ヘタレ王子の邂逅
僕は幼いときから、容姿端麗、文武両道と言われていて、自分もそうだと思っていた。だから、まわりが僕より劣って見えたし、僕に相応しいものがないと思っていた。
今思うと恐ろしいほど傲慢で嫌なやつだ。
そんなある日、騎士団員の子息なら、相手に不足なしとばかりにその鍛練場へ護衛を伴い訪れた。そこで見た物は僕にものすごいショックを与えた。
だって…………
僕なんかよりずっと強かった。
僕なんかよりずっと美しかった。
そして、僕より少し小さかった。
さらに、僕と違って女の子だった。
僕は彼女に魅了されて、しばらく動けないでいた。はっと、我に返った時、僕は決心したんだ。彼女に僕のお嫁さんになってもらうと。彼女に認めてもらうには、きっと彼女に勝たなければならない。そのためにはまずは鍛練だ。僕は今までにないくらい一生懸命に鍛練した。
さらに、彼女を幸せにするためには、僕は立派な王様にならなければならない。だから、僕は今までにないくらい一生懸命勉強もしたし、みんなに優しくもしたし、父上や母上を見て威張るだけではダメなんだってことも知った。
半年後、僕の護衛騎士が、真剣な顔で頷いた。
「ずいぶんとお強くなりましたね」
僕は気合を入れて、彼女に挑みに行った。
「イリナ、僕と剣で勝負だ!僕が勝ったら僕の願いを聞け!」
強く見せるために胸を張った。
一瞬『ポケッ』としたイリナだったがすぐに理解したようだ。
「エルネスティ様、わかりました。では、参りますよ」
イリナは構えて待っていた。僕は、上段の構えから、走り出す。
カッキーーン
僕の木剣は、いつまにか宙を舞っていた。そして、手も空振っていた。剣を跳ね上げられた重さも感じない。『あれ?』と思ったら、手が軽くなった感じ。
僕は、秒殺で負けたらしい。
後で護衛に聞いたら、僕の剣を左に避けた瞬間に、柄の手前を跳ね上げ、軽く捻っていたそうだ。力で跳ね上げられると手に衝撃が残るのだが、イリナの攻撃は、手に衝撃がない。だからこそ、余計に心に衝撃が残る。
僕はその場に膝をついた。イリナが僕の剣を拾ってきてくれた。そして、それの柄を僕に差し出す。
「エルネスティ様、一緒に鍛練しましょう。エルネスティ様なら、きっともっと強くなります」
イリナはキラキラした瞳でそう言ってくれたんだ。僕に諦めるなって。僕はイリナとなら、どこまでも頑張れるって思った。
僕が座ったまま剣を受け取ると、イリナは僕が立ち上がるために手を伸ばした。僕はその手を取らずに自分で立ち上がった。
「わかったよ。じゃあ、僕のことをエルスって呼んで。そうしたら、一緒にやるよ」
「ふふふエルス様、では一緒にやりましょうね」
今度は僕から手を差し出した。イリナは先程拒否をされたと思ったのだろう。ちょっとびっくりしていたが、すぐに笑って、僕の手を握ってくれた。剣マメがあるのを感じた。イリナも努力しているんだってすぐにわかった。これからは、一緒に努力できることが嬉しくなった。
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彼女は、週に一度だけこの鍛練場に現れた。そのときは必ず僕も参加した。三月に一度くらい、彼女に勝負を挑んだ。一緒に鍛練していれば、まだ彼女に勝てないことなどわかっていたが、彼女の美しい舞を目の前で見たかったし、彼女に僕の存在をまわりと一緒にしてほしくなかった。14歳までの鍛錬仲間の中で、11歳になった僕は、一応彼女の次に強かったから、僕が彼女に挑むことに疑問を持つ者はいなかった。
後に、近衛騎士団員の方にも、僕より強いやつカールロがいると知った。カールロとイリナは、僕とは別の日に、カールロの方の鍛練場でやっていると聞いた。だが、僕はこれ以上は鍛練の時間をとることは難しかった。
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僕が13歳になる春。母上が選んだ者が王城に呼ばれた。ヘンリッキ、ヨエル、カールロ、イリナだった。四人は週に3回ほど来て、来れば朝から夕方近くまでいた。母上は、『学園の練習ですよ。』とおっしゃった。
四人とは、時にはお茶をしたり、乗馬を練習したりした。中でも、誰かのやりたい勉強をするのは、とても面白かった。僕が選ばない授業だからだ。ヘンリッキは経済学や経営学を、ヨエルは薬草学や医療学を、カールロは戦略論や地理学を、そしてイリナは語学や農学を希望した。
「イリナ、どうして、農学なの?」
農学の先生は、さすがの僕でも会ったことがない。だって、僕は農家になるなんて考えたことがないもの。
「争いの理由って、ほとんどが食べ物なのよ。たとえ、小さなケンカであっても、食べ物かお金が理由。お金は食べ物を買うため。だから、農業がよくなれば、争いが減るんじゃないかなと私は思うの」
イリナの目は真剣だった。僕はそんなイリナがとてもステキだと思ったし、とても感心してしまった。
「へぇ!!」
イリナは王立騎士団団長ハールシス侯爵のご令嬢だ。きっと町中の争いの話を聞いているのだろう。
「お父様とも、『どちらが悪いか』ではなく、『どうすればその争いが起きなかったか』と考えてお話をするのよ」
僕は感嘆と驚愕と落胆した。落胆はもちろん自分にだ。イリナの言葉は、争いに限らないと気がついた。泥棒も盗賊も『悪いこと』であると決めるのは他の者がやる。僕は『どうすれば彼らがそれをしなくなるか』を考えなければならない立場なのだ。
やっぱり僕は優秀などではなかった。また1つ、イリナに大切なことを教えてもらった。
「イリナはすごいね。それは僕が考えなくてはならないことだね」
僕は落胆を顔に出してしまった。ヘンリッキたちが、僕の顔をびっくりして見ていた。
「エルスだけで、考える必要はないでしょう?みんなで考えるためにみんなでお勉強しているのよ。ねぇ?」
イリナがヘンリッキたちに合意の確認をする。
「当たり前だろう!」「一緒にだよなっ」「そうですね、ハハ」
イリナは、『みんなで』ということを当たり前だと思ってくれていた。ヘンリッキたちも、僕の背中をバシバシ叩いて、励ましてくれた。
「そっか。これからも一緒に考えてくれる?」
「「「「もちろん!」」」」
五人でいい国にしようと決めたんだ。そして、僕はそういう国民の生活のことを考えるイリナのことがどんどん好きになったし、それを一緒に考えて叶えていきたいと思ったんだ。
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僕たちは学園へ入学した。僕は入学した日から、口調を変えた。初めは戸惑っていた四人もそれを受け入れてくれた。でも、イリナは、いつでも『エルネスティ王子殿下』と呼ぶようになった。
「この5人のときは、エルスでいいんだよ」
「いえ、誰に聞かれているかわかりません。ヘンリッキたちは男同士ですので、誤魔化しができますが、私は、こう見えても女です。下手な嫉妬や噂でエルネスティ王子殿下の名前を落とすわけにはまいりません」
『こう見えても』というが、僕には魅力的な女のコにしか見えないのだが。それはともかく、僕はその嫉妬や噂が、イリナを傷つけることもあるのだと思い、イリナの言葉を受け入れた。僕たちはまだ16歳で、そういう裏と表の使い分けなどが上手くできない頃でもあった。
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学園では、今まで勉強してきたおかげか、入学したばかりであっても、上位のクラスを選択できるものもあった。どんな科目であっても、テストに合格すれば、ランクを上げることができて、特別ランクになれば、その科目に対して自分で好きなことを調べ、先生にレポート提出という形になる。僕はいろいろな物を特別ランクにして、自分が今までやってないこともやってみるようにした。そうすると、今まで知らなかったことや知らなかった考えなどを知ることができて面白かったし、僕がこの国を背負う時に大切だと感じられた。しかし、僕は武術は特別ランクになれなかった。
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他の四人も僕のように考えてくれて、2年生になる頃には、5人とも卒業資格を取得していた。
2年生になった5月、この5人が生徒会に任命された。
生徒会になって、初めての企画は、5月末の一年生の歓迎会であった。すでに卒業資格を取得していた僕らは、時間を見つけては生徒会室に集まり、議論した。いろいろな意見が出て、とても楽しかった。
結局、学園全体を使ったスタンプラリーをやって、一年生には、学友と協力しながら、学園を知ってもらうことにした。これは大成功だった。
6月には有志参加のお茶会、7月には有志参加の乗馬会なども行った。
夏休み前日には、チーム対抗のボーリング大会を開催した。これはみんな夢中になった。
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9月になり、隣国のゲルドヴァスティ王国から、アルットゥ王子とオイビィ王女の双子が視察留学に来た。隣国には生徒会というものがないらしく、それを主にやりたいとの要望だったので、生徒会室にはいつでも来ていいことにした。
イリナは、オイビィ王女の護衛となり、朝はアルットゥ王子と三人で歩いている。学食で待ってる僕たちのところまで来るのだが、いつも楽しそうだ。
生徒会では、文化祭の企画準備で忙しかった。アルットゥ王子とオイビィ王女はよく手伝ってくれるのだが、オイビィ王女はどうもヘンリッキを気にしているし、アルットゥ王子はイリナによく話しかけるし、なんだかモヤモヤした。
ある日、ヘンリッキと二人になったタイミングで、オイビィ王女のことを聞いてみた。
「編入初日、講堂の方で迷子になって座っているオイビィ王女を見つけて、助けたんだ」
ヘンリッキは、ちょっと渋い顔をしていた。本当は言いたくないようだ。
「それで?」
「うーん、それで懐かれたかなぁ、と」
「それだけ?」
「僕も悪い気はしないなぁ、と?」
言いたくないではなくで、ヘンリッキ自身がわかってないから、説明できないのかもと、僕は考えた。
「好きなんだ」
「なっ!まだ2週間だぞ!」
今まで見たことのないくらいヘンリッキは狼狽えていて、口調も怒っている。ヘンリッキ余裕なし。ムフフ面白い。
「じゃあ、あと何週間あったら、好きになるんだよ」
僕も少し膨れて聞いてみた。いわゆる『煽る』ってやつのつもりだ。
「……7年も片思いしてると、違うな」
「なっ!なんだよそれっ!」
ヘンリッキのやつ、自分が不利になったら、僕に矛先を向けた。僕は全く余裕がなくなった。
「気が付いてないのは、イリナ本人だけだぞ。僕よりエルスが頑張れよ。剣を挑むだけがアプローチじゃないだろう。だいたい、剣でイリナに勝てるわけないじゃん。カールロでさえ五分なんだよ」
あまりにも図星すぎて、僕はズーンと俯いてしまった。ヘンリッキは、少し慌てて、僕の肩に手を置いた。
「ご、ごめん!言い過ぎた!あ、あのな、エルス。もっとエルスの得意なことで、アプローチすればいいんじゃないか?」
「得意なことって?」
僕は顔を上げて怨めしそうにヘンリッキを見た。ヘンリッキは、少し仰け反った。
「あー、コッホン!そ、そうだな。やっぱり、エルスがイリナより優れているのは、勉学だろうな。今、イリナが取っていない科目で、将来、国で使えそうなものを、とりあえず、片っ端からやってみたら?」
「国で使える科目?」
僕はイリナとみんなと農業の勉強をしたことを思い出していた。
「エルスと結婚したら、王妃になるんだぜ。武術以外で頼れる王様になればいいんじゃないの?」
「け、結婚??!!」
「この年までずっと片思いなら、考えることだろう」
ヘンリッキの中では当然だったみたいだ。
でも、僕は出会った時から『お嫁さんに』って考えていたとは、言えなかった。
それから僕はイリナに挑むことをやめ、その分経済学など、国経営について学ぶ時間を増やした。卒業資格はあるので、学園でできないことも、王宮で学んだりもした。
でも、イリナがそれに気がついた気配はない。
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