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19 偏屈公爵令息の初恋の行方

 母上や、妹たちと早めの昼食をとる。


「その王女殿下とは、昨日、踊ったの?そこで口説いたの?」


 母上は、公爵夫人なのに、僕たちだけのときは、平民のように話す。領地では、その方が親しまれるそうだ。


「踊ってないし、口説いてないよ」


 僕は母上に興味を持たれないように、つっけんどんに答えた。


「なんで??」


「僕はエルネスティの世話で忙しかったし、彼女がどうしていたかも見る余裕はなかったから」


 素っ気なく答えて、食事に忙しい素振りをする。母上は、そんな僕を真っ向無視!平気で質問を続ける。


「まあ、王子殿下の側近になるなら、それくらいはしかたないわね。じゃあ、どうしてここへ来ることになったの?」


「よくわからない」


 まさか、母上に、姫君に絆されて覚えてないとは言えない。


「ふーん。でも、まっ、楽しみね」


「え?顔出すの?」


「当たり前でしょう。息子の初彼女なのよ。それも王女!さすがに我が息子ねぇ。やることが大きいわぁ。ほほほほほ」


 僕は急激に食欲をなくした。


「今まで、ヘンリッキが男色だの、私が怖いから嫁候補がいないだの、私が散財していて嫁を迎える金がないだの、まあ、散々噂をばら撒いてくれたかのご婦人にご報告しなくちゃならないわねぇ。オホホホ」


 僕は母上を睨んだが、素知らぬ顔で躱された。


「明日以降の主な大きな茶会を見繕っておいてちょうだいな」


 執事が返事をして頭を下げた。

 母上の笑顔は、僕からは、どうみても悪巧みをしている悪魔にしか見えない。なのに、この笑顔がちまたでは、天使だの女神だのと言われているのだから、不思議でならない。


〰️ 


 6歳と4歳の妹がお昼寝して、間もなく、オイビィ王女が来たと執事から呼ばれた。

 玄関には、僕と執事と14歳の妹と母上が並んだ。


 執事がドアを開けると、こちらに向かって小さく会釈をしたオイビィ王女が入って来た。


 神々しい美しさだった。僕は一言目を失った。しかしながら、昨日ほど、華美ではないものの、自宅で少人数のお茶会には相応しくないくらいのドレスだった。それを見た、母上は、挨拶をはじめた。


「王女殿下、はじめまして、ヘンリッキの母でございます」


 普段いなくてもさすがに公爵夫人である優雅さだ。


「はじめまして、トフスカラ公爵夫人。オイビィ・ゲルドヴァスティですわ」


 こちらもさすがは王女であった。


「こちらは、上の娘でございます」


 妹まで優雅なカーテシーで僕だけが取り残された。


「王女殿下、愚息が察しが悪いようで申し訳ありませんでした。あちらにお茶を用意してございますので、少しだけお待ちくださいませ」


「わかりましたわ」


 母上が意味のわからないことを言った。しかし、オイビィ王女殿下は、それを理解したようで、輝くような笑顔で了承したのだ。僕はびっくりし過ぎて、顔もそのままだった。


 母上は、妹に指示をした。妹は、もてなしの用意をしたサロンへとオイビィ王女殿下を案内するようだ。それから、母上は、執事に指示を出す。


「畏まりました、奥様。

坊っちゃま、では、こちらに」


 母上に頭を下げた執事が僕の方へ襲いに来た。僕は執事に強引に僕の部屋へと連れ込まれた。そして、メイドに服をひんむかれ、着替えをさせられ、頭髪もセットされる。


 その後で、引っ立てられたのは、公爵家の大ホールであった。


 母上がピアノに座り、メイドの何人かが、楽器の用意をしている。そして、妹に手を引かれたオイビィ王女殿下が入ってきた。


「素晴らしいホールですわね」


 部屋をぐるっと見渡して、こちらに笑顔を向けた。僕はそれだけでグラつきそうだった。


「兄様っ!」


 妹に怒られる。あっ!そっか。母上をチラリと見れば、頷いている。


「姫君、僕と一曲踊っていただけませんか?」


 僕はオイビィ王女殿下に手を差し出した。


「ヘンリッキ様。ふふふ、ええ、よろしくてよ」


 オイビィ王女殿下の細くて小さくて柔らかい手が僕の手に重ねられた。ほんのり温かい。手を引き寄せれば、オイビィ王女殿下の芳しい香りが僕を包む。


 母上が奏でる優しいピアノと、執事の奏でるシャープなフルートが僕たちの足を運ばせる。何も言わないまま、3曲踊った。ステップをキチンと踏めたのは、普段の訓練の賜物だろう。なんせオイビィ王女殿下の近過ぎる笑顔で、僕の頭は真っ白になっていたのだから。


 そこからの僕はまるで決められた台詞を言う役者のようだった。そうしなくてはいけないと脳の奥から命令されていたのだ。


 僕は跪いき、細くて小さくて柔らかくて温かい手をとった。


「オイビィ・ゲルドヴァスティ王女殿下、私ヘンリッキ・トフスカラと結婚してほしい。私は貴女に一目惚れいたしました。そして、貴女の真摯で前向きな姿勢を見て、ますます貴女の横に立ちたいと思いました。立場違いゆえ、貴女に不便な思いをさせるかもしれない。だが、変わらず愛し続けることをお約束いたします。どうか、私の妻になってください」


「ヘンリッキ様、そのお申し出、お受けいたしますわ。末永く、可愛がってくださいませね」


 その場にいた家族と家族同様の使用人たちが、拍手で祝ってくれた。


〰️ 


 そして、いつの間にか、サロンでお茶をしている。母上の超絶おしゃべりを聞きながら。


 プロポーズの余韻は、消えた。母上恐るべし。


 でも、オイビィがすごく楽しそうで、母上と話も合うようで、それはそれでとても喜ばしいことだ。


 帰り際、オイビィが言った。


「そうだわ、ヘンリ様。明後日の王城での夜会に招待されておりますの。エスコートしてくださいますか?」


「え?あ、は、はい」


「まかしておいて、オイビィちゃん!控室へお迎えに行けばいいのかしら?」


「はい、お義母様、よろしくお願いいたしますわ」


「わたくしも出るのよ。一緒に楽しみましょうね」


「はい、お義母様!」


 僕無しで話が進んでいるような気がするのは、気のせいか?


〰️ 〰️ 〰️


 その夜、母上は、怖かった。


「一言一句すべて言ってみなさいっ!」


 昨日の言葉を言わされた。実に恥ずかしい。


「ほんと、あなたってあの人の息子なの?ロマンチックの欠片もないわね。


いい、『このドレス、どう?』は『あなたのためにおしゃれしてきたのよ』という意味なのよっ!わかる?」


 え!?まさか!?


「好きでもない男100人に褒められるより、好きな男一人に褒められたいのよ、お、ん、な、は、ねっ!」


 僕は5歩下がったが、母上との距離が変わらない。怖い。


「その後に『明日、貴方の家へ行くわ』っていうのは、『貴方のためのドレスを無駄にしてしまったわ。今日、踊れなかった分、明日もう一度チャンスをあげるわ』って意味なのよっ!」


 信じられない……。

 母上はため息を交えながら、僕を見下しながら、両腕を腰にして、応接室を右に左に歩きながら、僕に説教していた。


「でなかったら、ただのお茶会にあんなに素晴らしいドレスを着てくるわけがないでしょう?はあ、最初から、そう聞いていたら、もっとスマートにエスコートさせたのにぃ!私まで恥をかくところだったわっ!


あなたねぇ、はぁ、淑女の言葉の裏をわからずに、社交界でやっていけるの?そんなんじゃ、外交交渉どころじゃないわよぉ」


 母上の言葉が、心に釘を刺していく。


「とにかく!女性のことや大人としてのことををもっと学びなさい!勉強が足りないのよっ」


 そして、母上が応接室を立ち去りながら、何かブツブツ言っていた。僕には聞こえない。


「それにしても、オイビィちゃん、そんな淑女言葉を使うなんて、やるわね。あの子が公爵夫人になってくれるなんて、楽しみだわぁ」


 僕は母上がいなくなった応接室のソファーに深く沈み込んで天井を仰いだ。メイドが持ってきてくれた冷たい紅茶をお替りして、やっと部屋へと戻る気力が戻った。


〰️ 


 翌朝、執事が持ってきた本は「社交術の話術」と「女性への褒め言葉100選」だった。褒め言葉って100もあるのか?いや『選』だからもっとあるのかっ!恐ろしい。

 

 そして、王城夜会の会場では、もちろん、アルットゥ王子とエルネスティ王子、二人の王子にからかわれる。アルットゥ王子だって、マーリア・ケネスキターロ公爵令嬢をエスコートして、デレデレしていたのに。解せない。

  

〰️ 〰️ 〰️



 それからというもの、時間を見つけては、オイビィと一緒に図書室へ行ったり、学食でオイビィがお茶を入れてくれたり、オイビィと学園の中庭を散策したりと二人の時間を楽しんだ。


 学園の休みの日には、警備の都合で市井に遊びに行くことはできないが、王宮の庭園は許可していただいたし、植物園や王立図書館、そして観劇と、毎週のように逢瀬を楽しんだ。



〰️ 〰️ 〰️



 楽しければ楽しいほど、オイビィがゲルドヴァスティ王国に帰る日が近づいていることを感じてしまう。


 オイビィが帰国する前日には、オイビィがとても悲しんでくれ、ずっと泣いていた。


「オイビィ、学園を卒業したら、オイビィのご両親にご挨拶に伺うよ。たったの一年だ。待っていてほしい」


 オイビィは、泣きながら頷いてくれる。


「僕の姫君、僕も君と一緒にいたい。だから、君のご両親に認めてもらえるように頑張るよ」


 翌日、オイビィを見送るのはとても辛かった。


〰️ 〰️ 〰️


 それからの僕は、真剣だった。何せ、隣国の国王陛下を説得せねばならないのだ。


 5月から、エルスが政務をするというので、もちろん積極的に参加した。

 6月からのエルスの試みにも同行した。


 12月、エルスとヨエルとともに学園へと戻ってみると、僕的に大変なことになっていた。今まで、僕に見向きもしなかった、イヤ、僕のことを怖いと言って話しかけてもこなかった高位貴族のご令嬢たちが、こぞって押し寄せてきた。中には腕を絡ませ、柔らかい膨らみを押し付けてくるご令嬢までいた。


「ヨエル、これはどういうことだと思う?」


「マーリアに聞いたのですけど、ヘンリッキは去年の王城の夜会で笑顔で踊っていたそうですね。高位貴族のご婦人方が目を光らせていたそうですよ。そのお宅のご令嬢方ではないかと思いますよ」


 マーリア嬢は、アルットゥ王子のお相手として、夜会に来ていたのだ。


「そ、そんなつもりはないっ!」


「僕に言われても困りますよ。オイビィ王女とのダンスは、きっと楽しかったのでしょうね。

 今まで恋をしないと思われていた宰相子息が実は恋をするのだとわかり、更にはそのお相手は、みなさんから見れば『いなくなった』のです。チャンスだと思われて当然ですね」


 僕は閉口するしかできなかった。


「僕たちは今まで学園を休んでいたので、気が付かなかっただけで、オイビィ王女が帰国してから、学園内では、噂になっていたようですよ」


 そして、これは学園のパーティーでも同じで、去年よりも疲れるパーティーであった。



〰️ 


 しかし、1月2月にエルスが政務に力を入れてくれたので、学園へ行くことは少なく、被害も少なくて済んだのだ。


 と、ホッとしていたら、エルスから爆弾を投下された。なんと、エルスは祝いの使者としてマーリア嬢とともに婚約発表パーティーに参加するという。


 学園長と生徒会を説得して、3週間後に予定していた卒業式を1週間前倒しした。エルスはこれだけだと思っていたようだ。


〰️ 


 僕は父上に、オイビィへの思いを伝え、エルスに同行してプロポーズしてきたいことを伝えた。

 翌日、父上から登城するように言われ、さらに翌日、父上とともに登城すると、国王陛下の執務室に通された。


「ヘンリッキ、お前はエルネスティの側近として仕えるつもりはあるのか?」


「はい、国王陛下。もちろんでございます。更に、将来は宰相となり、エルネスティ王子殿下の右腕となりたいと存じます」


「そうか、では、ここにサインせよ」


 それは、国に仕えるという宣誓書であった。普通、4月に勤務登城した初日にするものである。それを先にさせてくれるというのだ。僕は喜んでサインした。


 3日後、僕の元には、国王陛下からの推薦状と父上からの婚約及び婚姻了承証明書が届いた。父上!ありがとうございます!


 そうして、オイビィへのプレゼントや、オイビィのご両親への挨拶のプレゼントなどを用意し、エルスたちとともにゲルドヴァスティ王国へと向かうこととなったのだ。

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