21 ヘタレ王子の嫉妬
レディたちが中庭で楽しんでいる頃、エルネスティが滞在している客室では、ソファーで男たちが額を合わせていた。
「まさか、オイビィと僕のこと知らなかったなんてな。アーハッハッハッ」
ヘンリッキは先程からずっとケラケラと笑っていた。
「イリナって、思い込むと誰にも聞かず突っ走るからな」
カールロは苦笑いだ。
「子供の頃の薬学、覚えています?先生が、『これは万能葉ですね』っておっしゃって」
ヨエルが昔を思い出して、眉間を寄せていた。
「ああ、毎日毎食食べて、腹壊して…。って、それと同じ?」
エルネスティは、同意していいのかがわからず、片手で顔を半分隠して困っていた。
「あと、経済学の先生が『小麦は経済を回す』って言って」
ヘンリッキも思い出したとばかりに続いて大笑いしている。
「小麦買いすぎて、買い占めちゃったよな」
カールロは、頭を『ポリポリ』しながら苦笑いが続く。カールロとしては、ここ1年苦楽を共にした友人だと、笑いとばす気持ちにはなれなかった。
「まあ、あれは結果的に配られた領民は喜んでいたぞ」
エルネスティのフォローは虚しい。
「とにかく、イリナさんの思い込みは恐ろしいですよ」
ヨエルは何を思い出したのか。困り顔だ。そして、四人は大きく頷く。エルネスティが大きくため息をついて下を向く。
「誰かに一言相談すれば、解決したのに、なぁ」
笑いの収まったヘンリッキは、呆れ顔だった。
「クリスタには相談していたぞ」
「クリスタ嬢は、楽しんでいらっしゃいますからね、ダメでしょう」
ヨエルは、カールロをチラリと睨む。カールロがちょっと仰け反った。ヨエルに睨まれることは、『カールロは』していない。
そして、カールロは、クリスタとの会話を回想していた。
「確かに、エルスが踏み込めないことを笑っていたな」
「なっ!」
エルネスティが顔をあげて目を見開きカールロを見た。
「エルス、それに関してはお前が悪い」
ヘンリッキが頷きながら、カールロの味方をした。
「…でもな…」
エルネスティは、また下を向いてしまった。
「まあ、子供の時にイリナを見たら憧れるわな。俺も打倒イリナだったし」
カールロは、エルネスティの膝を、ポンポンと叩いて労った。
「カールロもそれで強くなったのですか?イリナさんって本当にすごいんですね」
「ヨエルは本当に武術に興味がないんだな」
ヘンリッキは、呆れた口調だ。
「戦術論は面白かったですよ。特に兵糧攻めとか。そこに薬草攻めしたら、もっと効果的かなぁとか」
ヨエルが学園に入る前の勉強会を思い出して、ニコニコと話していた。
「いや、ヨエル、そんな時、薬草もないだろ。本当にお前は、薬草マニアだな」
「そうだ!シンティア嬢から私が知らなかった組み合わせを聞きまして、早く試してみたいんですよ。シンティア嬢には、私の実験中の組み合わせについての意見ももらえましてね。そのことも検証してみないと。ふはは、楽しみだなぁ」
エルネスティは、ヨエルが女性と話が盛り上がっているようでびっくりして、ヨエルを凝視した。となりではカールロも同じような顔をしていた。
「コホン!僕たちが帰るまで待たずに、シンティア嬢に研究室を借りたらいいんじゃないか?」
ヘンリッキが、エルネスティとカールロに注意するように咳払いをして、ヨエルにアドバイスする。
「え?そんなことできるのですかね?」
「私から頼んであげるよ。ヨエルは、これから一年間、医療留学するのだから、少しくらい早まるのは問題ないだろう」
エルネスティの一言にヨエルは満面の笑みであった。
どうやら、ヨエルとシンティアのことがお見合いだということは、ヘンリッキも知っているようだ。二人の働きかけで、ヨエルは、翌日にシンティアの家ヘイスカトン伯爵邸へと移り、仮同棲の生活がスタートする。シンティアの両親曰く『容姿は悪くないのだが、話が偏屈すぎて男たちが逃げる』のがシンティア嬢らしい。それはヨエルにそっくりそのまま言えることなので、まさにお似合いの二人なのだ。
余談ではあるが、この日から一年後、ヨエルとシンティアは婚約し、ヨエルの留学が一年伸び、更に一年後、二人は結婚して漸くヨエルはシンティアとともにテルヴァハリユ王国に戻ってくるのだ。
ヨエルの幸せはともかく、
「で、エルス、どうするんだ?」
ヘンリッキが軌道修正する。
「うん、今更どう切り出していいのかわからん。でも、この国では、イリナは浮いた話はなかったようだから、慌てることもないだろう」
エルネスティの小さなため息と同時にカールロがエルネスティの肩を叩き、エルネスティはむせた。
「は?エルス!何言ってんだ?イリナは、この国の公爵令息と何度もデートをしているぞ。それはそれは絵のような二人だって、評判だったんだぞ」
カールロは、噂しか知らないが、それは誰もが知ってる噂なので、確実な噂だろう。
「「「えー!」」」
エルネスティは立ち上がりカールロを凝視した。二人は口をあんぐり開けていた。
「なんで、驚くんだよ。イリナは、モテるぜ。俺だって友達から、紹介しろってうるさく言われてさ。一応、本国に相手がいるから無理だって断っていたんだけど」
ヘンリッキはそういえば2年の頃にそう思いなおしたんだと思い出して、うんうんと頷いた。ヨエルにとっては武道と同じくらい興味がなかったので、純粋に驚いた。
「そ、それで?」
エルネスティは座り直し、隣のカールロに向かい直す。イリナの話との違いに急に不安になった。イリナがエルネスティに故意に隠したのかもしれない。
「そしたら、あいつが公爵令息とデートなんかするからさぁ、『本国に相手なんかいないじゃないかっ』って叱られたよ。『いや、いるぞ』って言い張ったけどな」
カールロは思い出して眉間に皺を寄せる。怒っているというより、困りすぎたという感じだ。
「ありがとう!カールロ!さすがだ!」
エルネスティはカールロの膝をポンといい音をさせて叩いた。
「結局、その公爵令息とはうまくいかなかったんだけど、それからはよく声をかけられていたみたいだな。今でも間違いなく狙ってるやつはいるだろうな」
カールロには、思い当たる顔がいくつも浮かんでいた。中には『俺が隊長になったとき、イリナがフリーならさらいにいく!』という強者も一人や二人ではなかった。
だが、カールロは、さすがにその前にエルネスティがどうにか落とすだろうと思っているので、これをエルネスティたちに説明するつもりはなかった。
「……」
エルネスティは床を睨んで考え込む。
「クリスタに頼むか?」
カールロは、エルネスティの後頭部に聞いてみた。
「それだけはないですね!」
向かい側に座るヨエルは、何を知っているのか、即答であった。
その夜、ヘンリッキ、カールロ、クリスタ、オイビィで作戦会議が開かれたことは、エルネスティとイリナは知らないのだった。
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2日後、イリナはオイビィに誘われて、メイドの先導で先日と同じ中庭に行く。そこには、騎士然とした男性が座っていた。イリナが近くにいくと、立ち上がる。背の高い美丈夫だった。
「イリナ様ですか?」
笑顔の素敵な少し年上の男性だ。大人の余裕を感じて、少女はキュンキュンしてしまうだろう。
「はい、そうです」
「私はオイビィ王女殿下にこちらに来るように言われました、タービオ・ヒラカリと申します。騎士団隊長を努めております。本日は、少しお話をさせていただきたく存じます」
「貴方がタービオ様ですか。よろしくお願いします」
イリナとタービオの楽しいお茶会が始まった。
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アルットゥの執務室にエルネスティが来ていた。今後の留学制度について、話し合うためで、アルットゥの側近と、ヘンリッキとカールロも同席している。
ちなみにヨエルは、すでにシンティア嬢のご実家に移っていた。
話がある程度進んできたところで、アルットゥが休憩を申し出た。エルネスティたちも同意する。
メイドがお茶の用意をしている間に、アルットゥが窓際に寄った。
「ん?あれはイリナ嬢か?」
アルットゥが、窓の外の1階の中庭を顔を前に出して、凝視した。
「え?今日はオイビィとの茶会とは聞いていませんが?」
ヘンリッキが答えて、アルットゥに近寄る。
「クリスタも、今日は休むと聞いていますよ」
カールロも、追う。
「なら、どうして中庭に?」
エルネスティも不信そうな顔で3人に合わせて、窓際へと近づいく。そこには、笑顔のイリナと美丈夫な騎士が、楽しそうにお茶をしていた。エルネスティの顔は蒼白となった。
「ああ、早速オイビィが顔合わせをさせたのだな」
「は?」
ヘンリッキの一言に、エルネスティは仮面も付けず不機嫌だ。
「なんでも、オイビィが言うには『舞姫』と話をしたいという騎士たちが多いらしいですよ。あまりの申込みの多さに、選別するのに時間がかかって、今日になったんでしょうね」
ヘンリッキは、そんなエルネスティを無視して笑顔で答えた。
「そういえば、私も何人かに頼まれているな。なるほど、お茶会という手があったか。オイビィに頼んでおこう」
アルットゥは何も知らないのに、煽っている。アルットゥはソファーへ歩き、ゆったりと座った。早速お茶の香りから楽しむ。
「『舞姫』?」
エルネスティはヘンリッキを睨むが答えたのはカールロだった。
「イリナのこちらでの呼び名ですよ。エルネスティ王子殿下も幼い頃イリナをそう思ったでしょう?」
アルットゥ王子との話し合いの場なので、ヘンリッキもカールロも砕けてはいるが敬語である。
「なっ!なんで!」
「だから、イリナはモテるって言ったではありませんか。婚約者も恋人もいないのですよ。誰にでも、チャンスがあるのです」
カールロはにっこりと大きく頷いた。
「まあ、エルネスティ王子殿下、お茶をいただいて、先程の続きを。アルットゥ王子殿下を待たせてますよ」
ヘンリッキは、引きずるように、エルネスティをソファーへ座らせた。
その後、エルネスティは多少回復したものの、話し合いは結果までは出せず、また後日となった。
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その日の夕食後、席を立とうとしたイリナに、エルネスティが声をかけた。意識してしまっているイリナは、肩を飛び上がらせた。
「イリナ、話があるんだ。半刻ほどしたら、サロンへ来てほしい。見てほしいものがあるんだ」
「わ、わかりました」
エルネスティの縋るような目にイリナは拒否できなかった。イリナは、クリスタとオイビィをチラリと見て、部屋へ戻った。
半刻後、サロンへ行くと、紙の束を持ったエルネスティがすでにテーブルに座っていた。イリナが来たことに気がついたエルネスティは、立ち上がり、自分とは向かい側の椅子をひく。イリナはそこへ座った。メイドがイリナにお茶を運んでくる。
「私は、結構だよ。ありがとう」
おかわりを促すメイドに、エルネスティは笑顔で断りを入れた。話が聞こえない距離までメイドがさがる。
「あ、あのね、イリナ。言い難かったら言わなくていいんだけど」
エルネスティは下を向いてイリナと目を合わせない。ヘンリッキが隣にいたら『ヘタレだなぁ』と野次を飛ばされていただろう。
「はい………」
イリナもエルネスティの不審な態度に警戒を強めた。
「今日、どなたとお茶をしていたんだい?」
イリナは、普通の質問であったことに驚いて、訳はわからないが、普通に答えた。
「今日は、お二人の方とお茶をしました。最初はですね‥」
「ちょっと待ってくれ。二人?
はぁ、そうか、本当に人気なんだね。
うん、大丈夫。聞きます!」
エルネスティは頭を上げたり下げたり、手をイリナにかざしたり下げたり、アタフタと忙しいそうだ。
「え?そんな難しいお話じゃないんだけど。ふふふ、アハハハ」
イリナは、エルネスティの様子に笑い出してしまった。
「あ、でも、エルスに聞いてもらいたかったから、ちょうどいいわ」
イリナは、楽しそうに話始めた。
「一人目はね、タービオ・ヒラカリ様で、騎士団隊長をしている方なの。なんと、女性近衛騎士団を作った方なのよ。オイビィに、その方とお話をしたいって言ったら、今日早速、お茶会をしてくれて。
ねぇ?エルス?聞いてる?」
イリナから会いたいと言ったということにショックを隠せないエルネスティは、少しマヌケな顔をしていた。
イリナはそのマヌケな顔を見て、あまり聞いてくれていないように感じてしまい、強めに確認した。
「もう、ちゃんと聞いて。私、国へ戻ったら、女性近衛騎士団を作りたいの。すぐには無理かもしれないけど、クリスタもカールロの伝手を使って手伝ってくれるっていうし。タービオ様がおっしゃるには、辺境伯様に相談すると、強いけど爵位を継がない親族の女性とかいることがあるらしいわ。辺境伯様には、エルスから話をしてもらえると嬉しいわ。
タービオ様ったら、奥様との馴れ初めとか話し出すのよ。惚気話を聞いちゃったわ。奥様も女性近衛騎士団にいるんですって」
イリナは話しながら夢が広がっていき、どんどん楽しくなった。一人でまくし立てて話していることにも気が付かず、一気に喋った。
「奥様?」
エルネスティは、急に顔をあげた。
「そうよ。で、二人目はね、その女性近衛騎士団で剣術を教えてらっしゃるニーロ様で、ニーロ様の奥様が今1番強いんですって。明日にでも、奥様に合わせてくれるそうなの。
すでに何年も前から女性騎士はいたのに、女性だけの近衛騎士団にするとなると、話は別らしいわ。リーダーが男性なのはその辺りが理由ね。うちだったら、まずは私がリーダーになろうと思っているの」
イリナがまくし立てている間、エルネスティはポカンと口を開けたまま、昼間のこととイリナの話を回想し、照らし合わせていた。そして、いきなり大笑いを始めた。
「フッハハハ、そっか、そっか。ハハハ、ヘンリッキとカールロにやられたよ」
イリナが訝しんでエルネスティを見た。
「あー、ごめんごめん。そうか、女性近衛騎士団か。それはいい考えだね。その話は、また今度ゆっくり詰めよう」
エルネスティは、冷静になった。が、攻め時だと覚悟もした。
「うん、お願いね」
イリナはエルネスティに反対されなかったことで、今は充分だと感じていた。簡単な話でないことは理解しているのだ。
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