第6話 マラカイト伯爵
マラカイト伯爵は深いグリーンの瞳に怒りを滲ませて、イライラした口調で怒鳴りつけるように言った。
「スファレ! ペリドットは、まだワタシを頼る気にならないのかっ!」
「……はい、申し訳ありません……」
怒鳴りつけられたスファレはでっぷりと太った体を揺らしながら縮みあがった。
ここはマラカイト伯爵家の来客用の部屋だ。
来客といっても、出入りの商人など機嫌をとる必要のない者たちに対応するための場所である。
それでもマラカイト伯爵家の隆盛ぶりを見せつけるかのように豪奢な部屋になっていた。
まるで物置だと言わんばかりに配された調度品はどれも高価な物で、マラカイト伯爵家の財力を出入り業者に見せつけるように置かれていた。
その真ん中で怒鳴られたスファレ、出入り業者でマラカイト伯爵の手下でもあるハゲの小男は、座り心地のよさそうなソファーの前に立ち、だらだらと冷や汗を流しながら、もみ手しながら上目遣いで上顧客の機嫌をとるように猫なで声で言った。
「あの……でも、イオネル男爵家は意外と粘るんですよ、旦那。儂もいろいろと仕掛けているんですが……」
マラカイト伯爵はソファーにどっかりと腰を下ろし、脂っぽそうな左右の手のひらをすり合わせている小男の手元へ侮蔑の一瞥を投げると、スファレの目を睨みつけた。
小男はでっぷり太って鈍重そうにみえるが、ずるがしこそうな光を放つオレンジ色の瞳がそれを裏切っている。
マラカイト伯爵はスファレに一定の信頼をおいていた。
その彼が言うのだから、自分の手下は言いつけ通りにずる賢く動き、イオネル男爵家もそれなりの対応をしたのだろう。
特にペリドット。
マラカイト伯爵は奥歯をギリリと嚙み締めた。
気に入らないが、一方でさすがはワタシの愛する人だという賞賛の気持ちも湧き上がる。
マラカイト伯爵が恋してやまない女性は、見た目が美しいだけでなく賢い。
そしてなよやかな見た目に反して芯の強い女性でもあることも知っている。
だからこそ欲しいし、手に入らないのが口惜しい。
マラカイト伯爵の握りこまれた細く筋張った右手は、テーブルの上でわなわなと細かく震えていた。
「ワタシは王立学園の頃からペリドット一筋だというのに。彼女はいつになったらワタシを見てくれるのだっ! ワタシは、こんなに愛しているのにっ!」
マラカイト伯爵が握りこぶしにした右手でバンッとテーブルを叩くと、スファレは自分が殴られたかのように飛び上がった。
マラカイトは伯爵位を得るずっと前、王立学園へ入学した13歳の頃からずっとペリドットに思いを寄せていた。
「だというのに、なぜワタシを選ばないっ⁉ シトリン・イオネルのような色褪せた茶色みたいなオレンジっぽい色合いの地味な男を選ぶなんてっ。そりゃ顔立ちは整っているかもしれないが……」
マラカイト伯爵は唯一のコンプレックスである鷲鼻を、右手の細い人差し指を使って撫でた。
白すぎる肌も、黒い髪も、細すぎる体も、彼にとっては貴族らしさでしかない。
だが鷲鼻は違う。
整った顔のなかで悪目立ちする、この鷲鼻だけが、マラカイト伯爵のコンプレックスを刺激した。
「シトリン・イオネルに比べたら、爵位も上。財力も上。色褪せた茶色の髪より、黒髪のほうが美しい。それに深い緑色の瞳は、ペリドットと同じ緑の系統。欠点とはなりえない。とすれば、この鷲鼻。これだけがシトリン・イオネルよりも劣る点だ」
男爵であり、色褪せた茶色の髪と瞳を持つイオネルが、自分を差し置いてペリドットから選ばれたことに、マラカイト伯爵は納得できなかった。
「イオネル男爵家が没落すれば、ワタシを頼ると思ったのに……」
マラカイト伯爵は薄くて赤い唇の奥に控える白い歯をギリギリと噛み締めた。
噛み締めたところでシトリン・イオネルを噛みちぎれるわけではないのだが、そうしないではいられないのだ。
マラカイト伯爵はペリドットへの長い片思いを完璧なまでにこじらせていた。
それを利用しようとしているのが、スファレである。
マラカイト伯爵家に取り入り、商売敵であるイオネル男爵家並びにペリドットの実家であるブラックスター男爵家を潰す。
それがスファレの狙いであった。
だからマラカイト伯爵の欲に火が付くように情報を教える。
「ペリドットさまのお腹にいるのは、どうやら娘らしいですよ」
「そうか」
マラカイト伯爵はにやりと笑った。
「シトリンの子だと思うと気に入らんが、ペリドットの娘ならさぞ可愛かろう。ペリドットと腹の子ども。その両方を手に入れたいものだ」
スファレは(この変態めっ)と心の中で突っ込みながらも、マラカイト伯爵をそそのかすためにささやく。
「そこでご提案したいことがあるのですが……」
スファレがもみ手しながら切り出した話を、マラカイト伯爵は興味深そうに聞いていた。




