16 偏屈公爵令息の言い訳
僕、ヘンリッキ・トフスカラは、公爵家の長男だ。父上は現在宰相を務めている。祖父も宰相であったので、僕が宰相になることは当たり前のように育てられた。だが、それをプレッシャーに感じたことも、嫌だと思ったこともない。勉強は好きだったし、時々見る国王陛下の隣に立ち国王陛下から意見を求められている父上は、かっこいいと思っていたから、僕もそうなるために努力することも嫌ではなかった。
この国では、他国と比べて、貴族にも関わらず、恋愛結婚が多い。そのため、幼い頃からの婚約関係というのも、他国と比べれば、大変少ないだろう。
恋愛結婚が多いから、結婚が遅めかと言うとそうでもない。貴族の義務として、子孫を残すことは必須であるのは今も昔も変わらないのだ。平均寿命が50歳から55歳であるので、結婚適齢期は、18歳から22歳ということになるだろう。
幼い頃に親によって婚約者が決められた者は、学園卒業とともに結婚する者が多いし、学園で恋愛結婚する者でも20歳で結婚することがほとんどだ。
恋愛結婚といっても、お互いの爵位は気にしなければならないし、跡継ぎ問題や領地経営問題、さらには相手の家計問題なども考慮しなければならなず、簡単ではない。
そして、僕は公爵家の長男だ。僕と結婚を考えられる爵位を持つ家の女性は大変少ない。さらに、僕は宰相になるつもりなので、領地経営などをある程度任せられる女性でなければならない。僕の母上は、元侯爵令嬢で、領地経営が大好きな女性だ。あまり王都の屋敷にいないほどだ。父上は、それを喜ばしいと言っている。こんな両親であるが、思いっきり恋愛結婚で、母上が王都の屋敷に戻っている期間は、父上は必ず数日仕事を休むほどである。父上の僕への口癖は、『早くデカくなれ、私は妻と領地へ引きこもりたい』である。母上が王都にいないにも関わらず、僕に妹が3人もいるのは、ある意味納得である。一番下の妹などは、まだ3歳だ。
あ、ちなみに僕は、16歳、学園の一年生です。
そして、そんな恋愛脳の両親なので、僕にも婚約者はいない。しかし、こうして、学園生活を1年間過ごしてみると、僕は両親に婚約者を決めておいてもらった方が良かったのではないかと感じている。
まず、僕は女子生徒と話ができない。彼女たちの言っている意味がわからないのだ。僕は市井の流行りにも、社交界で流行りのドレスにも全く興味はない。市井なら治安について話したいし、社交界なら領地経営状態について話したい。
さらに困ったことに、僕は顔が怖いらしいのだ。いつも『怒ってるの?』とか『具合が悪そうね』とか言われる。僕は至って平常心だし、健康体である。解せない。
と、言う訳で、僕には恋愛結婚は向いていないように思えるのだ。婚約者の決まっているカールロが羨ましい。さらに、カールロは、親が決めた婚約者なのに、とても好き合っているようだ。何の奇跡だ?と問いたくなる。
え?イリナ?もちろん、イリナとは話せるよ。あいつとの話は面白いし、あいつとは爵位も合う。だけどさ、僕の友人であるエルネスティがあんなにお熱なんだ。あそこに割り込むほど、イリナに恋愛感情はない。
あ、そっか!僕はエルネスティよりずっと前にイリナに出会っているのだ。その時に婚約者にしてもらえばよかったんだな。イリナとなら、恋愛感情はなくとも、お互いに尊重し、尊敬しあえると自信を持って言えるからな。
なんてことに今更気がついても遅いのだ。
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そして、僕たちは二年生になった。一年生の間に、卒業資格に必要な単位はすべてとった。大袈裟に言えば、あと2年間遊んでいてもいいわけだ。勉強のため、他国留学を考え始めた時、生徒会役員を打診された。メンバーが、エルネスティ、カールロ、ヨエル、イリナだったから、面白そうだと思って、引き受けた。
すぐに、企画を話合い、一年生歓迎会をはじめ、いろいろとやった。忙しいまま1学期を終えた。これはかなり充実していた。企画を考え、予算を出し、工夫をするのは、とても面白い。
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9月、始業日、今日から隣国のゲルドヴァスティ王国より、アルットゥ王子とオイビィ王女の双子が視察留学に来ると聞いている。イリナは、朝からオイビィ王女の護衛だと言っていた。お二人を学食にいるエルスのところまで、ご案内も兼ねているのだろう。僕は、その日、先生に呼ばれていて、朝の学食で、アルットゥ王子とオイビィ王女に挨拶ができなかった。
お昼前の授業時間、僕は選択科目の関係で自由時間であった。そういう時は、基本的に図書室へ行くことにしている。本を選んで窓際のいつもの席へ行く。
座ろうと思ったとき、ふと窓の外の人影が気になった。華美な服装は控えるはずの学園で、通学にしては豪華なドレスを纏った女の子が、校舎の影に座っている。僕はすぐに当てはまる人物に思い当たり、放っておくことはできまいと、彼女を迎えに行くことにした。
『どうかなさいましたか?具合でもお悪いのですか?』
僕はゲルド語で話しかけた。恐らく彼女の母国語だ。
『っ!なんでもないわ』
まるで怯えているのに威嚇する子犬のようだ。あまりに素直な反応に思わずフッと笑った。彼女がさらに威嚇の目の色になった。かわいいなと僕は思ってしまった。
『僕はイリナとエルネスティ王子の友人です。とはいえ、信用できないのは当然ですね。学園長を呼んでまいりましょう。しばらくここで待てますか?』
『だ、だめよ。心配かけたくないの』
怯えているのに甘えない状況で育った特有の意地張り。いつもそういう男を近くで見ているので、特段驚きも軽蔑もない。
『んー、では、学生食堂へ参りましょう。お茶でも飲めば落ち着くでしょう』
僕は、なんとはなしに、手を差し伸べた。彼女が異国で一人ぼっちのように見えたからかもしれない。
一瞬躊躇した彼女だったが、僕の手を取り立ち上がった。
僕の心臓は、とても大きく跳ね上がった。幼い妹たちとは違う、細くまっ白な指なのに柔らかく温かいその感触に、戸惑ってしまった。しかし、それを顔に出さずに、立ち上がった彼女のドレスのホコリをはらう。
彼女と並んで歩く。
『どうして、ゲルド語で話しかけてきたの?』
俯いている彼女は、少し悔しそうにも見える表情だった。できれば自分で解決したかったのだろう。
『異国で一人ぼっちでいたら、心細かっただろうなと思ったからですよ。どうして、あんなところにいたのです?』
『イリナ様と別の授業だったの。イリナ様にはクラスはわかるから大丈夫だと言って別れたのだけど、迷子になってしまって。授業も始まってしまったし、どうしたらいいかわからなかったの』
『そうでしたか。イリナも初日なのに軽率だな』
僕は片目だけ釣り上げて少しだけ険しい顔をした。僕としては、『貴女に責任はない』と言いたいだけのつもりだった。
『イリナ様は、悪くないわ!クラスまで送るって言ってくれていたもの。わたくしが、自分を過信していたのだわ』
イリナを庇うだけではなく、自分で反省もできることに驚いた。僕は女性は人のせいにすることが多いと思っていたから。
『そうやって、ご自分を反省できるのは、ステキなことですね』
『なっ!へんなとこ、褒めないでくださいませ。ただ、誰かに頼ってばかりなのが苦手なだけです』
随分と素直な方だ。初対面の僕に苦手な話などして大丈夫だろうか。心配になる。
『ハハハ、初日なのですよ。頼って当たり前でしょう。「自分への自信」と「頼ること」、これらのバランスは、経験していけばわかることです。今日のことは、気にしないくていいですよ。ここに座ってください。お茶をお持ちしましょう』
学食のテラスにある丸テーブルへ案内して、僕は彼女へ椅子を引く。キレイな仕草で彼女は座った。その仕草にドキンとする。
トレーにカップ2つとお湯の入ったティーポット、砂時計を逆さにして、持っていく。
「学生食堂ですのに、本格的ですのね」
僕は彼女の向かいの席へ座る。
「テルハリ語がお上手ですね。もちろん、簡易お茶もありますが、今は急ぎませんし、やはりこちらの方が美味しいですからね。僕は、学園に来てからお茶の入れ方をイリナに教わりました」
「イリナ様はなんでもおできになるのね」
自分と比べているのか、気落ちしているようだ。
「そうですね。幼い頃から知っていますが、常に努力していますよ。僕の刺激になる女性ですね」
「そうなのですね。努力ができる人。本当にステキな女性だわ。朝もエスコートしてくださったの」
「そうでしたか。男装で驚かれたのではないですか?
どうぞ」
紅茶をカップに、注ぎミルクポッドを添える。僕は笑顔でカップを置いた。
「ありがとう」
彼女の笑顔が、チクリと胸を刺す。
彼女は、ミルクを少しだけ注ぎ、ミルクティーを口にした。一つ一つの仕草がとても優雅だ。さすがに王女様だと思わせる。
「とても美味しいわ。ありがとうございます。
あら?わたくしったら、名乗りもしないで、ごめんなさい。
オイビィ・ゲルドヴァスティですわ。今日からこちらに留学に来ましたの」
予想通り、オイビィ王女殿下であった。
「トフスカラ公爵家が長男ヘンリッキです。お見知りおきください」
「ふふふ、いまさら自己紹介なんて、不思議ですわね」
紅茶がリラックスさせたのか、今までで1番の輝く笑顔だった。僕は笑顔で返したが、僕の笑顔を怖がってはいないようだ。
「そうですね。僕も平常心でなかったのかな?お恥ずかしい。ハハハ」
「そうやって、わたくしを庇ってくださいますのね。ありがとうございます。なんだかスッキリしましたわ。わたくし、自分で思っていたより、余裕がなかったようですわ。ヘンリッキ様に言われたように、慣れるまでは、もっとまわりに頼ることにしてまいりますわ」
「はい。それがいいと思います」
なんて素直に学べる方なのだ。王族なら、もっと高慢でもいいのに。
「ヘンリッキ様もわたくしを助けてくださいますか?」
「もちろんですよ。オイビィ王女殿下に頼りにされるなんて、誉れです」
僕は騎士の真似をして、胸に手を当て頭を下げた。いや、真似をしたのではない。本当に彼女のためにという気持ちになっていたのだ。
「フフフ、誉れだなんて、まるでわたくしを守ってくださるおつもりみたい。嬉しいわ」
まるで僕の心の奥を見られたようで、そう言われると照れてしまう。お守りできるのならば、してさしあげたい。僕は彼女と会って小一時間のうちに、騎士道精神を熟知してしまった気分であった。
これが騎士道精神なんていうものではないことは、後で気がつく。
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