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18 偏屈公爵令息の初恋

 オイビィ王女が僕の側までやってきた。


「そう、ヘンリッキ様も部がおやすみでしたのね。あ!そうだわ、お待ちになってね」


 オイビィ王女がパタパタと早歩きでカウンターへ行った。そして、お茶を用意して、ワゴンを押してくる。


「お湯を入れると重たくなりますでしょう。そうすると、持ち上げた時に、茶器がカチャカチャと音を立ててしまいますの。そのために、ワゴンを使うのですわ。わたくし、そんなことも知りませんでしたのよ」


 オイビィ王女は、とても優雅で、見ているだけでもてなしを受けている気分になった。


 僕の時とは違い、お湯入れが2つ。一つは布の蓋がされている。蓋のされていない方のポッドからカップにお湯を注ぎ、ボールに捨てる。時間が来たら、布を取り、ポッドを軽く揺する。2つのカップに交互に入れていく。最後の1滴が落ちた。


「どうぞ」


 オイビィ王女が、僕の前に置いてくれる。それだけで、香りがする。


「うわぁ、いい香りだ!」


 まだカップに触れてもいないのに、香りが漂う。一口いただく。


「これは、うまいっ!うちのメイド長くらいうまい!」


 先週、僕が彼女に入れたお茶が恥ずかしいほどだ。僕は奇譚なく褒めた。本気で褒めた。


「まあ、大袈裟ですわ。そこまで上手にはいきませんわ。でも、淑女部でお勉強いたしましたのよ。ヘンリッキ様におもてなしできて、とても嬉しいですわ」


 謙遜しながらも笑顔であったので、きっと彼女としても自信があったのだろう。彼女も僕の向かいに座ってお茶を飲んでいる。とりとめもない話をしていたら、あっという間に、時間になってしまった。


「素晴らしいおもてなしをありがとうございました」


 僕は紳士を気取って礼をした。オイビィ王女がまるで花のようにほころばせた。そのあまりの美しい姿に、僕は余計なことまで言ってしまった。


「よろしければ、王城までお送りしたいのですが………」


 オイビィ王女は、目を見開いている。僕は自分の図々しさにあきれて、言い訳をした。


「あ、僕の馬車には、執事も乗っているので心配ありませんよ!あ、いや、そうではないですね。私などに送られても困ると言うか何というか。申し訳ありません。忘れてください!」


 僕は慌てて付け加えた。


「ヘンリッキ様!ヘンリッキ様!」


 彼女は、僕の腕を一生懸命に擦っていた。僕は慌てすぎてパニックになっていたようだ。こんな醜態、恥ずかしすぎる。僕は俯いた。たぶん顔は赤い。


「ヘンリッキ様……」


 心地よい声音で僕を呼ぶので、僕は上目遣いで彼女を見た。彼女はまるで女神のように慈悲深い微笑で僕を見ていた。


「ヘンリッキ様、わたくしを送ってくださいますか?」


「はい、姫様」


 二人で茶器を片付けたのだが、あまり覚えていなかった。


「お手を………」


 僕は腕を差し出した。彼女は、なんの躊躇いもなく、腕を乗せてくれる。近くになるといつも香る甘いかおり。クラクラする気持ちを打払い、馬車寄せへエスコートする。馬車にエスコートして乗り込むと、執事が端に寄った。

 今日のところは、僕と執事が並んで座る。


 彼女と何気ない話をしながら、王城の門へと向かう。執事が衛兵に許可をもらい、中へと進む。入口では、僕が先に降りて、彼女の手をとった。


「ありがとうございました。とても楽しかったですわ。ヘンリッキ様、またお茶にお誘いしてもよろしくて?」


 僕は、楽しかったのは僕だけでなかったことに舞い上がり、またしても図々しいお願いをした。今度は慌てないで落ち着いて。


「姫様、次は僕からお誘いしましょう。よろしければ、明日、我が家でお茶をいたしませんか?」


「まあ!うれしいですわ。では、午後のお茶のお時間に伺ってもよろしくて?」


 彼女は小首を傾げてオッケーをしてくれたので、僕は膝をついて、彼女の手をとった。


「お待ち申し上げております」


 彼女の柔らかい手に口づけをした。

 彼女は、馬車が見えなくなるまで見送ってくれた。僕も窓からずっと彼女の姿を見ていた。


 翌日のお茶会は、とても楽しかった。それからは週末に時々、我が邸で、お茶をすることもあった。


〰️ 〰️ 〰️


 オイビィ王女とのお茶会を楽しんだ翌週、二人きりになった生徒会室でエルネスティに声をかけられた。僕とオイビィ王女がどうなってるかという質問だ。答えにくい。


「編入初日、講堂の方で迷子になって座っているオイビィ王女を見つけて、助けたんだ。その昼食に、エルスたちと一緒になったろう?」


「それで?」


「うーん、それで懐かれたかなぁ、と」


「それだけ?」


 まだ聞くか?なんかしつこいぞ。


「僕も悪い気はしないなぁ、と?」


「好きなんだ」


「なっ!まだ2週間だぞ!」


 僕は心臓が飛び出そうになった。そ、そうなのか?僕はオイビィ王女を?


「じゃあ、あと何週間あったら、好きになるんだよ」


 とにかく、ここは逃げなくては。


「……7年も片思いしてると、違うな」


「なっ!なんだよそれっ!」


 なんとかエルネスティとイリナの話にしてその場を誤魔化した。


〰️ 〰️ 〰️



 文化祭は、概ね成功だった。生徒たちも楽しそうだったし、お客様も楽しんでいただけたと思う。

 僕は各部が滞りなく運営できているかのチェックが忙しく、彼女との接点を持つ事ができなかった。今日は、エルスと一緒にいるはずだから、何の問題もないだろう。


 僕と一緒でない彼女は、どんな様子なのだろうか?それを知ることはできないけれど、僕と一緒の時の笑顔は見せないでほしいと願ってしまった。


 誰にも言わないのだ………思うだけなら構うまい。



 僕は彼女が好きなのだろうか?確かにかわいいとは思う。素晴らしい方だとも思う。一緒にいて、楽しい。

 でも、彼女が王女だから傅いてしまうだけなのではないか?王女と一緒にいるという優越感なのではないか?

 独占欲?それも、彼女が王族ゆえであろう?


 エルスなら大丈夫だ。エルスがどれだけイリナを好きかをよく知っている。

 ……………だが、エルスが、国王陛下が、王妃殿下が、国のための婚姻を考えていたらどうなる?エルスの場合、エルスの気持ちより優先されるのではないのか?


 は?なぜ僕が彼女の結婚相手の心配をしているんだ?彼女は王女だ。僕が考えていい相手ではない。


 初めての気持ちに理解がついていかない。僕はどうやら自分の気持ちを分析するのは、苦手なようだ。



〰️ 〰️ 〰️


 

 エルスが、生徒会室に集まることをやめさせたおかげで、オイビィ王女との接点が減るかのように思われた。しかし、オイビィ王女やアルットゥ王子とは、朝も必ず合流するし、昼食も一緒だ。こうして、接点を持っていくと、さすがの僕でも、自分が誰を見ているのかを理解し、同時に自分の気持ちも理解した。


 それに気がついてしまえば、もっと一緒にいたくなる。僕は歴代の王族の婚姻について調べ上げた。どうやら、高位の公爵であれば、降嫁を望んでも問題ないようだ。父上は、領地については、母上と管理人に任せているが、チェックはこまめになさっているし意見も出す。母上の裁量が素晴らしいのは認めるが、とにもかくにも、領地は順調に繁栄している。そして、父上は宰相である。


 僕が宰相と公爵家を継ぐことは、今までは『義務』のように感じでいたところがあったが、今は『僕の望み』である。この望みの先に、彼女の降嫁があるのだから。それからは、今まで以上に勉強もするようになったし、集中してできるようになった。


 勉強だけではない。僕は仕事上、オイビィ王女のカリキュラムは把握していたので、オイビィ王女の空き時間は、僕も空き時間にして、積極的にお茶に、お誘いした。こういうとき、卒業資格を取得しておいてよかったと思う。

 オイビィ王女との時間はとても楽しく、とても安らげ、とても幸せな時間になった。


 僕は、オイビィ王女が好きなのだ。はっきりと自覚した。



〰️ 〰️ 〰️



 年末には、毎年、学園のダンスパーティーがある。婚約者のいないエルスは、誰をエスコートするのか、いつも注目される。今年はオイビィ王女をエスコートすることで事なきを得た。

 この後、エルスとオイビィ王女の婚約の噂も出たが、真実を知っている僕は、そこまで気にしていない。いや、気にしていた時期もあったが、今はエルスの気持ちが変わることもないし、イリナも充分に国のための相手といえるとわかっている。


 オイビィ王女は、『踊るのはエルスだけでいい』と言っていたのは、少しほっとしている自分がいた。僕は仕事上、おそらく今年も誰とも踊れないので、その権利もない。いや、気持ちを伝えてないのだから、それ以前の問題である。

 王女付きの近衛が、誘ってきた男子生徒のピンバッチを確認すれば、あとはオイビィ王女の気持ちだけの問題で、誰かがオイビィ王女と踊ることは可能だ。それまでは、強制禁止はできない。


 ダンスがはじまると、エルスと踊りたい女子生徒たちが集まりだす。下心のある人半分、純粋に王子様に憧れる人半分。どちらにしてもエルスと結ばれることはない、ということは、本人たちは知らない。

 僕たちから見たら、エルスのイリナへの気持ちは、見え見えなのだが、他の人たちは剣で勝ちたいだけだと本気で思っているようだ。


 その人混みを整理して、パーティーを滞りなく進める。忙しさの中で、彼女への嫉妬や欲望も忘れていた。


 やっと終了の時間になり、会場が解散し、エルスが退場すると、どっと疲れが出た。会場には僕だけが残った。他の生徒会メンバーは、要人のお見送りなどに行っている。片付けの使用人たちが来る前に、椅子に落ちて、肘を膝に乗せて、大きく息を下に向けて吐いた。


 僕は今年も誰とも踊らなかった。特に思うことはない……はずだ。


 『コツコツコツ』


 奥の扉からこちらへ向かってくる靴音に、ゆっくりと目を向けた。そして、その人を認識すると僕は目と口を大きくあけた。神様が、僕が会いたいと思った人を連れて来てくれたのかと思った。 


「ヘンリッキ様」


 輝くばかりの姫君が、麗しく愛おしく甘い声音で僕の名前を呼ぶ。僕は嬉しさのあまり震えた。


「オイビィ王女殿下」


 僕は声まで震えていた。そんな僕をも受け入れてくれる彼女の笑顔は、僕を女神の抱擁を受けたような感覚にさせる。


「クスッ。このドレス、どうかしら?」


 ドレスを軽く摘み、クルリと回ってみせる。フワリと揺れるスカートが僕に目眩を起こさせる。そして、こちらを向いてまた優しく微笑む彼女を見て、僕は、力が抜けた。いや、魂が抜けた状態だったと思う。


「とてもお似合いです。姫君」


 僕は力が入らず、椅子の背もたれに寄りかかり、腕の力も抜けてダランとさせていた。口は半分開きだ。なのに、目だけは彼女を追いすぎて瞬きもできない。彼女を見逃したくないのだ。


「まあ、姫君だなんて、ふふ。ヘンリッキ様ったら、わたくしの従僕みたいですわよ」


 両手を小さな口に、当てて、少し俯いて小鳥のように笑っていた。


「姫君の従僕なら、喜んでなりましょう」


 僕は椅子に座ったままだが、胸に手を当て、礼をして、顔をあげた。彼女は、一瞬目を丸くしたが、女神の微笑になった。


「そう?では、明日、そなたの家へ参ります。もてなしの用意をしておくように」


「畏まりました」


 僕は、立ち上がり、再び胸に手を当てて、今度は深々と頭を下げる。


「馬車寄せまでエスコートしてちょうだいな」


「はっ!」


 僕は、フワフワとして、甘い香りがして、美しい人がいて、まるで夢の中にいるようだった。

 馬車に姫君をエスコートし、馬車を見送っても、しばらく現実に戻ってこれなかった。


 会場の片付けに戻ってきたカールロが僕を探しに来て、なんとか会場へと戻ることができ、片付けの指示もした。…………らしい。



〰️ 〰️ 〰️


 屋敷に戻ってきて、どうやって寝たのかは、覚えていない。たが、今日、昼過ぎに姫君が来ることは、きっちりと思い出した。そして、年末の王城での夜会のため、母上も帰ってきていることも思い出した。母上に相談をして、もてなしの準備をする。母上の指導で、花を飾るのも、僕がやった。なかなか難しいものだ。午前中に、料理人と相談して、お菓子を決めたりしていたら、あっという間であった。

 

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