琉生1
未羽が生まれた日のことを、僕はもちろん覚えていない。同じ日に生まれたのだから、覚えていなくて当然だ。
ただ、母たちはよく言っていた。
未羽はよく眠る子だった、と。
泣き声が小さくて、目を覚ましてもぼんやり天井を見ていて、誰かが抱き上げるとまた眠る。お腹が空いても、眠くても、嫌なことがあっても、未羽はあまり大きな声を出さなかったらしい。
僕は逆だった。
とはいえ、僕も特別よく泣く赤ん坊だったわけではない。ただ、未羽よりはずっとわかりやすかったのだと思う。泣けば抱かれる。手を伸ばせば誰かが来る。嫌なら声をあげられる。
僕はたぶん、そうやって世界を覚えていった。
未羽は、そういうことを最初から少しだけ諦めているような子だった。もちろん、そんなことを赤ん坊の未羽が考えていたはずはない。
けれど、写真の中の未羽を見ると、僕は今でも時々そう思う。
僕が覚えている一番古い記憶では、未羽はいつも僕の近くにいた。
眠る時は、僕の手を探し、
知らない場所では、僕の服を掴み、
僕が少し離れると、不安そうにしている。
声を上げて呼ぶのではなく、世界がそこで終わったみたいに固まる。だから僕は、未羽には僕が必要なのだと思っていた。
たぶん、幼い僕にとっても、未羽はそういう存在だった。
一緒に眠って、一緒に起きて、同じ部屋で遊ぶ。同じものを見て、同じものを食べて、同じ家の中で育つ。僕たちの世界は、とても狭かった。
その狭い世界に、少しずつ他人が入ってくるようになった。最初にそれを当然みたいな顔でやったのが、瞬だった。瞬は、いつの間にか僕たちの近くにいた。
僕と瞬は、普通に遊んだ。ブロックで変な形の基地を作ったり、ロボットのおもちゃを戦わせたり、庭で走ったり、意味のない勝負をしたりした。
瞬はよく笑う子で、よく喋る子で、僕よりずっと外へ外へと進んでいく子だった。
僕はそれについていくこともあったし、途中で飽きて、ロボットの腕を付け替える方に戻ることもあった。その間、未羽はだいたい近くにいた。僕たちの遊びに混ざることもあれば、少し離れた場所で積み木を並べていることもあった。
瞬は、僕と遊んでいる途中でも、よく未羽を見た。
未羽が庭に出れば気づき、未羽が何かを拾えば覗き込む、未羽が黙って座っていれば、わざとその前を通る。
未羽は、あまり気にしていなかった。
そこに瞬がいることを、風が吹いていることと同じくらい自然に受け入れていた。
そして遊び疲れると、僕のところへ帰ってきた。
眠そうな顔で、僕の服を掴む。時々、何も言わずに頭を預ける。
僕はそれを、当たり前だと思っていた。
僕と瞬ば遊んでいて、未羽がその近くにいて、最後には僕のところに戻ってくる。
その頃の僕は、それがずっと続くのだと思っていた。
幼稚園に入って優斗が現れても、大きくは変わらなかった。
優斗は瞬ほど騒がしくはなかったし、瞬みたいに人に囲まれる子でもなかった。僕たちと一緒に遊ぶ時もあれば、少し離れたところで黙って何かを見ている時もあった。
未羽は、じっと僕の後ろにいるだけの子ではなかった。
走る時は走ったし、遊ぶ時は遊んだ。面白そうなものがあれば、自分から近づいた。
瞬が始めた遊びにも、優斗が作ったものにも、気が向けば混ざった。けれど、誰かの中心にずっといる子ではなかった。
遊びが終わる頃になると、未羽はいつも僕の近くにいた。何かを言うわけでも、甘えるわけでもない。ただ、僕の隣に戻ってくる。
僕にとっては、それが未羽の一番わかりやすいところだった。瞬も、優斗も、未羽の近くにいていい子だった。でも、最後に戻る場所は僕だった。
僕はそれを、少しも疑わなかった。
だから、母が中国へ行くと聞いた時も、僕はあまり怖くなかった。
母の仕事の都合で、僕と未羽も一緒に中国へ行くことになった。
知らない国。
知らない言葉。
知らない家。
知らない人たち。
今思えば、怖がってもいいことばかりだった。けれど、その時の僕は、未羽が隣にいるなら大丈夫だと思っていた。
たぶん未羽も、僕が隣にいるなら大丈夫だと思っていた。
僕たちの世界は狭かった。
そしてその狭い世界は、ある日そのまま、海の向こうへ運ばれていった。
その時の僕はまだ知らなかった。
僕の隣にいるだけでよかった未羽が、少しずつ、僕の知らない場所で生きるようになることを。
それでも僕は長い間、未羽が最後には僕のところへ戻ってくるのだと、疑わずにいた。




