第28話 喜びの男爵家
白いテントの向こうで、お母さまが頑張っている。
魔道具だから中からは声も聞こえてこないし、白いテントが揺れることもない。
ボクの部屋にポツンと異物としての白いテントがあるだけだ。
時々、お父さまたちが忙しく入ってきて、慌ただしく出ていくけど、何してるのか分からない。
しいて言えば、ベビーベッドと赤ちゃんに使う布が持ち込まれたけど。
多分、ベビーベッドは、すぐに元の部屋に持っていくことになると思うよ?
赤ちゃんの部屋へ赤ちゃんを連れていくほうが、軽くていいんじゃないかな?
なんて思いながら、大人たちがバタバタしているのを、ボクは見ていた。
「そろそろかな」
お爺さまが言った。
ボクには変化なんて分からないけど、お爺さまには何かわかるのかな?
ボクは顔の横でふわふわ飛んでいた水筒君を捕まえて、中身を一口飲んだ。
コーラルの作ってくれたラベンダーのお茶の味がする。
もしかして君って1回入れた飲み物を複製できるの? 水筒君。
そんなことを思っていたら、テントからコーラルが出てきた。
腕には白い布と、何か小さな生き物。
「女のお子さんですよ」
コーラルの差し出した腕の中には、謎の生命体がいた。
小さくてモゾモゾ動くそれは、新しい命。
ボクはベッドの上に正座して、コーラルが近付いてくるのを待った。
お爺さまが覗き込むと「ふへぇぇぇ……ん」と変な声で泣いた。
お爺さまは上機嫌だ。
「ふはは。女の子か。女の子の孫か。ちっちゃいな。可愛いな。ほら、オパール見てごらん。可愛いな。お前の妹だよ。可愛いな。ペリドットが生まれたときを思い出すな。可愛いな」
お爺さまの目には薄っすら涙が浮いている。
悲しいわけでもないのに、涙って出るときがあるんだね。
ボクはコーラルがかがんで見せてくれた妹をそっと覗き込む。
「こんにちは。ちっちゃな妹。ボクは君のお兄さまだよ。まだちっちゃい5歳児だけど、君のお兄さまだよ」
しわくちゃな目も開いていない赤ちゃんは、何を考えているのか分からないけど、首をかしげるようにしてモゾモゾと動いている。
君は、そのちっちゃい体で、早くも何かを知ろうとしているの?
ボクは早く君のことが知りたいよ。
髪の色は赤だ。目の色はまだ分からない。
赤か。いい色だね。
「あ、坊ちゃま。頭はまだ撫でないほうが。手のほうがいいですよ。ほら、指を出してみてください。赤ちゃんが握ってくれますよ」
ボクはコーラルに言われた通り、指を妹に近付けてみた。
「あっ……握った……」
あったかい。
可愛い。
握ってくれた。
可愛い。
手がちっちゃい。
指がちっちゃい。
爪がちっちゃい。
その手が、ボクの指を握っている。
嬉しい。
ボクの心のなかが、温かな何かで満たされていく。
嬉しい。
そして愛おしい。
可愛い妹。
お兄さまが守ってあげるからね。
お弁当箱が出せるだけの、よわよわなお兄さまだけど。
ボクは君を守ってあげる。
絶対だよ。約束するよ。
大好きな、ボクの妹――――。
そこへお父さまが「いまぁっ! 赤子の声がっ! しませんでしたかぁぁぁっ⁉」と大声を出して飛び込んできた。
「そんな大声を出したら、赤ちゃんが驚いてしまいます」
お父さまは妹に会うより先に、コーラルから怒られてしまった。
そこからジェイがやってきて、アクアマリンもやってきて、ボクの部屋は賑やかになった。
バタバタと片付けが行われて、ベビーベッドも妹の部屋に戻されて、お母さまも自分の部屋へと戻っていった。
ボクはいつものように部屋にひとりきり。
お父さまも、お爺さまも、コーラルも、ジェイも。
アクアマリンだって今は屋敷のなかにいるのに、ちょっと寂しいな。
ボクも妹の部屋に行こうかな。
でも体力を回復させるために少し寝たほうがいいとコーラルが言っていたから、やっぱり寝よう。
ボクは、お兄さまになったんだよ。
ふふふ。口元が緩くなっちゃうね。
あ、寝る前に、お爺さまからもらったポーションの、残り半分を飲んじゃおう。
早く回復したいもの。
早く強く大きくなって、可愛い妹を守ってあげるんだ。
だってボクはもう、お兄さまなのだから――――。




