
「熱っち!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
細川高国を中心に続いてきた一連の話は、ひとまずここで一区切りとなります。
次回からは、また少し違った形でお送りします。
引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。




