第27話 男爵家は大騒ぎ
お爺さまはニコニコしながらお父さまに聞いた。
「で、産室はどこに用意した?」
「……産室?」
お父さまがキョトンとした顔をしている。
「は? オパールが生まれたときに儂がプレゼントした魔道具、あれがあるだろう? アレを設置した部屋は、どこだ?」
「え……とぉ、わかりません」
お父さまが戸惑う横でジェイが説明する。
「ギベオンさま、当家は金欠でバタバタしておりましたので、産室の準備が出来ておりません」
「なんと⁉ もう生まれるんじゃぞ⁉」
未開の地に商品を求めて分け入る根性座った系冒険者商人として有名なお爺さまが、間抜けな表情を浮かべて驚いている。
産室?
それってナニ?
「ペリドットが安全に子どもを産めるように渡した魔道具があるじゃろ⁉ オパールを出産するときには使っておったじゃないか!」
「あ……えっと……オパールが生まれた時のことは、感動のあまり、記憶があまりなくて……」
お父さまがしどろもどろになっている。
見かねたジェイが助け船を出した。
「あの、ギベオンさま。当家は使用人が大量に辞めていまして。日々の生活をまわすことに忙しく、産室の準備はまだでして。ワタクシも男ですので気が回らず申し訳ございません」
「うぅ……」
だがお母さまはすでに産気づいているから、お父さまやジェイの言い分を聞いている暇はない。
「あぁぁぁ。準備。心の準備がぁぁぁ」
お父さま。
心の準備は今更でしょ?
「産室……ああ、うっかりしておりました。そうです、そうです。前回のご出産のときには、メイドたちが大騒ぎして準備を……産婆さんが指示をだしていましたが。ワタクシは、跡取りさまの届け出をする事務処理に追われておりましたので、何をすればいいか分かりません」
珍しくジェイが狼狽えている。
お爺さまはぴしゃりと言う。
「お前たちが狼狽えている場合ではない。もう生まれるぞ? 言い訳など要らん。そんなことをしている場合ではない。やるんじゃよ!」
「ですが、ギベオンさま。魔道具もどこにあるか……」
戸惑うジェイに、お爺さまが指示を飛ばす。
「探せっ! 探すんじゃっ! 間に合わなくなるっ!」
お爺さまの号令に、皆一斉に動き出した。
ちなみにボクは見学です。
コーラルが呆れたように言った。
「……まさかと思いますが、本当に準備ゼロだったのですか?」
床にうずくまるお母さまが、申し訳なさそうに言う。
「ん……わたくしは、オパールのときには、お父さまに準備はお任せだったので……ん」
コーラルは慌ててお母さまの背中を撫でた。
治癒師だから、ただ撫でているわけではない。
その証拠にお母さまの苦痛にゆがんだ顔が少し和らいだ。
「ああ、奥さまはご心配なさらず。ご自分のことに集中してください。準備は周りの者にお任せください」
床に寝そべってしまったお母さまの背中を撫でていたコーラルは、顔を上げるとキッとお父さまとジェイを睨んだ。
「どうするおつもりだったのですかっ⁉」
「いや、どうにかなると思って……な? ジェイ」
「はい、そうでございますね。旦那さま」
コーラルの剣幕にお父さまとジェイが顔を見合わせてコソコソしている。
「どうにもなりませんっ」
コーラルに一喝されたお父さまとジェイはしゅんとなった。
「ああ、もうっ。何とかしなくちゃ……道具っ。産室を作れる魔道具があるなら、それを探してくださいっ。お産婆さんは、どうなっているのですか?」
「それもマラカイト伯爵の邪魔が入って……」
コーラルの質問に、お父さまがタジタジしながら答えている。
「お産婆さんナシっ! 産室の準備ナシっ! ぁぁぁぁぁぁぁぁっ、もうっ! お産はかなり進んでますよ⁉ いまからお産婆さんを探していたら間に合わないっ。仕方ないから、わたしが取り上げますっ。これでも治癒師ですから、知識はあります」
「あぁ、助かった。頼むよ、コーラル」
お父さまの言葉に、コーラルはキッと睨みながら言う。
「とはいえ実践は初めてですからねっ。素人よりマシな程度ですっ。貴族の奥さまのお産なんて……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
コーラルもパニック状態のようだ。
でも腹は決めたらしい。
女の人、つよーい。
「万が一のことがあっては困ります。産室の準備はしっかりしてくださいっ」
ジェイが慌てて部屋を出ていった。
お爺さまは眉間に皺を寄せて何か考えているようだ。
巻き込まれてしまったアクアマリンはオタオタしている。
お父さまに至っては、使い物にならない。
コーラルが指示を出す。
「アクアマリンさまっ」
「はいっ」
「不慣れな場所でお願いするのは心苦しいのですが、お湯を沸かしていただけますか?」
「はいっ。あ、それなら魔法で……」
コーラルに言われて、アクアマリンはその場で水の玉を作り始めた。
「その場でお湯を用意してどうするんですかっ。容器に入れてください、容器に」
「はいっっっ」
「お湯……あぁ、台所か。アクアマリン、我が家の台所はこっちだ。来てくれ」
「はいっ」
お父さまがアクアマリンを引き連れてドタバタと出ていった。
コーラルは皆が出ていったのを確認すると、お爺さまの方を向いて聞いた。
「さて、ギベオンさま。役立たずは出ていきました。何か使える道具はお持ちですか?」
「そうじゃな……」
なに⁉
今のって、人払いしたの?
コーラルこわっ。
「魔道具で産室が作れれば安全なのですが、あの様子では見つけられそうにないですよね」
「そうじゃな。代わりにコレを使うのはどうじゃ?」
お爺さまが無限収納庫から、何かの魔道具を取り出した。
コーラルはハッとした様子でそれを見た。
「あっ、それは外で怪我をしたときに使う……」
「そうじゃ。緊急の処置室じゃ。血の匂いで獣を引き寄せないようにするための物だ。しかも、なかは傷が悪化しないように清潔になっとる。産室の魔道具と違って適用範囲は狭いが、使えるんじゃないかな?」
お爺さまから魔道具を渡されたコーラルは、手のひらの上に置いたそれを見ながらコクコクとうなずいた。
「そうですね。これを使えば感染症は防げます。わたしは治癒師ですが、治癒師は何かが起きた後に対処する仕事です。出産は何事もないほうが安心ですからできるだけ環境を整えたい。これを使えば、そのままベッドで産むよりは安全でしょう」
お母さまは床の上でぐったりとしている。
魔道具とお母さまを見比べていたコーラルは、顔を上げるとお爺さまに話しかけた。
「ギベオンさま。他にも何か、使えそうな物をお持ちですか?」
お爺さまは無限収納庫を覗き込みながら答える。
「うん~。ポーションならあるな。他は……清潔な布もあるし、お湯の作れる魔道具もある。そして儂は、魔力量が多い。お湯くらいなら、たっぷり作れるぞ」
お母さまが体を起こしながら口を開いた。
「やはりお父さまは頼りになる……うっ」
だがやはり起き上がることはできないようだ。
お母さまは再び床に寝そべった。
「ああ、ペリドット。お産が楽になる薬や魔道具があればいいのだが……」
「そこはわたしにお任せください。なんといっても治癒師ですから」
コーラルはお母さまの背中を撫で続けた。
「ギベオンさま。申し訳ないのですが、そのあたりを片付けて、魔道具を展開していただけますか?」
「ああ、わかった」
お爺さまがボクの部屋の椅子や机をガタガタと隅に移動し始めた。
えっ⁉
ココで産むの?
「オパールさまの様子も気になりますからね。同じ部屋なら、急変があっても即対応ですます」
お爺さまは魔道具である白いテントを部屋の真ん中に広げた。
室内なのに屋外用のテントがあるのは変な感じ。
でも緊急時なら仕方ないね。
コーラルはお母さまから目を離さずに、戻ってきたお爺さまに向かって手を伸ばす。
「申し訳ありませんが、ポーションを分けていただけますか? さすがに魔力や体力が持ちそうにありませんので」
「ああ。よろしく頼むよ」
お爺さまはコーラルへ青い瓶に入ったポーションを渡した。
「お前も飲んでおきなさい。子どもだから半分くらいでいいだろう。残りは後で飲みなさい」
ボクはコクリとうなずいて、お爺さまから青い小瓶を受け取った。
「あぁぁぁっ、痛いっ!」
お母さまが大きな声を出して、ボクばベッドの上でビクリと飛び上がった。
「ああ、そろそろですね。ではギベオンさま。ペリドットさまを中へ入れるのを手伝っていただけますか?」
「ああ。さぁ、ペリドット。こちらへ」
お母さまはコーラルとお爺さまに両脇を抱えられ、急ごしらえのテントの中へと入っていった。
いよいよ始まるんだ。
ボクは青い小瓶を開けて、グビッと一口、飲んだ。
……にっがぁ~いっ。




