第22話 アクアマリンの訪問
翌朝。
機嫌のよいコーラルが畑で採ってきた野菜で作った朝食を食べ、皆はそれぞれの仕事へ向かった。
ボクは午前の間はコーラルの外仕事を手伝うのだ。
今日も汚れてもいい服を着て、丸い半球型の頭頂部に巻き上がったブリムのついた麦わら帽子をかぶっている。
まだ春なのに、外で仕事していると暑くなってくるんだ。
でもボクは頑張るのだ。体力づくりしないとね。
それにちょっとだけ植物に関するお勉強もする予定。
いまは枯れかけた珍しい植物のお手入れでコーラルが忙しいから、お勉強は本当にちょっとだけどね。
実際いまのボクは、マンドレイクに関する知識がちょっと増えたくらいだ。
お爺さまがお土産に植物を持ってきてくれることはよくあることだけど、ボクはあまり興味がなかったから、あんまり覚えてない。
『んー、でもなんだか、このマンドレイク変ね?』
これは昨夜、我が家のマンドレイクの葉っぱを鑑定したお母さまの言葉だ。
葉っぱそのものは毒性がなく、効果は強すぎず弱すぎずの使いやすい状態だということだったが。
『枯れかけていたマンドレイクの葉っぱが、こんなに急に回復するなんて。しかもマンドレイクの葉っぱなんて、普通にサラダで食べられるようなものではないのに』
お母さまは首をかしげているが、食べられるから仕方ない。
魔力量増えるってコーラルが言うから、ボクは食べるよー。
『本当にお父さまの採ってくる植物は胡散臭くて困るわ……』
お母さまがお爺さまにぶつぶつ文句を言っていた。
お父さまがなだめているのが不思議。
お母さまのお父さまなんだから、お父さまが文句を言ってお母さまがなだめるなら分かるけど。
ふつう逆じゃないの?
などと思いながら、ボクはマンドレイクの葉っぱをもぐもぐ食べていた。
「おはようございますっ!」
「わっ。びっくりした」
昨夜のことを思い出していてアクアマリンが来ていたことに気付かなかったボクは、驚いて大きな声を出した。
思わず尻もちついちゃうとこだったよ。危ない、危ない。
さっき出てきたところだから、早々にお着替えするのは嫌だ。
「ははは。驚かせちゃった」
「ダメですよぉ、アクアマリンさん。坊ちゃまをいじめたら」
ちょっと離れたところで作業していたコーラルが、アクアマリンをたしなめるように言った。
でもアクアマリンが反省している様子はない。
整った顔に爽やかな笑みを浮かべて、何事もなかったかのようにコーラルに向かい挨拶をする。
「ははは。そんなことはしてないですよぉ。おはようございます、コーラルさん」
「おはようございます、アクアマリンさん」
コーラルも礼儀正しく挨拶を返した。
礼儀正しさは大事だよね。
でも前世のボクは平民だから、コーラルの含みを感じない挨拶の仕方が好き。
現世は貴族のボクは、アクアマリンが腹の読めない挨拶する感じもわかるよ。
でもアクアマリンの奇行は分からない。
「ん?……あれ?」
急に顔を上げたアクアマリンは、鼻をクンクンうごめかしながら庭を歩き始めた。
「え? どうかしましたか、アクアマリンさん」
コーラルが若干引いた様子で聞いた。
気持ち分かるよ、コーラル。
アクアマリンの唐突な行動は、貴族らしいものではないし、ただの奇人変人のたぐいだ。
「いやなんだか昨日と違う匂いが……」
「匂い、ですか?」
コーラルが怪訝な表情を浮かべて、アクアマリンのように顔を上げて空中の匂いを嗅いでいる。
ボクもやってみたけど、特に変わった匂いなんてしない。
「はい。この匂いは、昨日はなかった……。えー、なんだろう、コレは?」
アクアマリンが何を言わんとしているのか、ボクも、コーラルも、分からない。
ボクとコーラルが顔を見合わせて不思議がっていると、アクアマリンは庭をどんどん進んでいき、コーラルが畑と呼んでいるあたりも通り過ぎて、敷地の端のほうへ行ってしまった。
そして叫んだ。
「なんてこった! コレは何とかしないと! コーラルさんっ、ジェイダイトさまを呼んでくださいっ。コレを処分しないと大変なことになるっ!」
だけど。その時にはもう、遅かったのだ――――。




