常闇と黒薔薇
智也は一度屋敷の外に出てみることにした。ニゾルデが庭園にいるとセパスから話を聞いたため、話に行くことにしたのだ。
庭園は色とりどりの花で彩られており、その中でも薔薇の花は一際美しく見えた。青や赤の薔薇の香りが風と共に鼻腔をくすぐり、智也は落ち着くような気持ちなった。
庭園の奥に行くと、ニゾルデは麦わら帽子を被り、紅茶の茶葉の手入れをしていた。
「ニゾルデさん!」
智也が声をかけると、ニゾルデは後ろを振り向き、笑顔で手を振った。
「おお、智也くんよく来たね。もう少しで終わるから、そこのベンチに座って少し待っていてくれ」
智也はベンチに座ってニゾルデの作業が終わるのを待っていた。
広い庭園に生えている植物はイギリスの気候では育ちにくい物もあり、魔術による品種改良がされている。
しばらくしてニゾルデが智也の方へやって来た。
「とても綺麗な庭園ですね」
「ありがとう。元は妻がやっていた庭園なんだが、私が引き継いだんだ」
「奥さんは薔薇が好きだったんですか?」
「ああ、そうだよ。よくわかったね」
「庭に薔薇が多かったので......」
「妻は薔薇の色を変えることも研究していてね、特に青い薔薇が気に入っていた」
「青いバラ......確かに一番多いですね」
「ははは......私は過去のことを引きずるタイプだからね、青い薔薇を妻の時よりも増やしたんだ」
「奥さんは、どういう人だったんですか?」
「......とても、美しい人だったよ。散り際すらも美しかった」
ニゾルデは過去を懐かしみ、少し暗い顔で笑った。
智也は嫌なことを思い出させたかと思い、口をつぐんだ。
「それで、智也くん、君は私に何の用があむたんだい? ただ、私と話たいから来たわけでは無いだろう?」
智也は覚悟を決めてニゾルデに尋ねることにした。
「貴方は、魔術連の裏切り者ですか?」
ニゾルデは眉をピクリと動かし、口角を上げた。
「なぜ、そう思う?」
智也は黒戸様から裏切り者の話を聞かされていた。と言っても、裏切り者の正体まではわからなかった。
黒戸様の話では、魔術連の幹部の中に、二人未来が見えない人間がいた。
一人はクラーク、もう一人はニゾルデ。
クラークは智也が過去に渡る前に既に殺害されていた。
ならばもう一人、ニゾルデはどうして見えないのか......
「ただ、消去法です。貴方がクラークさんの偽物と戦っている間、僕は貴方の研究所を探っていました」
「だからあの時、ロッカーから出て来たのかい?」
「そうです。その時、僕は血痕を見ました」
「血痕......? 私は見なかったな」
「はい。貴方が研究室に入って来たとき、血痕は消えました」
「奇妙なこともあるものだね。ただ、それは私を疑う証拠にはならないのでは無いか?」
「そうですね......さっき気づいたのですが、僕の服の裾に血が付いていたんです。朝に服を着た時は付いていませんでしたし、怪我もしていません。だとしたら、研究室......確かに血痕はあった。見間違いなどでは無かった。なら、消えたのはなぜか......」
「ふむ、一体なぜ血痕は消えたのかな?」
「この発想は飛躍しているので、ただの推測だと思ってもらって大丈夫です......僕の推測では、貴方の魔法。でも、神と契約している者からは独特の気配がするはずなのに、貴方からはしない」
「なら、魔術かい?」
「いいえ、魔法だと思います。朝霧さんは一柱だけ神の気配を感じられない神がいると教えてくれました」
「ほお、それはなんだい?」
「それは【常闇の神】キュリオス。その神性は完全な認識阻害」
ニゾルデの表情は動かなかった。
「......深淵教団の大幹部『魔眼』の一人は【闇の魔眼】と呼ばれているそうです。そして先ほど【魂の魔眼】が話した情報から、深淵教団の『魔眼』は何らかの神格の力を得ている可能性がある......」
智也は立ち上がり、ニゾルデの方を睨んだ。
「貴方は、【闇の魔眼】ですか?」
その言葉に、ニゾルデは笑った。
その時、執事のセパスがこちらへ走って来た。
「大変です、旦那様! ミスティファ様が血を吐いて倒れました!」
智也は目を丸くした。
「おや、紅茶の毒が効いてきましたか」
「そんな、毒を入れるところなんて......」
ニゾルデは立ち上がり、麦わら帽子を置いて白い手袋を手につけた。
「先ほどの質問、答えてあげましょう。貴方の予想通り、私は深淵教団【闇の魔眼】です」
「どうして、朝霧さんを......というか、貴方は魔術連の幹部のはずだ......」
「私は、嫌いなんですよ、腐った魔術連も、この世界も......」
その瞬間、ニゾルデの姿が消えた。智也は防御魔術を発動し、様子を伺った。
その背後から何かが智也の体に突き刺さり、鮮血が舞った。
(防御魔術が、発動しない......?)
智也の首に棘のついた何かが巻きつき、血が流れていく。棘が体中に突き刺さり、食い込む。徐々に魔力が吸われていき、さらに力が抜けていく。
(これは、魔術毒......!)
魔術毒とは、魔術によって生み出される毒のことで、神経毒の場合は魔力が大きいほど抵抗が強くなる。
ニゾルデの発動している攻撃は、棘の刺さっている者の体内から魔力を吸い出すと同時に魔術毒を生成して体内に注入出来る。
智也は蒼い魔力を振り絞って棘を破壊し、拘束を解いた。そして周囲全体に『魔力糸』を使ってワイヤートラップを張った。
しかし、何も引っ掛からなかった。
「どこへ行った......? まさか......!」
ニゾルデは全身に闇を纏い、自らに向けられる認識を完全に絶った状態で屋敷に向かっていた。
屋敷の扉を開き、歩みを進めると、そこには倒れている朝霧の姿があった。
「ミスティファさん、貴方に恨みはありませんが、我が願いを叶えるために、貴方には死んでもらいます」
ニゾルデは『黒薔薇』を発動し、黒金の荊が顕現した──




