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11 騎士ガールの変身

 メイドたちにもみくちゃにされながらも昼食はしっかりととり、ネイル、乾くまで再びマッサージ、軽くメイクをしてドレスに着替えて、しっかりとメイク、ヘアメイク。さすがのイリナもぐったりだ。しかし、ここまでやってくれて疲れているはずのメイドたちは、満足感でキラキラしている。


「イリナ様、おキレイですわぁ」


「男装の麗人とはお聞きしておりましたが、なんと美しい淑女様でございましょう」


「本当にやりがいがございましたわねぇ。イリナ様でしたら、デコルテをお出ししても下品にならないですわよ。ああ、そちらのお支度もしてみたいですわぁ」


 まだないドレスで夢想している。


「ああ、そうですわ!お迎えのエスコートをお呼びするようにと言われておりますの。イリナ様、もう少し、お待ちくださいませ」


 メイドの一人がパタパタと急ぎ足で出ていき、他のメイドが椅子を用意し、コップにお水をくれる。イリナは、一口だけ水を飲んだ。


 さほど待たずに、エスコート役の者が来たようだ。


『コンコンコン』


「どうぞ」


 イリナが答えて、立ち上がる。入ってきたのはエルネスティだった。メイドたちが気を利かせて部屋の隅へと下がる。


「やあ、イリナ嬢」


 笑顔で入ってきたエルネスティは、イリナを見た瞬間、笑顔のまま固まってしまった。

 イリナもなぜか少し俯き、沈黙が訪れる。

 イリナが、上目遣いでエルネスティを確認した。


「エルネスティ王子殿下?」


 我慢できずにメイドたちがクスクスと笑いだした。心の中ではエルネスティに対して、『お気持ちお察しいたします。』と思っているメイドたち。


「あ、ああ、すまない。あまりにも予想以上で。君たちもよくやってくれたね」


 エルネスティはこれでもかというほどの笑顔をメイドたちに向けた。


「「「とんでもございません!」」」


 さすがに王宮のメイドたちだ。エルネスティの笑顔にピクリとも心は動かない。


「失礼ながら、よろしいですか?」


 メイドの一人が一歩前に出て頭を下げた。


「うん。何かな?」


 今のエルネスティは、何でも受け入れてしまいそうなほど、気持ちが高揚している。


「最近、我が国のドレスは、デコルテを出して手袋をするスタイルも流行っております」


「ほぉ」


 『ドレスの流行り』と聞き、エルネスティの耳と目がピクピクと動く。


「とはいえ、そのスタイルは、着る人を選ぶものでして。しかしながら、イリナ様でしたら、下品にならず、きっとお似合いになられます」


 メイドは、目は伏せ気味だが、はっきりと断言するように、口角をあげて、エルネスティに説明した。


「そうか、次のドレスの参考にしよう。ありがとう。楽しみが増えたよ」


 エルネスティの笑顔にも怯まないメイドは軽く頭を下げた。


「とんでもございません」


 メイドたちにとって、今はエルネスティの笑顔より、イリナのドレス姿が最高のご褒美であった。

 イリナは、自分抜きの自分の話に戸惑っている。


「イリナ嬢、みなが待っている。控え室へ参ろう」


 エルネスティが笑顔で腕を出すとイリナは自然に手を添えた。


「はい」


 イリナは手は伸ばしたが、先程からエルネスティが直視できない。いつもにも増して素敵なエルネスティの姿を、エルネスティが入室した時に見てから、ずっとエルネスティの襟元を見るようにしていた。


 エルネスティのエスコートで部屋を出て控室へと歩く。エルネスティは、歩きながら言葉を選んだ。


「イリナ嬢、とても似合っているな。だが、少し痩せられたのか?大丈夫か?」


 エルネスティにも朝のお直しの事は伝わっていた。


「メイドたちにも引き締まったと言われました。こちらでは、剣技の前に、基礎運動をしましたので、そのお陰かと」


 イリナは軍の報告のように発言したが、エルネスティはこれはこれで受け入れているので、全く気にしていない。


「そうか。痩せたわけではないなら安心した。今の君を見たら、みんなも驚くだろうな。楽しみだ。ハハハ」


 エルネスティは、夕べのイリナの様子を鑑みて、『キレイだ』とか『美しい』とか本来女性が喜びそうな言葉は、使わない方がいいと判断していた。今、イリナを変に緊張させたくない。


 控室に入ると、すぐに、クリスタとマーリアが近くに来て、イリナをべた褒めした。イリナは、女性からの言葉なら照れながらも受け入れられるようだ。


「驚いたな。似合っているじゃないか」


 ヘンリッキは、近づきすぎずに褒めた。


「この一年間、ズボン姿しか見てなかったからな。すごく、似合っているぞ」


 カールロは、上から下までジロジロと見て、目を丸くしていた。


「雰囲気が違いますね。この雰囲気もいいと思います」


 ヨエルの不器用な褒め方に、イリナも吹き出した。

 三人は、昨夜のうちにエルネスティからイリナが苦手そうな言葉を聞いていたので、控えめに褒めたのだ。


 ヨエルが今日エスコートするシンティア・ヘイスカトン伯爵令嬢を、紹介してもらった。


〰️ 



 四組で会場の入口へと向かう。エルネスティは、イリナと話はできているが、視線が合わないことを、気にしていた。そうならないために褒め過ぎず、思っていることの半分も伝えていないというのに……。


 イリナたちが、会場入り口に到着したときには、すでに下位貴族の入場はほぼ終わっていた。


 ゲルドヴァスティ王国の高位貴族が紹介され次々に入場していく。イリナの緊張も高まった。大きく深呼吸する。


「イリナ嬢、大丈夫か?」


 エルネスティがイリナを覗き込むので、バッチリ目が合った。イリナがエルネスティの腕を離して、2歩引き下がる。


「え!あ!う!大丈夫でございます」


「そうか、ならいいが……。無理はするなよ」


 エルネスティの心配する顔に、イリナは直視を避けていたことへの罪悪感を覚えた。


「はい」


 もう一度伸ばされた手をとって、エルネスティの目を見た。エルネスティはやっと目が合ったことで、破顔した。イリナはよろめくのをグッと堪えて、さり気なく会場へと視線を動かした。


 ヨエル組、カールロ組、ヘンリッキ組、エルネスティ組、と紹介され、会場内へと進む。これは男性の爵位の順だ。


 会場には、自分たち以外のお客様はすでに揃っている。他国の挨拶は、アルファベット順であるため、テルヴァハリユ王国は最後であったのだ。


 壇上には、国王陛下はじめ、王家の人たちが並んでいる。国王陛下の前まで進む。エルネスティ組の後ろに3組が横に並ぶ形になる。エルネスティに合わせて、七人が最上の礼をする。


「この度は、お招きいただきまして、ありがとうございます。テルヴァハリユ国王の名代で参りました、第一王子エルネスティでございます。

ゲルドヴァスティ国王陛下におかれましては、ご健勝のご様子、誠に喜ばしいことと存じ上げます」


「面をあげてくれ。此度はそちらの国と浅からぬ関係となるのだ。そんなに遠慮することはない」


 会場がざわざわとした。噂の真相に近くなったからだろう。


「学園でも楽しんでくれた様子。またゆっくり話をしよう。今夜は楽しんでいってくれ」


「ありがとうございます。一旦、御前失礼いたします」


 もう一度エルネスティに合わせて最上の礼をして、下がる。


 改めて会場へ向かってゲルドヴァスティ国王陛下が挨拶をした。貫禄のある声が会場内に響いた。


「春の訪れを皆と祝えることを嬉しく思う。さらに、今宵は、皆に祝い事も報告できることをとても嬉しく思っておる」


 会場が少しだけザワザワと靡く。国王陛下の言葉が遮られるほどではない。


「此度、第一王子アルットゥの婚約が相成った」


 会場中が、沸き上がる。


「紹介しよう」


 国王陛下が手のひらを左に向けた。

 アルットゥにエスコートされ、マーリア・ケネスキターロ公爵令嬢が壇上へと上がった。いつの間にかそばからマーリアがいなくなっていたことにイリナは気がついていなかった。

 しかし、今回のエルネスティたちの他国訪問に、マーリアが同行したことは違和感があり、アルットゥとの婚約が発表されて、イリナはその違和感が納得できた。きっと、学園のパーティーでマーリアがパートナーと選ばれていた時点で、お見合いのような形だったのだろう。


「テルヴァハリユ王国のマーリア・ケネスキターロ公爵令嬢だ。去年、アルットゥがかの国へ視察留学した際、見初めたそうだ。二人の未来を見守ってやってほしい」


 国王陛下の言葉で、アルットゥとマーリアが会場に礼をする。会場から拍手が溢れた。


「マーリア嬢は、4月より一年間、学園に通いながら、この国に慣れてもらう。卒業式の後、一月ほどで結婚式を予定している。日付が決まり次第、公布するゆえ、そのつもりでいてほしい」


 この国の貴族たちが、頭を下げて了承の意を伝える。『この国に慣れてもらう』とは、王妃教育をするということだろう。これは、王家に嫁ぐなら避けられないことだ。公爵家に生まれた時点で、マーリアは覚悟していたし、準備もしていたことだ。何の問題もない。



 ゲルドヴァスティ国王陛下の言葉が続く。


「それともうひとつ!オイビィも婚約が相成った。こちらも紹介しておこう」


 オイビィの手をエスコートしているのは、なんと!ヘンリッキだった。イリナは、目が落ちるのではないかというくらい、目を見開いた。


『なぜ?何が起きているんだろう?なぜ?』

 イリナの頭の中は、パニックだ。エルネスティとヘンリッキを交互に見て、俯いてまた交互に見て俯いた。


 イリナがパニックになっていても、国王陛下の言葉は続く。


「テルヴァハリユ王国のヘンリッキ・トフスカラ小公爵殿だ。こちらもかの留学で見初めたようだ。オイビィは嫁下するため、この国では、結婚式などはせぬ。しかし、テルヴァハリユ王国と我が国との更なる架け橋となってくれるであろう。この二人の未来も見守ってやってほしい」


 二人が礼をとると、拍手が鳴り響いた。


「王家としては、今夜は祝いの席と相成った。皆の者にも、楽しんでいってもらいたい」


 そう言うと国王陛下が楽団に合図を送る。音楽が始まり、国王陛下夫妻が1曲目に、アルットゥ王子組とオイビィ王女組が2曲目に、そして3曲目は、他国の来賓組だ。それは決まっていることなので、イリナはボッーとしながらも、順番になれば、素直にエルネスティの手をとる。

 ステップは踏んでいるが、イリナは上の空だ。上の空で踊るイリナにエルネスティは何度も声をかけた。


「イリナ嬢、イリナ嬢、……イリナ」


 エルネスティは、イリナがいつもの思考の彼方とは、違う雰囲気を感じて、焦っていた。


 イリナは、思っていたより上から声をかけられていて、少し戸惑った。


『エルネスティ王子、ずいぶん背が高くなったのね。踊りやすいわ』

 イリナはまた斜めの方向を考えている。いや、思考から逃げているのか。


「イリナ、大丈夫か?あと、少しだ。ステップは合わせていればいい。無理はするな」


『この人はどうして私に優しい言葉をかけているんだろう?ずっとオイビィ王女にかけていた言葉でしょう?あ、私への手紙にも優しく励ましてくれていたわね。一体なんだったのかしら?』


「イリナ、このダンスが終わったら、少し休もう。君が心配だ」


 コクリ、イリナが頷く。

 曲が終わり、会場に軽く頭を下げるとエルネスティとイリナは、会場を抜けた。ダンスホールは自由となり、華々しい人たちが踊り出す。



〰️ 〰️ 〰️


 会場から外に出たエルネスティとイリナが東屋に座るとすぐに、メイドによって、冷たい紅茶が運ばれてきた。エルネスティが会場の方を確認すると、会場のテラスに心配そうな顔をしたヨエルがいた。エルネスティは、ヨエルに手で了承の合図をした。ヨエルは、頭を下げて会場へと戻った。


 イリナは、紅茶を口にする。レモンが入っていてスッキリした味わいだ。


「イリナ?大丈夫か?何だかおかしいぞ?何があったんだ?」


 エルネスティは最近ではなかったくらい、グイグイと聞いてくる。 


「…」


 イリナは、わからないことだらけで、何から聞いていいのかわからない。


「もしかして、アルットゥ王子の婚約がショックだったのか?やはり、イリナはアルットゥ王子のことを…」


 エルネスティは、悲しげに目を細めて、目線を下げた。


「違います!アルットゥ王子殿下には、この国への留学をお誘いいただいて感謝はしておりますし、王族として指揮官として考えていらっしゃるところは、尊敬しております。マーリア嬢とよい縁であるなら、心からの祝福しております」


 イリナは、そんな誤解はされたくないと、まくしたてるように一気に話した。


「では、まさか、ヘンリッキが好きだったのか?」


「まさかっ!ヘンリッキは幼なじみです。気のおけない仲間です」


 アルットゥだのヘンリッキだのと、イリナにとってはありえない方面からの質問に、思わず眉根が寄って、エルネスティを軽く睨む。エルネスティは、睨まれたことなど何とも思っていないが、わけがわからないとは思っている。


「では、どうしたのだ?控室までとは、何か違うだろう?」


 イリナは言うべきか言わざるべきか悩んだ。エルネスティは、イリナをジッと見て、イリナの言葉を待っている。


「オイビィ王女殿下のことですよっ!」


 イリナはシビレを切らして、少しだけ強めに言った。


「もう………」


 そんな自分が嫌になり、小さなため息となる。


「やはり、ヘンリッキのことではないか」


 エルネスティがイリナを見つめたまま肩を落とした。


「そうなんですけど、違うのです。もう!!」


 とうとうため息は抗議の『もう!』になった。エルネスティとのチグハグさに何の話しだったかもわからなくなりそうだ。

 

「ほら」


 エルネスティがイリナにグラスを差し出す。イリナはゴクゴクと淑女らしからぬ飲み方をした。エルネスティは、それを咎めたりしない。イリナはそれで落ち着いた。

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