異世界に閉じ込められて
亀裂をくぐり抜けた瞬間、視界が真っ白になった。
胸の奥から何かに押し出されるような感覚がした。
気がつくと、そこは石壁に囲まれた狭い路地だった。扉の脇には木箱がいくつか積まれていて、その隣には古びた樽が二つ置かれている。
だが、騎士たちはもういなかった。
消えてしまったのだ。
「……あいつら、どこに行きやがった?」
路地の出口へ目を向ける。
向こう側からは大勢の人々のざわめきが聞こえていた。俺は出口へ向かおうとした。
しかし、その直前――背後から物音が聞こえた。
足を止め、ゆっくりと振り返る。
すると、俺がここへ来るのに通った亀裂が、まだ空中に浮かんでいた。
一瞬、もしかしたら戻れるのではないかと思った。
俺は亀裂へ向かって一歩踏み出す。
だが、近づくより先に、その光が徐々に消え始めた。
「待て……」
亀裂は、まるで見えない手が扉を閉じるかのように、ゆっくりと縮んでいった。
「いや、待て、待て……」
俺は亀裂に向かって走った。
だが、もう遅かった。
亀裂は、俺の目の前から消えてしまった。
俺は何もない空間を、ただ見つめ続けた。
「……そんな……」
俯き、ため息を吐く。
「金を取りに行っただけなのに……。それで、今度は異世界に取り残されたってわけか」
もう一度、路地の出口へ目を向ける。
人々のざわめきは、ますます大きくなっていた。
俺はついに路地を出た。
そして――その場で完全に足を止めた。
目の前には、元の世界のものとはまるで違う通りが広がっていた。
人が多すぎる。
何十人もの人々が、食べ物を売る屋台や小さな店の間を行き交っている。
果物や焼いた肉、パン、それに見たこともない飲み物を売る店まであった。
だが、驚いたのは家々でも、荷馬車でも、ましてや人の多さでもなかった。
人混みの中には、完全な人間ではない者たちもいた。
馬のような耳を持つ男。
猫の耳と尻尾を持つ女。
角や牙、それぞれ異なる動物の特徴を持った者たちもいる。
中には、今まで一度も見たことのないような色の髪をした人までいた。
俺は口を少し開けたまま、その光景を眺めていた。
「……すげぇ」
これはさすがに、どうかしている。
建物は石や木で造られていて、その間を何台もの荷馬車が人混みをかき分けるようにゆっくり進んでいる。
俺はポケットに手を入れた。
入っていたのは、カフェの鍵と、この世界では何の役にも立たない紙幣の入った財布。それと、いまだに手に握りしめていたアイスピックだった。
俺はそれを見つめる。
さすがに、これを持ったまま歩き回るのはまずい。
俺は慌ててジャケットの下に隠した。
「異世界に来て、金もない。知り合いもいない。そのうえ、俺がどこにいるのか説明してくれそうだった唯一の三人の馬鹿まで見失った」
深く息を吸う。
「……何が起こるっていうんだ? まあ、聞くだけならそんなに難しくないだろ」
俺は、近くの屋台のそばを歩いていた女性に近づいた。
「すみません……」
女性は足を止め、不思議そうに俺を見る。
「はい?」
「ここがどこなのか、教えてもらえませんか?」
「どこって……?」
「ええ。この町の名前です」
彼女は数秒間、俺を見つめた。
まるで、そんなことを聞かれるのが不思議だと言わんばかりに。
「ヴァルタールの町よ」
「なるほど。それと、もう一ついいですか。三人の兵士を見ませんでしたか? 三人とも鎧を着ていて、そのうち一人は顔がボコボコに……」
「いいえ。見てないわ」
「そうですか……」
完璧だ。
町の名前は、ほとんど一瞬で頭から抜け落ちた。
どこかの地方にある、どこにでもありそうな町。
そして、間違いなく俺の世界ではない場所。
女性はもう一度だけ俺を見た。
おそらく、こんな妙な質問をしてくる外国人が何者なのか、考えていたのだろう。
やがて彼女は肩をすくめ、そのまま人混みの中へ歩いていった。
俺はその場に立ち尽くしながら、今の状況をゆっくりと整理していた。
パニックになっても何の役にも立たない。
四年間、特殊作戦に身を置いてきた俺には、ひとつだけ単純なことが身に染みついていた。
自分がどこにいるのか分からないなら、まず必要なのは情報だ。
そして今の俺には、その情報がほとんどなかった。
ジャケットの下に隠したアイスピックの位置を整える。
鋭い鉄の塊があったところで、宿代を払えるわけじゃない。
それでも、ポケットに入った使い道のない鍵を誰かに奪われるのを防ぐくらいには役に立つ。
俺は周囲を見回し、状況を分析した。
木製の荷馬車。
見慣れない香辛料と混じった、家畜の糞の臭い。
そして、電線が一本も見当たらない。
これだけ揃えば、答えは明白だった。
ここは産業化以前の技術水準――少なくとも、電力やコンセントを必要としない文明だ。
だが、あの三人の馬鹿が身につけていた鎧の紋章は気になる。
あれを見る限り、この世界には魔法、あるいはそれに相当する何かが存在している可能性が高い。
もし異なる次元を行き来できる兵士が存在するなら、それを運用する軍隊があるはずだ。
指揮系統もある。
そしておそらく、あのポータルがどういう仕組みで動いているのか知っている人間もいる。
それは、3人の騎士を見つけることが依然として私の最善の選択肢であることを意味していた。
俺は人の流れが最も集中している、広場の中央へ向かって歩いた。
二階建ての建物の入口には、木製の看板が吊り下げられていた。
そこにはジョッキのようなものが描かれている。
酒場だ。
どんな世界でも、酒場は非公式な情報が集まる場所だ。
俺は重い木の扉を押し開け、中へ入った。
酸っぱいビールと安い煮込み料理の匂いが、すぐに鼻を突いた。
店内は半分ほど埋まっている。
隅のテーブルでは、短い角を生やした男が骨のサイコロを転がしていた。
カウンターの近くでは、いかにも傭兵といった二人組が、声を落として何かを話している。
俺は暗い色のオーク材でできたカウンターへ近づいた。
店主は、丸太のように太い腕を持ち、尖った耳をしたがっしりした男だった。あまり清潔とは思えない布で、木製のコップを拭いている。
「新しい客か。何にする?」
「酒じゃない。情報が欲しい」
「情報?」
「三人の男を探している。鉄のプレートを身につけていて、肩に紋章がある。そのうち一人は、顔がめちゃくちゃになっている」
「顔がめちゃくちゃ?」
「ああ。見ればすぐに分かる」
店主は数秒間、俺を見つめた。
俺が本気で言っているのか判断しようとしているようだった。
やがて俺の肩越しに視線を逸らし、店内を見回す。
「鉄の鎧を着ていたっていうのか?」
「鉄のプレートだ。紋章は肩についていた」
「それなら衛兵かもしれんな。だが、最近そんな紋章をつけた連中を見た覚えはない」
「どこにいるか、分かるか?」
男はゆっくりと首を横に振った。
「さあな。だが……」
少し考えてから、顎で近くのテーブルを指した。
「あいつらなら、何か知っているかもしれん」
俺は店主の視線を追った。
さっき見かけた二人の男が、今も声を潜めて話していた。
使い古された外套に、泥のついたブーツ。そして腰にはいくつもの金属片を吊るしている。
傭兵。
少なくとも、見た目は完全にそうだった。
「あいつらか?」
「ああ。あちこち旅している連中だ。お前の探している男たちが最近この町に来たのなら、見かけている可能性はある」
俺はもう一度、二人のいるテーブルへ目を向けた。
すると、一人の傭兵が顔を上げた。
一瞬、視線がぶつかる。
だが、すぐに何事もなかったように会話へ戻った。
正直、近づきたくはなかった。
「俺たちは友達を作りに来たんじゃない」
そう顔に書いてあるような連中だった。
それに、あまり警戒せずに近づけば、腰に差した剣がどれほど鋭いのか身をもって知ることになりそうな気がした。
だが、情報不足で死ぬより、聞くだけ聞いてみるほうが安上がりだ。
俺は二人のテーブルへ向かって、まっすぐ歩いた。
ブーツの下で床板が軋み、二人が同時に顔を上げる。
左側の傭兵は、頬を横切る傷跡のあるがっしりとした男だった。
俺がテーブルの前まで来ると、すぐに腰の短剣――いや、短剣ではない。短い剣の柄に手を置いた。
もう一人は細身の男だった。
小さく鋭い目が俺の頭から足元までをゆっくりと見て、それから顔で止まる。
「俺たちは連れを探してるんじゃない。よそ者、悪いが帰ってくれ」
「長居するつもりはない。ただ、答えが一つ欲しい」
俺は両手が見える位置に置いたまま、肩の力を抜いた。
「三人の男を探している。鉄のプレートを身につけていて、肩に紋章がある。そのうち一人は、顔がめちゃくちゃになっている」
二人は顔を見合わせた。
沈黙がほんの数秒だけ続く。
「その特徴に当てはまる奴は見てないな」
傷跡のある男がそう答え、もう一口ビールを飲んだ。
「仮に見ていたとしても、情報はタダじゃない」
俺が立ち去ろうとした、そのときだった。
細身の男が手を上げた。
「待て、ボルガン」
がっしりした男が眉をひそめる。
「なんだ?」
「さっき、裏の路地の近くで三人組を見た」
細身の男はビールを一口飲んでから、続けた。
「鎧は着てなかった。少なくとも、外からは見えなかったな。古びた外套で身を隠していて、目立たないようにしているみたいだった」
「そのうち一人は足元がおぼつかなかった。血で真っ赤になった布で、ずっと顔を押さえていたよ」
俺の目がわずかに見開く。
古い外套に身を隠した三人組。
そのうち一人は顔に怪我をしている。
偶然とは思えなかった。
「どっちへ行った?」
「そうだな……。金を少しもらえれば、俺の記憶力もずいぶん良くなるんだがな」
俺は男の目をまっすぐ見つめた。
この世界の金は持っていない。
ここで言い争ったところで、酒場中の注目を集めるだけだ。
だが、少なくとも一つは分かった。
奴らはここにいる。
そして、誰かに見つからないようにしている。
「もう十分だ。ビールを楽しんでくれ」
俺は一歩下がり、二人のテーブルから離れた。
三人の兵士。
古びた外套の下に鎧を隠していた。
なぜだ?
ただ目立たずに行動したいだけなら、別におかしなことではない。
だが、一人は怪我をしていた。
それでも、わざわざ身を隠している。
誰かから逃げているのか?
それとも――俺から身を隠しているのか?
俺はわずかに眉をひそめた。
まだ結論を出すには早い。
まずは奴らを見つけて、何が起きているのか確かめる必要がある。
俺はジャケットを整え、裏路地へ足を踏み入れた。
狩りは、始まったばかりだった。




