第10話 家族へ新しい使用人を紹介するよ
お父さまとお母さまが目を丸くしている。
ここは屋敷の食堂だよ。
夕食の時間にジェイが、お仕事をしていたお父さまと、お昼寝をしていたお母さまに、コーラルを紹介することになった。
ジェイの隣に立っているコーラルは、お仕着せのメイド服を着ている。
日が暮れてから植物たちに水をあげて、それから急いで着替えたにしては、さまになっているよ。
治癒師なのに、不思議だね。
「本日よりお世話になります。コーラルと申します」
コーラルは軽くスカートのすそを持ち、ダイニングテーブル前の椅子に座るお父さまとお母さまに向かって可愛らしく挨拶をした。
きちんとしたお家のお嬢さまが行儀見習いに来ているみたいに見える。
孤児院育ちと聞いていなかったら、ボクには分からなかったかもしれない。
しっかりとした教育を受けたんだね。
そりゃ仕送りをしたくなるよ。うん。
もちろんお父さまとお母さまが驚いているのは、コーラルの挨拶に対してではないよ。
庭の植物を売るという話を、ジェイが説明したからだ。
ボクは知っている情報だったから、椅子の上で足をブランブラン揺らしながら大人たちの話を聞いていた。
「ぇ……庭の植物を……売る?」
お父さまは、目をパチクリさせながら言った。
ジェイがコーラルに代わって事情を説明する。
「はい。ワタクシも初耳です。王国内での商取引には、細かな決め事がありますからね。しかしコーラルから聞いたところによると、薬師の間では割と普通に行われている取引だそうで……。コーラル? 旦那さまたちに説明して差し上げて」
ジェイの言葉に、コーラルはコクリとうなずいた。
「はい。ご存じの通り、薬草は専門の薬草店で買うことができます。しかし、専門店で購入すると高いのです。王国内の商取引では細かく税金がかけられますからね」
コーラルの説明にお父さまがうんうんとうなずいている。
税金の問題は、商人でもあるお父さまにも無関係ではないからね。
「しかも魔の森周辺など危ない地域での薬草採取は、冒険者たちの仕事です。冒険者が採取して、ギルドが購入し、問屋に卸されます。そこで薬草は加工されて、小分けにされ、専門の薬草店へと卸されます。間に入る人間が多くなればなるほど値段に反映されるため、専門店の薬草は高いのです」
その仕組みはボクも知っている。
でもね。ボクの家は間に入ってる人間の部分で稼いでいるから、ちょっと耳が痛いです。
「その費用を薬の値段にしっかりと反映できればいいのですが、薬を求める者がお金を持っているとは限りません。病気は財産など関係なしに襲ってきますからね。どちらかといえば衛生管理がしっかりできない貧乏な人たちを狙ってくることのほうが多いくらいです」
うん、そうだね。
前世のボクも体が弱かったからわかるよ。
貧乏暇なしで働いて、いざ病気しても医療費で困るんだよね。
わかるよ。
「だから薬師たちは専門店の高い薬草ではなく、少しでも安いものを求めて目を光らせています。森の入り口や道端に生える草はもちろん、一般家庭の花壇もしっかりチェックしているのです。そしてめぼしい薬草を見つければ安く分けて欲しがります。なぜなら彼らは薬草の処理方法は知っていますが、お金はカツカツだからです」
「それならば、自分たちで採取に行けばよいのでは?」
お母さまは不思議そうな顔をして言うと、首をかしげた。
「それは奥さまが、父君であるギベオンさまを見慣れているからです」
ジェイが解説を入れた。
「奥さまはお気づきでないかもしれませんが……。普通の商人というのは、取引をするのが仕事でして、ご自分で採取には行かれませんよ」
「あら、そうなの?」
まだお母さまは納得していないようだ。
お父さまが隣の席から突っ込みを入れる。
「そうだよ、ペリドット。私だって採取へなんて行かないだろう?」
「でも、それは……あなたが扱っている商品が、お父さまとは違うから……」
「私はワインやチーズを扱っている。その理屈でいったら、私はワインやチーズを作ってないといけないだろう?」
「ん……それもそうね」
お母さまは、お父さまの説明にも納得していないようだが、なんとか吞み込もうとしているようだ。
コーラルは説明する。
「はい。そうです。ブラックスター男爵は、特別な存在です。あの方は冒険者であり、商人ですから。ドラゴンの巣にでも、魔の森の奥でも、欲しいものがあればご自分で足を運んで欲しい品物を口八丁手八丁で手に入れる。あんな真似ができる商売人は他にいません。商売人の憧れの的ですわ」
ちょっとうっとりしている様子のコーラルを見て、お母さまは納得しかねるといった様子で首をかしげているが、もう何も言わなかった。
コーラルは説明を続けた。
「それに薬師は知識の習得に熱心で、体を鍛えることには興味のない方がほとんどです。だから初級冒険者レベルの場所であっても、魔の森まで行かなければ採取できないような植物を自分で取りに行くのは難しいのです」
「あら。そうなのね」
コーラルの説明に、お母さまはちょっとだけ納得したようだ。
お父さまが興味深げに聞く。
「我が家の庭には、そんなに沢山の薬草が植えられているのかい?」
「はい、ご主人さま」
お父さまに向かって、コーラルがコクリとうなずいてみせた。
ジェイが説明する。
「旦那さまはあまり興味をお持ちになりませんでしたが、ギベオンさまはお土産だといって旅からお帰りになるたび、珍しい植物を庭に植えていらっしゃいました。ワタクシも植物には詳しくありませんので知りませんでしたが、コーラルによると希少価値があり、高値で売ることが出来るものも沢山あるようです」
コーラルがうなずきながら口を開いた。
「はい。お屋敷の庭には、珍しい薬草が沢山あります。一見すると雑草のように見えますが、知識のある者が見ればわかります」
お母さまが不思議そうに言う。
「そうなのね。でもそれなら、その薬草を王都で店を開いている専門店に持ち込んで売ればよいのではないかしら?」
ジェイは首を振って説明する。
「いえ、奥さま。そちらの商品に関しては、イオネル男爵家は商売をする権利を持ちません。薬草関係はマラカイト伯爵家が権利を持っていますから、必ず邪魔が入りますよ」
「まぁ。そうなのね」
お母さまは目に見えてシュンとうなだれた。
「わたくしが、マラカイト伯爵に目をつけられてしまったばかりに……」
「気にすることはないよ、ペリドット」
お母さまをお父さまが慰めている。
ボクは会ったことないけど、マラカイト伯爵って人は悪い人なんだ。ぷん。
「ですからコーラルの言うように、薬師が薬草を分けてもらいに来て、お礼に幾ばくかの現金を置いていってくれれば、急場はしのげるかと」
ジェイの言葉に、お父さまは懸念を口にした。
「だがその取引は、法律上は大丈夫なのか? 我が国の商取引は厳密な決め事がある。法律を破ると後が面倒なことになるのだが」
「はい。大丈夫です。旦那さま」
コーラルが太鼓判を押した。
「商売ではなく、あくまで個人間のやり取りですので。心配でしたらお礼は現金ではなく、物でもらえばいいですから。そうすれば商取引にすらならない、物々交換にすぎません」
お父さまは少し悩むような表情を浮かべたが、溜息をひとつ吐くとコーラルに向かって言った。
「そうか……ならば、お願いしようか」
「はいっ、頑張りますっ」
コーラルはとってもいい返事をした。
ここで許可をもらった、という形にはなっているけど、もうラベンダーを元気にしたから、勝手に始めているような気もするけど。
ボクの気のせい?
「ふふふ。ラベンダーは魔力を増やすのに役立ちますからね。坊ちゃまには、わたしがお茶やお菓子にして差し上げますね」
おっ? あれってボクの為でもあったんだ。




