12 騎士ガールの誤解
イリナは深呼吸して、エルネスティに向き合った。
「ふぅ。あのですね。なぜ、オイビィ王女殿下とヘンリッキが婚約したのですか?」
単刀直入に聞いた。が、この質問自体がトンチンカンなので、エルネスティは、やはりわからない。
「なぜとは?私は二人が、オイビィ王女の留学初日に運命の出会いをしたと聞いているが?」
エルネスティは、わからないながらに、『オイビィ』『ヘンリッキ』というワードから導いた状況説明をした。
「え?運命の出会い??」
イリナが思考の彼方でワード検索をする。
「それって、まさか、オイビィ様が迷子になったって話ですか?」
「ああ、そうだ。イリナも聞いているのだな。それからすぐにお互いに意識したそうだ」
イリナの脳内ワード検索は見事にヒット!だからこそ、頭を抱えたくなるイリナ。エルネスティは説明を付け足す。
「オイビィ王女が帰国する前日など泣いていて可哀想だったぞ。馬車の中も大変だったのではないか?」
「いえ、馬車ではアルットゥ王子殿下が……。って、それはいいのです!え?でも、視線はエルネスティ王子殿下に……」
イリナは一生懸命に自分の中の正解へ導こうと考える。
「私の隣にヘンリッキがいたからな。そちらも、オイビィの隣にイリナがいたから、な」
だから見つめていたと言いたいが、イリナがまた思考の彼方だ。エルネスティは、次の質問を待つことにした。イリナの思考はフル回転しているので、さほど時間はかからない。
「そうなんですか。 えっと、では、どうして、エルネスティ王子殿下とオイビィ王女殿下は、ここ一年、手紙のやり取りをしていたのですか?」
イリナはこれは確信があると、ズイッとエルネスティに詰め寄って、少し下から睨む。
「は?私とオイビィ王女が、か?」
「はいっ!」
イリナにとっては、鬼の首をとったような気持ちである。
「私が手紙のやり取りをしていたのは、イリナだけだ。時々、カールロともあったな。でも、私が書き綴っていたのは、君への手紙だけだよ、イリナ」
エルネスティの言葉は、語りかけるように優しく『イリナ』と呟くようだ。傍から見れば色っぽい。伝えたい人に伝わらないことが残念でならない。エルネスティが『イリナだけだ』と言った言葉はイリナに軽く流された。
エルネスティは、ダンスの途中から、イリナに『嬢』をつけていないのだが、イリナには違和感とは感じていないようだ。なので、エルネスティはこのままにしておくことにした。
「え?では、誰と?いつも手紙で、優しい言葉をかけてくださるとオイビィ王女殿下はおっしゃっていましたよ」
エルネスティがこれほど説明しても、『そんなことできるのは、あなただけでしょう!』と思っている。確かに、イリナに普段から優しく言葉をかけていたのはエルネスティだけであった。ヘンリッキは気楽すぎな言葉だし。カールロとは、騎士同士だし。ヨエルは丁寧すぎる。
「んー?」
エルネスティが腕を組んで考えていた。何せ、オイビィの手紙の内容などわからないのだから。でも、やはり、答えは1つしか見つからない。
「その内容で、私と勘違いしていたというなら、ヘンリッキなのだろうな」
エルネスティがうんうんと自分の答えに頷いた。
「っっ!そうなのですか??」
イリナの中では、『優しい言葉』と『ヘンリッキ』は、同時に引っかかるワードではないので、驚きを隠せない。
「いや、わからんが、おそらく、そうであろうな」
実はエルネスティもそうなのだが、状況判断では、ヘンリッキだとしか考えられないのだ。
「生徒会で親切にしてくれて、お茶にもさそってくれて………って……」
イリナは、オイビィから聞いたワードを並べていく。
「生徒会では、みな、親切にしていたと思うが、オイビィ王女をお茶に誘ったのはヘンリッキだけだと思うぞ」
イリナは、スッーと思考の彼方へ沈んでいった。先ほどまでの雰囲気とは変わったので、エルネスティは、じっと待った。
エルネスティは、メイドに新しい紅茶を頼んだ。
エルネスティが届いた紅茶に口をつける時
「え!えーー!じゃあ、私のアドバイスって恥ずかしくないですか?お似合いですよとか、言っちゃったし」
イリナが急に立ち上がって、声を高らかにした。エルネスティは危うく吹き出すところだった。ポケットからハンカチを取り出し、口元を拭う。
「イリナ、落ち着こうか。二人は美男美女だぞ。誰が見てもお似合いだ。君のアドバイスは、間違えていない」
エルネスティが少しだけ袖を引けば、イリナは簡単に腰を落とす。
「彼もオイビィ様をちゃんと思っていますよ、なんて、何にも知らないのに、断言しちゃったし」
イリナは、目を閉じてオイビィとのお茶会を頭に描いたまま喋る。
「ヘンリッキは、オイビィ王女に惚れ込んでいるぞ。
どんなアドバイスをしたのかはわからんが、ヘンリッキはオイビィ王女からの手紙を喜んでいたぞ。宰相の妻として頑張ってくれるつもりなのだと惚気ていたからな」
エルネスティは、イリナの腕を擦りながら、落ち着かせようと必死だ。
「あー!王女としての責を担っていればいつかお役に立てるかなとおっしゃっていましたので、きっとお役に立てますと答えました。役に立つのかしら?」
イリナが眉を下げて、エルネスティを心配そうに見た。心配しているのは、オイビィのことなのだが。
「なんでも、他国語で書いてくるそうだ。外交にも連れていけると喜んでいたぞ」
「あー!それ!それ、アドバイスしました。そっか、ヘンリッキも語学は堪能って言ってたわ」
なぜかすべてが合致していく。
「刺繍入りのクラバットをもらって、『政務にも使って』と書いてあったとかで、来月の初登城で着けるそうだ。あいつの惚気はホトホト嫌気が差したぞ」
「あ、その話も知っています!」
イリナはエルネスティに詰め寄るような形になり、顔が近くなった。エルネスティは戸惑ったが、イリナの頭には、目の前のエルネスティはいないので、この距離でもイリナには問題ない。
「あれ?これって全部ヘンリッキの話なの?」
イリナは、顔をエルネスティから離して、テーブルを見やる。エルネスティは、なんとか抑えた自分の欲望に、ふっとため息を漏らす。
「そのようだな……」
「えーーー!私が彼を幼いころから知っているから相談にのってくれ、とか、テルヴァハリユ王国に輿入れしても仲良くしてくれとか」
もう一度、顔が近くなる。今度はさすがのエルネスティが仰け反って耐えた。
「あ〜、おそらく、全部ヘンリッキとのことだな」
イリナは、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。イリナは、これでもまだ納得できずに、またしても思考の彼方へ旅立つ。エルネスティは、慌てて紅茶を飲み、自分を落ち着ける。
「あ、でも、ダンスをしたっておっしゃっていたものっ!」
顔だけガバリと上げて話し出す。『ほらやっぱりね、騙されないわ』と言いたげだ。
「卒業パーティーでは、ヘンリッキは誰とも踊ってないはずだわ。なのに、『王女であるわたくしとあの方が踊るとみなさんに注目されましたのよ』って」
目玉だけをエルネスティに向けた。その仕草が可愛らしくて、エルネスティは吹き出した。
「ぷっ!ああ、それはな、王城の夜会で、オイビィ王女のエスコートをヘンリッキがしたんだよ。もちろん、ダンスもしたさ」
エルネスティは、ひとつ深呼吸をした。
「今までなんの噂もなかった宰相子息が、女性を連れてきたと思ったら、王女様だぞ。それはみんな驚くし、注目もされるはずだ。宰相夫人がニコニコしていたよ」
『ゴチン!』イリナがテーブルに頭を突っ伏した。エルネスティは、肩をビクッとさせた。そして、イリナの額が心配で、声をかけるかかけまいかとオロオロしていた。
「信じられないわ。会場でお話したかったって、王城のことなの?ただの侯爵令嬢である私が参加しているわけないわよね。ダンスも見れるわけないわ。ハハハ」
イリナはテーブルに突っ伏したまま、ブツブツ言っている。
「何を聞いても、的確に答える。まるで、相手が何を知りたいかを知ってるようだ。そうだわ、ヘンリッキって、前からそういうとこあるのよ。私はカチンとくるから、否定しちゃうけど」
ブツブツブツブツ
「優しいリードのダンス?私とはそんなダンスしたことないもの。ヘンリッキはいつでも意地悪リードだったわ。エルネスティ王子殿下なら、いつでも優しいリードだった。誤解するに決まってるわ」
ブツブツブツブツ
イリナのブツブツは、大きなテーブルの向かいに座るエルネスティには聞こえない。
エルネスティはしばらくオロオロしていたが、イリナは大丈夫そうだ。だが、どうもこうも自分の求める答えはもらっていない。紅茶を大きく一口飲んでグラスを置いた。
「あのな、イリナ!もう一度聞くが、イリナはヘンリッキが好きだったのか?」
イリナは一度『?』という顔をエルネスティに向けた。そして、起き上がって答えた。
「違いますよ。あ、いや、嫌いじゃないですよ。っていうか、あ、
先ほどより、数々の失言、お許しください」
急に冷静になったイリナが頭を『ペコリ』と下げる。
「いや、私、違うな。僕としてはそちらの方が嬉しいな。昔のイリナみたいだ。僕のこともエルスって呼んでいただろ?そうしてほしいよ」
エルネスティは、微笑していた。本音を言えてこんなにホッとするとは、自分でも考えていなかった。
「え、あの、そうですか。あれ?」
イリナがまたパニックになりだした。エルネスティは急いでイリナが違う方へ考えていくことを止める。
「イリナ、急がなくていいんだ!」
イリナが、エルネスティに頷いてみせた。
「そうだ、まずは、僕が君の前では、『私』を使わないことを許してほしい」
エルネスティは、恥ずかしいそうに乞う。
「許すもなにも…。わかりました」
イリナもこれには、困ってしまったが、拒否するようなことではないし、どうかわるのかもよくわからない。
「うん、ありがとう。父上みたいに威厳のあるしゃべり方をした方がみんなは安心するらしい。僕はあまり、得意じゃないんだ」
エルネスティは、本音を言えてホッとした反動で、今まで誰にも言えなかった悩みを打ち明けていた。なぜか今日はイリナなら、受け止めてくれると思えた。イリナでもあんなに悩むようなことがあるのだと、見てしまったからかもしれない。
「威厳なんて、すぐにどうにかなるものではないですよ。エルネスティ王子殿下、あ、エ、エルス王子殿下も、王太子になって、国王になって、少しずつ、備わっていくものですよ。
今は皆を安心させるために仮面をつけられていることだけでも、素晴らしい努力と才能だと思いますよ」
イリナは、エルネスティが悩みを持っていたことを特別なことだとは思わず、同じ年の青年の悩みとして、受け止めて答えた。エルネスティは、王子である自分の悩みをそのように扱われたことに、気持ちの強張りがすっかり落ちた。
「そうか。じゃあ、今は疲れるけど、張りぼての威厳で頑張るよ。でも、イリナの前では、『僕』でいいかな?」
『仮面でいい、張りぼてでいい』これは、エルネスティをとても開放させた。
「ふふふ、本当に昔みたいですね。もちろん、いいですよ」
「イリナも、二人のときには、僕に敬称はいらないよ。あ、急がないけどね」
リラックスしたエルネスティの笑顔は、破壊力というより、とても幼く見えて、イリナは目を細めて懐かしんだ。
「はい」
イリナも昔のように微笑むことができていたと思う。そして、二人で、グラスを合わせて一口飲み、クスクスと笑い合った。
「ねぇ、イリナって、いつから誤解していたの?」
エルネスティの気軽な口調は、イリナの気持ちもリラックスさせていく。
「へ?いつからというか、今までなので、ヘンリッキとオイビィ王女が出会ってからなのでしょうね?」
イリナの少しマヌケな顔に、エルネスティはふっと笑った。
「まあ、そうなるよね。結構、二人って普段から一緒にいたけどなぁ」
エルネスティは、微笑と苦笑いとの微妙な笑顔をしていた。
ふと、イリナが眉間に皺を寄せた。エルネスティはしばし待つ。
「ちょっと、待って!!!」
イリナは、突然立ち上がって叫んだ。と、思ったら、座りこんで、またまたテーブルに突っ伏した。
イリナは思考の彼方に向かった。
『一緒に考えて一緒に歩める方がいいですね。』『あらっ!それなら、テルヴァハリユ王国にいらっしゃるではないですかっ!』
え?それって誰のこと?
『彼も偏屈なところがあるので、恋愛は難しいのでは、思うのです。お互いに23歳になってもお相手がいなかったら、私が彼をもらってやりますよ。ハハハ』
オイビィ様は、私が、誰をもらってやるって言ったと思っているの?
『まあ!そんな、ゆっくりなお話で大丈夫なのかしら?』
もし、この方なら、王族なのよ。ゆっくりで言い訳ないじゃないっ!
「えーーー!!!」
イリナは、再び立ち上がって叫んだ。
イリナは、自分がどう誤解していたか、そして、クリスタが考えろと言っていたことは何だったのかを思いだした。オイビィに誰を『もらってやる』なんて言ったのかを理解した。
そして、今のこの状況に顔が赤くなるのを抑えられなかった。
エルネスティは、このイリナの不審な行動をただただ見守っていた。
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