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第15話 平和な午前中

 ボクは汚れてもいい服に着替えて、コーラルと一緒に庭へ出た。

 今朝もよく晴れていて、お外はポッカポカ。

 土いじりするには良い日だね。


「坊ちゃま。日差しが強いですから、帽子をかぶってください」


 コーラルはそういうけど、日差しなんて強くないよ。

 春だもん。夏じゃないもん。

 でも帽子をかぶせられちゃった。


 丸い半球型の頭頂部(クラウン)に、巻き上がったブリム(つば)の麦わら帽子。

 横に黒いリボンが巻いてある帽子は、夏用の帽子だよ?


「可愛いですよ、坊ちゃま」


 コーラルに可愛いって言われちゃった。

 嬉しくないもん。

 ボクは男の子だから、可愛いって言われても、嬉しくなんか……。


「ふふふ。坊ちゃまったらニコニコですね。もしかして、その帽子。お気に入りですか?」


 そんなことないよ。

 ニコニコなんてしてないもん。ニコニコなんて……。

 

「早くジェイから見えるトコに出よう。心配するから」

「はいはい、坊ちゃま。私を置いていかないでください」


 ボクは足早に庭を進んだ。

 だってコーラルってば、ボクをからかうんだもん。ぷん。

 

 ジェイはお父さまの仕事のお手伝いだよ。

 お父さまの書斎の窓が見えるあたりでボクが屋敷を見上げると、ジェイがコチラを見下ろしていた。


「あ、ジェイ。見えた」


 ボクがジェイに向かって手を振ると、ジェイはニコッと笑ってボクに向かって手を振った。

 

 ジェイはお父さまの仕事を手伝いながらも、いざというときには駆け付けられるように、書斎の窓を開けて庭を見下ろしているんだよ。

 だからボクはジェイから見える範囲しか動いちゃダメって言われるの。

 

 ちょっと面倒。


 でも見える範囲って意外と本人はどこからどこまでかが分かりにくいから、それを考えながら動くことが訓練になるんだって。

 大人になったら護衛を引き連れて動く大商人になっちゃうかもしれないから、いまのうちに訓練しておきましょう、ってジェイは言うの。

 何かの役に立つ訓練なのかもしれないけど、ボクには、なんかよく分かんない。


 だいたい見える範囲なんて訓練しなくてもわかるよね?

 と思うんだけど、違うのかな。


「坊ちゃま。この植物が何か、わかりますか?」


 庭にかがんだコーラルが嬉しそうに笑いながらボクに声をかけてきた。

 ん~。ちょっとよく分かんないですね。

 何の植物でしょうか?


「これ、昨日のマンドレイクですよ」

「えっ⁉」


 ボクはびっくり仰天してコーラルの手元を見た。

 そこには緑色の、ちょっと表面がボコボコしている葉っぱがある。

 ボクはコーラルの横でちょこんとかがむと、マンドレイクだと言われた植物をまじまじと見た。


「だって昨日は枯れてたのに」

「ふふふ。わたしが埋めなおして、癒しておいたからですよ」


 昨日は枯れていて土からスポッと根っこごと引き抜ける状態だった植物が、今日は緑の葉っぱを天に向かって伸ばしてる。

 いや、太陽の光がたっぷり浴びられるように、横にびちゃっと伸ばしてる?

 とにかく太陽の日差しをたっぷりと浴びられそうな、いい感じになっているよ。


 コーラルは植物の状態を確認すると、満足そうにうなずいた。

 

「今日はもう、お水をあげるくらいでも良さそうですね。今は葉っぱだけですけど、そのうちつぼみがついて、花が咲いたら収穫時期ですよ」

「そうなんだ。でもマンドレイクって収穫するときに叫ぶって言わなかったっけ?」


 マンドレイクの根っこは、人間の赤ちゃんのような形をしていて、引き抜くと物凄い叫びをあげるんだって。

 それを聞いた人は気を失ったり、運が悪いと死んでしまったりするらしいよ。


「ん~、それは収穫時期を正しく見極められなかった場合のことね」

「えっ? じゃあ、取るタイミングを間違わなければ、叫び声を聞かなくて済むってこと?」


 ボクの質問に、コーラルは葉っぱを撫でながら答える。

 

「ん~。多少の声というか、音はするけれど。別にマンドレイクは人間の赤ちゃんではなくて、あくまでも植物だから。えっと……根っこの部分を収穫したい時と、葉っぱの部分が欲しいとき、実が欲しい時でタイミングが違う感じね」


 う~ん。難しい。

 コーラルの説明は難しいよ。


 ボクの隣で水筒君もウンウンとうなずいている。

 君、なかに人が入ってるの?

 入ってるのはココアだと思うんだけど。

 君のなかに入っているのが人なら、ボクはココアを飲んでいるつもりで人を飲んでることになるから止めてね。


「マンドレイクは、葉っぱも、実も、根っこも使えるの。そして使う部位によって効果が微妙に違うのよね」

「へー」


 知らなかったよ。

 植物って奥深いんだね。


「葉っぱは、ちゃんと生えていればいつでも使えるわ。花芽が出てくる前のほうが効果は高いの。花が咲いた頃には、根っこが使い時ね。この時、音が出るけど気を失うほどでもない。というか、根を使うといっても、わたしは一部分しか取らないの」

 

 そうなんだ。

 全部とっちゃうと、どうなるんだろう?


「一般的な収穫方法だと、花が実になったところで全部を引っこ抜いて収穫するわ。でも全部とってしまうわけだから、そこでそのマンドレイクの株は終了ってこと」

「そうなんだ」

「でも一部分ずつ使えば、また育つから。何度でも収穫できて、株が長持ちするのよ」

「そうなんだね」


 知らなかったな。

 ボク、貴族だから。

 

「わたしは孤児院育ちでしょ? 貴族や専業農家のように贅沢な使い方はできないから、新しく苗を買わなくても済むような使い方が得意よ。お得に収穫する方法なら任せて」


 コーラルは胸を張った。

 

「マンドレイクは捨てるトコなしの植物よ。葉っぱは、風邪薬や滋養強壮に良いの。効果は弱いけど、その分、安全に使えるわ。葉っぱだけなら子どもや妊婦さんにも使えるのよ」

「へぇ。そうなんだね」

「薬になる植物って、効果が強すぎると毒になるから難しいのよ。その点、葉っぱだけなら安全。しかも株を傷つけなければ、何度も生えてくる。使い方を知っておくとお得よ」


 ふーん。

 色々とあるんだね。


「マンドレイクなら、葉っぱは安全に使える風邪薬になる。花は媚薬に使えるけど、滋養強壮効果は弱いから、体力がある人向けの安全に使える媚薬になるわ。逆に実は、体力のない虚弱体質な人向けの媚薬ね」


 ふーん。

 でもボク、媚薬って何か分からないや、子どもだから。

 ……ふふふ、嘘つきました。

 前世の記憶が薄っすらあるから微妙に分かる。


「わたしには媚薬のよさは分からないけど。マンドレイクの媚薬は効果が強すぎて、体力がないと命取られるのよ? 命落としてまで欲を果たそうとするなんて、意味不明よね」


 うん。それは分からない。

 ボク、これから育つ子だから、命と引き換えにしたくはないな。


「花が咲いて実がなれば、今度は実の収穫時期になる。この時にマンドレイクそのものを引き抜いて使うのが一般的なのよ。根っこは回復薬に使えるの。特に実がなった時期の根は完熟しているから、寿命を延ばすとも、不死の妙薬が延びると言われているわ」


 コーラルは顔をしかめた。


「でも完熟した時期に収穫すると、マンドレイクがまるで叫んでいるような音を出すの。だって命が尽きるんだもの。そりゃ叫ぶわよ」


 コーラルはあきれたような声で言った。

 

 うむうむ。

 そうか。

 自分が死んじゃうとなれば、植物だって叫ぶよね。


「薬効の一番高いのが、実のなったときに根こそぎ収穫したものではあるけれど。マンドレイクはそもそも薬効が高いから、毎回根こそぎ収穫しなくても、上手に収穫すれば株を失うことなく何度でも使えるわ。気絶しないで済むから安全だしね」


 栽培方法も色々とあるんだね。

 ボク、ひとつ賢くなっちゃったよ。


 コーラルが、昨日にはなかった緑の葉っぱを撫でながらつぶやく。

 

「ぱっと見たところ、坊ちゃまのお爺さまがとってきたマンドレイクは、一般的なマンドレイクとも違うみたいだし。もうこの葉っぱでも効果が期待できるかもしれないわ」


 そっかぁ。

 昨日はすっかり枯れていて、もう捨てるしかないと思ったのに。

 今日は収穫できちゃうのかぁ。

 さすがお爺さまの採ってきたマンドレイクだね。


「ペリドットさまの体調を確認して、必要そうなら、この葉っぱをもらいにきましょう。今日も天気がいいから、夕方にはもっと育っているかもしれない」


 そうか。元気な植物は、朝と晩では、もう育っちゃったりするのか。


「坊ちゃま。お水あげてみますか?」

 

 ボクはコーラルにうなずいてみせた。

 そしてジョウロを持ち上げる。

 水の入ったジョウロは、ちょっと重たい。


「ドバッとかけちゃうと植物が痛みますからね。そっとかけてあげてください」


 ボクはコーラルの助言に従って、ジョウロをマンドレイクの上でそっと傾けた。

 水がチョロチョロと落ちていく。


 ボクの横で水筒君も、なぜか傾いている。

 君に入っているのはココアでしょ?

 そんなのかけちゃったら、マンドレイクが枯れちゃうよ。

 ……枯れちゃうよね?

 マンドレイクがココア好きなんていう情報はないし。

 などと思いながら、チョロチョロと水をかけるボク。

 

 コーラルがボクの横で水のあげ方をアドバイスしてくれているよ。

 

「葉っぱに直接あげるよりも、土のほうにかけて根っこから吸わせたほうが……あら? この子は、葉っぱからも上手に吸うみたいですね」


 コーラルがマンドレイクの葉っぱを見ながら感心している。


 早く大きくなぁれ。


 ボクはそう思いながら、土にも、葉っぱにも、水をチョロチョロかけた。


 太陽の日差しを受けたマンドレイクの緑の葉っぱが「ありがとう」とでも言っているように、キラリーン、と光った。


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