アイ・リンク1
アイ・リンク、それは精神の同化現象。【眼】の瞳孔のさらに奥を覗き込むことによって発生する。
モルギドに身体を乗っ取られた紗由理を救うための最終手段として、智也はこれを用いることを決めた。
「ノックスさん、力を、貸してください……! 誰も、犠牲にならないように」
「…………私に、何をして欲しいのですか?」
「魔人の動きを止めてください。その隙に、僕が紗由理さんの魂を救出します」
モルギドはそうこう話している間にも猛攻を仕掛けている。ノックスと智也ですら、会話をするにはギリギリだった。
「作戦を講じている場合ではありませんが、奴を私の力で討ち取るのは難しい……仕方が無い、貴方に賭けますよ、彩島 智也」
覚悟ある声と共に、ノックスの手に魔力を収束させた剣が握られる。砕けた長剣の代わりに、魔力によって生み出したその剣は目にも止まらぬ速さで振り抜かれた。
その剣はモルギドまでは届かない。しかし、モルギドの【腐敗】の魔力を相殺する性質を持ったその魔力の剣はモルギドの周囲に満ちている深緑色の魔力をある程度は削り、薄めることが出来た。
魔力の薄くなったわずかな隙間、その隙間からノックスの金色の夜空のような瞳がモルギドを捉えた。
「神の証明」
ノックスの瞳に輝く青い星々がさらに強く輝きを増す。眼球のほとんど全てが覆われるほどに瞳の中の星は輝きを増し、瞳から血の涙が溢れ出す。
「止まれ!!」
──モルギドの動きが静止する。まるで時が止まったかのようなそれはピクリとも動かず深緑色の極光を纏わせてその鋭い瞳孔を見開いている。
智也は目を閉じる。
既に覚悟は出来ている。ゆえに、次に目を開いた時、【眼】はそこにあった。
モルギドに付いた赫の【眼】、その瞳孔の奥に冒涜的な深緑色の輝きが見える。
自分自身の輪郭を強く保たなければ、戻ってこられないかも知れない。
それでも、みんなで戻るという誓いが、彼を突き動かした。
瞳孔の奥、深緑色の小さな深淵に智也の意識は深く、深く、落ちていく──
◇◆◇
目の前に、幼い自分がいた。
茶色い髪に深緑色の瞳をした小柄な自分は、手で何かを掴んでは、引きちぎって口に運んでいる。水面に移っていたその表情は、至福のひと時を楽しんでいるようで、満面の笑みを浮かべて絶えず何かを咀嚼している。
私は自分自身に強烈な嫌悪を覚えた。
私は手と口のまわりを赤く染めながら何かを貪り食う。まるで獣のように食らい続ける。
私は何を食べているのだろうか? それは知っている。忘れたい。しかし、忘れられない。逃れられない。
自分が、化け物だということからは。
私は、鬱蒼とした樹海で暮らしていた。
その樹海に、家族がいた。私の家族は毛の無い人狼のような姿、体には幾つも傷があり、所々腐って蛆が湧いている。家の近くには腐敗の気配につられてハエがたかり、鬱陶しい。
私たちは鳴き声で会話した。唸り、啜り、それで意思疎通が取れた。
私たちの目は深緑色だった。狼のように鋭い眼光を持つ瞳、私の瞳もそうだった。
母には牙があり、鉤爪があった。私にはそれは無かった。
生まれつき、私の容姿は母や他の家族とも違っていた。私の耳はみんなと違うし、髪も体も少し違う。でも、家族はだからと言って私を疎むことは無かった。むしろ、ご先祖様と似た姿だと言って喜んだくらいだった。
私たちには、習慣があった。
時々、樹海の中を徘徊して、あるモノを探した。それは、冷たくなっている私と似た容姿の何か。大抵は紐を首に巻き付けて吊るされていたり、ボロボロになって通れていたり、まとまって転がっていたりする。私たちはそれを回収して帰った。
連れて帰ったらお祈りして、みんなで分けた。
それは、一番のごちそうだった。
滅多にないそのご馳走を私はいつも楽しみにしていた。
ある日、樹海の中で動いているご馳走と出会った。
「どうして、人間がこんなところに……!!」
「酷い、言葉もまともに喋れないように教育されて、こんなところで監禁されていたなんて……」
「大丈夫だ、俺が安全な場所まで送ってやる! 悪いグールは俺たちが倒す!」
その人は、私が何を言っても聞く耳を持たず、私を背負って走った。
そして、その日初めて私は樹海の外に出た。
眩しいほどの陽光、立ち並ぶ街並み、そして、うじゃうじゃいるご馳走。
初めて見た外の世界に、私は感動していた。
それから、私は私と同じくらいの背丈のご馳走が沢山いる場所に預けられた。
みんな、私よりも身体能力が低くて、走っても、跳んでも、何をしても負けなかった。
お腹が空いたら食べたことの無い変なご飯を食べた。
その時は不味かった。だから施設を抜け出してネズミを捕まえて食べた。
しばらく経った雨の日、顔に傷のある大きな男が現れた。
新しく出来たような生々しい傷の残るその男は、私を見た瞬間、首を掴んで持ち上げた。
初めて、私が力で負けた。いくら腕をどけようとしても、男の腕はびくともしない。首が締まり、息が出来なくなり、苦しくてたまらなかった。
手足をジタバタさせ、かすれた声で懇願しても、その男は全く動じなかった。
冷徹に、ただ私を睨んでいた。
視界が明滅し、初めて死の感覚を体感した。
そして不意に、瞳から涙がこぼれた。
男は突如として腕の力を抜き、首を離した。地面に落ちた私は、男を見上げた。男の表情は酷く青ざめていて、どこか震えているようだった。
男は、何も無いところから短剣を取り出し、私に向けた。
「今のお前は、化け物だ……だが、人間として、生きるなら、生きたいと思う感情があるなら……見逃してやる……答えろ、お前は、人か? 魔物か?」
「私は、人として、生きたい──」
男は苦虫を噛み潰したような表情で短剣を納めた。
「…………もし、お前が人で無くなった時は、私が責任を持って、お前を狩る」
男はそれだけ言うと、そこから去っていった。
施設に戻り、ご飯を食べた。
他の子供と同じ、普通のご飯、不思議と、不味いとは感じなかった。
しかし、肉を食べたときだけは違った。
その食感が、味が、樹海での記憶を鮮烈に思い出させた。
あの時食べた、自分と同じ存在、それが想起された瞬間、全身に怖気が走った。動機が激しくなり、息が出来ないほどに苦しくなり、拒絶した。吐き戻し、まともに食事を食べられなくなった。
体が痩せ、力が衰えた。それでも、他の子供と同じくらいの身体能力は残った。
私は、気づいた。自身が異端であったのだと。
自分が、嫌で嫌でしょうがない。
この体の半分がグールであることも、父親が死体であったことも、悍ましい風習に従っていたことも、身体能力が異様に高いことも、この深緑色の瞳も、何もかもが嫌いだった。気味が悪かった。ただただ、悍ましかった。
施設で数年過ごした頃だった、一人の綺麗な女性が私の前に現れた。
黒曜石のような黒い髪を肩まで降ろし、整った容姿をした女性で、スレンダーな体型だった。彼女は突如として私の目の前に現れ、そしてひと目見た瞬間、私に話しかけてきた。
「ねえ、君」
「……なんですか?」
「私の子のお姉ちゃんになってくれない?」
はじめ、私はその女性が何を言っているのかわからなかった。
「私なんかが、姉になれるわけないです……いや、むしろなってはだめです。他の子の方が良いですよ」
「へえ……でも、私は君が良いと思うんだけどなあ」
女性は、私の手を優しく握り、背を屈めて視線を合わせた。
「君は、自分が嫌いなの?」
「……私は、普通の人とは違うから」
不敵な笑みを浮かべる女性は、まるで瞳の奥を見透かすように私を見つめた。
「違くてもいいんじゃないかな。だって君は、寄り添おうとしている」
「だから、なんなんですか!」
「君は、普通の人よりも、よっぽど人らしいよ」
「……」
「たとえ人間で無くても、たとえ、半分魔物でも、君は君だし、人間だよ。だから、姉にもなれる!!」
「脈絡がおかしいです……」
「いいじゃないか。人は何にでもなれる生き物だよ」
こうして私は、二条 白に引き取られた──




