第23話 魔獣襲来
バキバキバキィィィッ! と物凄い音が森の奥から響いてきて、気付いたときにはボクは叫んでいた。
「あれは、なにっ⁉」
ボクは敷地の端の向こうにある森を指さした。
今度はコーラルが叫んだ。
「魔獣よっ! 魔獣が出たわ!」
「オレはココで魔獣を食い止めるっ。君たちは逃げろ!」
いつの間にかボクたちの方へ駆け寄っていたアクアマリンが叫ぶ。
魔獣?
なぜ魔獣が、王都近くの森に?
魔獣は瘴気にやられている獣で、普通の獣よりも狂暴だ。
でも森と敷地との境界線には獣除けの結界が張ってあるはず――――。
あ、魔力。
魔力量の多い使用人も辞めていったから、魔道具の動力源となる魔力が尽きたんだ。
コーラルやアクアマリンも、そこに思い至ったようでサッと顔色が変わった。
「オレは剣には自信があるが、魔力は少ないっ。コーラルは⁉」
「わたしの魔力は治癒向きだから質がちがうわっ!」
2人はバッとボクを振り返った。
ボク?
ボクは魔力そのものが小さいよ。
お弁当箱を5つも出したら、ちょっと脱力しちゃうくらいに。
「坊ちゃまの魔力は当てにしてませんっ。逃げてくださいっ!」
あ、ボクってば地面にかがんだままだった。
立たなきゃ。
立た……。
「坊ちゃま。しっかりしてくださいっ」
委縮して動かないボクの体を、コーラルがひょいと持ち上げる。
抱き上げられちゃったよ。
赤ちゃんみたい。
ボク、次の男爵にならなきゃいけないのに。
5歳児だけど。
次の男爵なんだよ。
ボクが、ボクが守らなきゃ。
だけどダメだ。
体がぎゅっと固くなって、ガタガタ震えて、動かない。
そこにビュンッと黒い塊が飛んできた。
「ぎゃっ、魔獣っ!」
「くそっ!」
叫ぶコーラルの隣で剣を構えたアクアマリンが、魔獣を真っ二つに切り裂いた。
羽が生えてる魔獣だ。
小型だけど自由に飛び回れる分、厄介な魔獣だ。
「あぁぁぁぁ、くそっ! こんな奴が王都に入り込んだら、とんでもないことになるっ」
「森のほうから魔獣がどんどん入り込んでますっ」
コーラルの指さす方向には、羽の生えた魔獣はもちろん、四つ足で歩く魔獣や、二本足で歩く魔獣までそろっている。
いくつもの黄色のギラギラ光る眼が、ボクたちを見ている。
ああ、怖い。怖いよ。誰か助けて。
「くっ」
アクアマリンが飛んできた魔獣を叩き切った。
「これじゃ逃げるに逃げられない。どうにかならないか⁉」
「え? ……ええ。坊ちゃま、わたしに水筒を使わせてもらえませんか?」
コーラルの申し出にボクはコクリとうなずいた。
水筒君、頼むよ。
コーラルに何か考えがあるみたい。
今日の水筒君には、コーラルの作ったラベンダーのお茶が入っている。
「それでは水筒君。わたしからお願いしますね……」
コーラルが水筒君に向かって何か言っている。
けど、ボクには理解できない。
これって呪文?
「これでヨシ、と。坊ちゃま。水筒君に魔獣たちの方へ行って中身をぶちまけてくるように、命じることはできますか?」
コーラルに言われて、ボクはコクリとうなずいた。
水筒君。コーラルから言われたようにしてみて。できるよね?
水筒君はボクに向かってコクリとうなずくように揺れると、ふわふわと魔獣の方へ飛んで行った。
そして中身を魔獣たちにかけていく。
小さな水筒とは思えない量のラベンダーのお茶が、水筒君から出てきた。
やっぱり水筒君はマジックアイテムで、普通の水筒じゃないんだな、とボクは呑気に思った。
なんとなく体の震えがおさまってきて、きゅっと固くなった体が自由を取り戻していくのを感じた。
あたりにはラベンダーの良い香りが漂っている。
魔獣たちは……その場にパタンと倒れ込んだ。
「よかった! 効いたわ!」
コーラルが喜びの声を上げた。
アクアマリンが聞く。
「あれは?」
「ラベンダーのお茶を催眠薬に変えたんです。効いてよかった。でも一時的なものです。いまのうちに屋敷のほうへ逃げましょう」
「わかった」
大人たちがうなずきあうのを、ボクはコーラルの腕のなかで聞いていた。
「坊ちゃま。動けそうですか?」
ボクがうなずくと、コーラルはボクの体を地面におろした。
ボクは地面を足でトントンと叩く。
うん。大丈夫。もう走れそう。
そして戻ってきた水筒君と共に、屋敷へ向かって駆け出したのだった。




