17 偏屈公爵令息のお仕事
お昼のベルが鳴るまで、二人でおしゃべりをした。僕は彼女の国を知らないし、彼女もこの国を知らないので、話が尽きることはなかった。僕は家族とイリナ以外でこんなにおしゃべりしたのは初めてで、結構楽しかったんだ………とても楽しかったんだ……。
エルネスティとヨエル、アルットゥ王子が学食に入ってきた。そして、僕らに気づいて、アルットゥ王子が手を振って、僕たちの側まで来た。
「ヘンリッキ、オイビィ王女と一緒だったのか。朝、紹介できなかったから、丁度よかったよ。
アルットゥ王子、彼も生徒会の一員です」
エルスが空かさず紹介してくれた。
「アルットゥ王子殿下、トフスカラ公爵家が長男ヘンリッキです。お見知りおきください」
僕は立ち上がって、アルットゥ王子に挨拶をした。
「短い間だが、よろしく頼む。生徒会のみなさんには、特に世話になることになると思う」
「はい。そのように聞いておりますので、ご心配は必要ありませんよ」
「そうか。頼もしいな。ハハハ!」
アルットゥ王子はとても気さくな方で、僕の肩を叩いた。
「ヘンリッキ様!生徒会の方でしたの?まあ、これからもよろしくお願いしますわね」
オイビィ王女がなぜか喜んでくれた表情に、心臓が騒がしくなったような気がした。
そこいたメンバーとともに昼食をとり、午後の授業へと向かった。
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始業日から2日目の放課後、文化祭準備のため、昼食の後、生徒会室へ行った。前年までの企画や予算などを確認していた。放課後になり、ヨエルも来た。すぐにエルネスティとカールロ、イリナ、それから、アルットゥ王子とオイビィ王女も入室してきた。
「ゲルドヴァスティ王国の学園には、生徒会がないそうだ。アルットゥ王子もオイビィ王女も生徒の自治というものに興味があるそうだ。文化祭の仕事を手伝いながら、生徒会を知っていきたいとおっしゃっているから、生徒会の一員として、よろしく頼む」
エルネスティから説明があった。
オイビィ王女がすぐさま、僕のところに来る。
「昨日は、ありがとうございました。わからないことだらけなので、いろいろと教えてくださいませね」
オイビィ王女が昨日より随分と明るく、可愛らしく小首を傾げてお願いしてくる。僕は少しだけ目が泳いだ。あまりにも…………直視できなかったんだ。
「ハハハ、頼ってください」
「はいっ!」
美しいのに、素直で可愛らしい返事に戸惑ってしまう。
美術部、演劇部、音楽部、天文部、図書部、淑女部、ガードゲーム部、ボードゲーム部、園芸部、語学部、地理部、演算部、歴史部、装飾研究部、経済研究部
学園には様々な文化部がある。
「淑女部は、学園での淑女の時間とは異なりますの?」
「淑女の時間は、講義ですよね。淑女部では、お茶の入れ方だったり、お茶の飲み方だったり、お花の飾り方だったりを実践しているようです。去年の文化祭には、お花の展覧会を催しておりました。王妃殿下がいらっしゃって、それはそれは褒めていらっしゃいましたよ」
「それは、素晴らしいですわね。そういえば、わたくしも愛でてはいますが、実際に自分で飾ったことはありませんわ」
「そうですか。そういう方が多いのでしょうね。我が家でも、母が飾るのは応接室だけで、後はメイドがやっていますよ」
「公爵夫人様でも、ご自分で飾られますのね。それがもてなすということかもしれませんわね。わたくしもやってみたくなりましたわ」
僕の話を、前のめりになって興味深く聞く彼女を好ましく思わない男などいるはずもなく、僕ももちろん好ましく思ってしまった。だが、僕は自分をわかっているので、即座にその気持ちは消し去った。相手は王女殿下なのだから。
「オイビィ王女殿下もアルットゥ王子殿下も今週中に、所属部をお決めくださいね」
「わかった。演算部とは、何だ?」
「どうやったら、早く演算ができるのかを研究したり、実際に演算机を使ってどれだけ早く計算できるかを競ったりしています」
「生徒が計算机を使えるのか?あれは難しいと聞くが」
「はい、コツがいりますね。実は僕は去年演算部でした。両手を使い、目も使うので、間違わずに使いこなすのはかなり手こずりました。結局三年生には、敵わなかったな。その方は、財務局へ仕えてますよ。数字が好きなのでしょうね」
その方は、男爵令息にもかかわず、実力で高官になり、即活躍したと父上からも聞き及んでいる。そして、その噂が広がり、今年の演算部は、下位令息の三男四男で溢れかえった。
「ハハハ、それは頼もしい新人文官だったろうね」
計算机とは、机に溝が5列ついていて、そこに、赤玉2つと白玉5つを並べる。足したり引いたりする数字を見ながら、その玉を動かしていく。書かれている10個の数字を計算する時間と正確さを競うのだ。
「去年は、ということは、今年は違う部になさいましたの?」
「ええ、今は地理部に所属しています。地形や場所による変化を研究していくのは面白いですよ。先輩方の残した文献を読むだけで時間が過ぎてしまうほどです」
僕は気がつくと少し興奮していた。それほど地理部は面白かった。だが、こんな話をして失敗したと思った。女性が喜ぶような話ではなかったからだ。
「まあ!そんなに違うものですか?ふふふ」
オイビィ王女は、そんな僕の話を呆れるのではなく、楽しそうに聞いてくる。僕は戸惑いながら、彼女の質問の『違い』について、話をした。
「そうですね。例えば、寒暖差がある地域を比べれば、当然育つ物は違いますよね。逆にいえば、寒暖が同じ程度なら、他国の植物などが育てられるかもしれない。僕は食料事情のヒントにならないかと考えています」
「まあ!素晴らしいお考えですわね。この国を視察させていただくときに、そう考えて視察をすれば、我が国にもいいものがあるかもしれませんわね」
僕の言葉を素直に受け入れ、それを自分のものにする。なんて、勤勉で国民のことに貪欲な方なのだ。僕は心から称賛した。
結局、オイビィ王女は淑女部、アルットゥ王子は経済研究部に所属することになった。
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文化祭まで、あと1月、今日は、午前中の授業がすべて文化部で、文化祭の出し物を決めることになっている。
僕の所属する地理部では、国内の木々の生態について、調べて展示することになった。予定としては、地図上に、主な木を示し、その木の特性などを展示する予定だ。貴族の部員たちに、自分たちの領地の木を確認させたり、他の部に所属する領地にも聞きたいので、誰か誰に聞きにいくのかなどを、決めていった。僕は生徒会があるので、基本的に放課後の部活動には参加できない。こういう時間は精一杯協力する。今日だけで、随分目処がたった。
僕は午後から、授業には出ず、各部からあがってきた企画と予算を見て、返却か採用かを、判断していく。返却された部は、縮小するなりして、対応してもらう。
「ヘンリッキ、一人でやるなんてみずくさいですね。お手伝いくらいできますよ。呼んでください」
ヨエルが思っていたより、早くに現れた。僕の脇にある書類に目を通していく。
「午後の授業は、すでに終わっている部分だったからだよ。たまたまだ。だが、ありがとう、ヨエル」
「いえいえ。うわぁ、みなさん、随分と予算オーバーですね。こういうのも、政務に繋がるってわかってるのですかね?」
ヨエルは呆れ顔だ。学園でのことがすべて勉強になっていると考えて動けている者は少ないのは残念でならない。
「ブハハ、まず考えてないね。恐らく、そういう調整は毎年三年生がやってしまうのだろうな。返却されることが勉強になるのだから、いいんじゃないか」
実は僕も少し呆れているのだが、それを見逃さないのも、僕の試練・仕事だと思ってやっている。
「もうすぐ、今日の終業ですね。手分けして返却に行きましょうか」
「そうだな。じゃあ、ヨエル、これを頼む」
半分ほどの紙を渡して、ヨエルと別れた。
返却に行くとどの責任者も渋い顔をする。いくら貴族学園だからって、何でもありではない。
「予算内でやっていただくことも勉強の一つです。今週中に再検討、よろしくお願いします」
有無を言わさず付き返す。こういうとき、僕の怖い顔は、役に立つ。あ、ヨエルは大丈夫だろうか?
生徒会室に戻る途中、ヨエルと合流できた。
「とにかくニコニコしていたら、受け取ってくれましたよ」
ヨエルは、その人たちに向けたのであろう顔を向けてきた。そんなもんなのか?僕の怖い顔である必要はないのか?
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生徒会では、案内書や招待状について決めていく。各部でやりたいことはメモしておいたので、それを踏まえて、各部の使用室を決めていく。
「演劇部は、小ホールですの?てっきり大ホールかと思っておりましたわ」
オイビィ王女は目をぱちくりさせていた。僕はあまりの可愛らしいさに笑ってしまった。僕の笑いにオイビィ王女が笑顔で返してくれて、ドキリとした。僕はオイビィ王女から視線を外して説明した。
「ハハハ!
あー、それはプロだからですよ。淑女のみなさんは、まず大きな声は出したことがない。演劇部はそこから苦労するそうです」
演劇を見て憧れて入部して、5月くらいに泣いているのは、演劇部の女子生徒が多い。
「まあ!そうですわね。わたくしも小ホールの端まで聞こえる声が出せる自信はありませんわ」
「声出しにもコツがあるようですよ。お腹を使うと言っていましたね。僕にはわからない感覚です」
ヨエルが自分の腹を押しながら説明して、苦笑いしていた。
「騎士団では、大声練習はするぞ。こうやって、腹から出すんだ。わぁーー!!」
みんなが耳を塞ぐ。
「カールロ、一言言ってからやってくれ」
エルスの喝で、みんなで笑った。彼女は口元を抑えて笑っていた。横にいた僕からは彼女の笑顔が、とてもよく見えた。そう、美しい笑顔が、とてもよく見えたんだ。
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気がつくと、彼女は僕の側にいつもいるような気がするなぁと思っていた。最近では、本当に僕の手伝いを主にしてくれているのだとわかる。仕事の合間の会話も彼女の真面目さが表れていたり、美しい笑顔をのぞかせたりする。
いつの間にか、僕はこの時間が長く続くことを望んでいた。
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僕の気持ちとは逆に、文化祭の仕事はどんどん進み、予定より順調だった。
「今日、私とアルットゥ王子は、美術館へ行って、借りられる絵を見てくる。だから、みんなも今日のところは自由にしてくれ」
エルネスティが僕たちに指示をした。僕たちは、それぞれの部に顔を出すことにした。しかし、残念ながら、地理部は今日は休みだった。時間を持て余した僕は本を持って学食へ行く。一人分の簡易お茶を入れて奥の席に座る。
しばらくして、オイビィ王女が現れた。
「あら?こちらにもいないということは、淑女部はお休みですわね。ふぅ」
オイビィ王女は、とても残念そうに小さなため息をついた。可愛らしいくて、僕は一人微笑してしまう。
オイビィ王女は、柱の影で、僕には、気がついていないようだ。
「コホン、オイビィ王女殿下」
「きゃっ! まあ、ヘンリッキ様、いらっしゃいましたの?淑女部はどうやらお休みのようですわ。ヘンリッキ様はいかがなさいましたの?」
「クックックッ」
オイビィ王女が、小さく飛び跳ねた。余りの可愛らしい驚き方に、僕は笑ってしまう。一応我慢をする気はあるので、握りこぶしを口の前に置いたが、隠せてはいないだろう。
「あっと、失礼しました。地理部も休みみたいです」
「もう、驚かしておいてひどいですわ」
口をぷぅと膨らませた顔がまた可愛らしくて僕はまた、笑ってしまう。
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