第29話 ちっぽなボク
「可愛いなぁ、女の子は」
ボクはベビーベッドを覗き込んでニマニマしている。
水筒君は、ちょっと離れたところをふわふわ飛んでいるよ。
赤ちゃんの側に落ちたら大変だから離れて、とコーラルに怒られちゃったからね、仕方ない。
ちょっと拗ねたみたいだけど、赤ちゃんの水筒を出してあげたら喜んでた。
水筒というか、哺乳瓶みたいだったけど。
中身はお白湯。
生まれた女の子には、ルビーという名がつけられた。
だからボクの妹はルビーっていうんだ。
出した水筒もルビー色。
お弁当箱は……まだ出てこないみたい。
「ルビーは寝なくちゃいけないから、そろそろひとりにしてあげてね」
お母さまに言われて、ボクはコクリとうなずいた。
「オパールもお昼寝したほうがいい。最近がんばっているから、眠そうな顔をしている」
お父さまに言われてみると、そんな気がしてきた。
「それはいけませんね。鍛錬中に寝てしまうと怪我をしてしまいます。先にお昼寝をしましょう」
ジェイに言われて自室へ向かう。
今ボクは自室でひとりきり。
ボクはお弁当箱を出して重ねてみる。
お父さまのお弁当箱。
お母さまのお弁当場。
ジェイのお弁当箱。
コーラルのお弁当箱。
全部サイズが違って、全て重ねられる。
ボクのお弁当箱が、一番小さい。
重ねたお弁当箱を水平に振ってみる。
カラカラと音がする。
隙間があるんだね。
ボクとお父さまのお弁当箱は、文字通り大人と子供。
お爺さまのお弁当箱は、お父さまのお弁当箱よりもさらに大きい。
没落男爵家だった我が家は、お爺さまの帰還であっという間に盛り返した。
びっくりするくらい順調にお金は回っていて、食料保管庫はいっぱいだ。
使用人たちも戻ってきたがったけど、こっちはお父さまが断った。
ボクも嫌だ。
ジェイとコーラルがいてくれればいい。
あとはお爺さまにもらった魔道具で充分。
あとアクアマリンだって、頼めば手伝いにきてくれるしね。
「……」
ボクはじっとお弁当箱を見つめる。
お爺さまに救われて、コーラルやアクアマリンに助けられたいまの男爵家に、ボクの力なんて必要ないのかもしれない。
でもボクはこれから大きくなる。
お弁当箱を出して、お弁当を作れるスキルなんて、コーラルの手料理に勝てる気しない。
頑張ったところで、全然足りないかもしれない。
前世のボクみたいに、今生のボクだって惨めな終わりを迎えるかもしれない。
でもね。
いまのボクは「助けて」って言えるし、「イヤ」って言えるし、「お腹減った」って言えるよ。
逃げ足だって早いしね。
なによりもボクには可愛い妹ができた。
ボクが守る小さな命。
これからボクは大きくなる。
強くなる。
「これからだよ」
ボクは小さくつぶやいた。
◇◇◇
「オパール」
お爺さまがボクを呼んでいる。
お爺さまは策士なんだ。
マラカイト伯爵家の商品が魔獣を引き寄せた、という嘘とも本当ともつかない噂を流したことで、マラカイト伯爵家は一気に没落。
手下だと噂されている商人、スファレの姿も王都から消えた。
王都の惨状を見たら当然のことだよね。
魔獣除けの結界さえ動かなかったイオネル男爵家の敷地から、魔獣が王都の中心部に入り込むまでに時間はそう要らなかった。
あっという間に魔獣は王都で暴れまわり、建物を破壊。
幸い、わが国の騎士団は強いから、あっという間に制圧できて人的被害はでなかったみたいだけど。
貴族の屋敷や商店など莫大な被害が出た。
マラカイト伯爵は我が家へ来るんじゃなくて、市街地へ魔獣狩りに行くべきだったんだよ。
魔獣を呼び寄せちゃったのがマラカイト伯爵だったとしても、自分でさっさと片づけていたらお母さまの関心はもちろん、王都の女性たちの関心だってひけたかもしれないのに。
まぁそんなことにはならないあたりが、マラカイト伯爵のマラカイト伯爵たるゆえんなんだろうけど。
お爺さまが流したのは噂だけど、マラカイト伯爵が魔獣をわざと引き寄せて我が家を襲わせたことは事実。
その事実が伝わっちゃったら、王国内にマラカイト伯爵の居場所はない。
王国の外へ出たって、政略結婚であちこちにこの王国の貴族が住んでいるんだもの。
どこの国へ行っても居場所はないよ。
どうするんだろうね。
マラカイト伯爵は。
その手下だったスファレだって、もう誰も相手にしないよ。
人間は沢山いて、人々は意外と情報通で、噂は馬よりも早く広がっていくって話だからね。
まぁボクの知ったことじゃないけど。
ボクを呼んだお爺さまは、これからの予定を告げた。
「儂は明日、出発するよ」
お爺さまはルビーの誕生を見届けるために王都へ戻ってきただけだから、また旅へ出るんだって。
もうちょっとゆっくりしていったらいいのにね。
「儂の片足がもがれたことで、死んだことになっているとは思わなんだ」
冒険家で大商人のお爺さまは、ちっとやそっとのことでは動じない。
でも片足を失うのは、ちっとやそっとの事ではないと思うよ?
自分の死亡説が出ていたことを知ったお爺さまは『足には義足代わりに剣を仕込んでもらったから、強くなったくらいなのに』とぶつぶつ言っていた。
そのお気に入りの剣も、いまはもう右足に生えていない。
「足もコーラルに癒してもらって、ほらこの通りじゃ。これでまた元気に冒険ができる」
コーラルに癒してもらったお爺さまの右足からは剣が取れて、普通に人間の足が生えている。
でも若返ったわけじゃないんだから、もう王都で大人しくしてたらいいのに。
みんなにそういわれて『ルビーが生まれるのに間に合うよう、帰ってきたのに、信頼がないの』とちょっと拗ねたのは、突っ込んではいけない事実だ。
「今度は南の方へ行ってくるよ。向こうにはスパイスが色々ある。新しいスパイスを見つけて取引を始めたいんじゃ。そうすればコーラルのチャイも一味変わるぞ」
お爺さまはコーラルのチャイのファンなんだ。
作り方もしっかり教わって、旅先でもチャイを楽しむ予定。
コーラルのチャイに合う、新しいスパイスを見つけたいんだって。
「ふふふ。儂がいない間、ルビーやペリドットを守るのはお前の役目じゃぞ」
お爺さまが笑顔で言うので、ボクはコクコクとうなずいた。
お爺さまはかがんでボクの耳に口を近づけると、お茶目に付け加えた。
「もちろん、お父さまであるシトリンも守ってやれ。ついでにな」
ボクは思わず噴き出して、コクコクと高速でうなずいた。




