10 騎士ガールの動揺
明日は、王城で夜会だ。
高位貴族は、当主夫妻とご令息ご令嬢も一緒に、下位貴族は当主夫妻が参加することになっている。
イリナとカールロは、帰国前に国王に挨拶をと、招待を受けていた。今回の夜会では、重大発表があるとまことしやかにささやかれていた。
二人の衣装は、アルットゥとオイビィが用意するから気にするなと言われている。そのこともあり、今夜は王宮の客室に泊まることになっていた。
その夜、王宮で、夕食の席に呼ばれ、イリナとカールロは、用意された衣装で赴く。まずは、応接室にということだった。迎えに来てくれたカールロのエスコートで、二人は応接室に行った。そこには、なんと、エルネスティとヘンリッキとヨエル、クリスタにマーリア・ケネスキターロまでいた。イリナとカールロは、本当にびっくりした。アルットゥとオイビィとは、すでにお話した後らしく、5人の後ろでニコニコしている。
「イリナ!」
満面の笑みとともに、イリナの胸に飛び込んできたのは、クリスタだった。イリナも喜んで抱きしめ返した。
「クリスタ!会いたかったわ」
「「「えー!」」」
みんな、引いた。カールロだけは、口を開けて、魂が抜けていた。ここは涙の再会シーンではないのか、と……。
「当たり前ですわ。みなさんがいらっしゃるのに、いくら婚約者といえど、抱き合ったりしませんわ」
クリスタは、みんなの方を振り返り、清々しいほど顎を上げていた。
「ハハハ、言われて見ればそうだな。カールロ、恥じらいを知っている素晴らしい女性じゃないか」
アルットゥがフォローした。カールロは納得したが寂しいのもあり、苦笑いしかできなかった。
「みんな、卒業式はどうしたの?」
イリナは、腕を組むクリスタに目を見開いて聞いた。まだ少し実感が薄い。
「テルヴァハリユ王国学園の卒業式は、いつもの年より、一週間早めたよ。エルネスティ王子殿下がこちらに来ると譲らなかったからな」
ヘンリッキが、エルネスティを横目で見て、ニヤリと笑う。
「一番来たがったのは、ヘンリッキだろう。とはいえ、雨で一日遅れてしまってな。卒業式には間に合わなかったな」
ヘンリッキのそんな視線など気にも止めず、エルネスティは、イリナを愛おしそうに見た。
「そんな、来てくださってうれしいです。とてもびっくりしました」
イリナはまさか自分たちの卒業式に来ようとしていたなんて、もっとびっくりしてしまった。
「ああ、こちらでの挨拶が終わったら、一緒に帰ろう」
エルネスティの言葉にカールロとイリナは、目を合わせた。自分たちのこの1年間を必要とされているのだと喜び、二人の頬に涙が一筋流れた。
「「はいっ!」」
二人は、大きく頷いた。
〰️
夕食は、大変賑やかで楽しいものだった。夕食の後、カールロとクリスタは、中庭に散歩に出かけた。
そして、エルネスティの誘いで、イリナはサロンでお茶をすることになった。
「一年間、よく頑張ったな。大変だったろう」
エルネスティの美しい笑顔を、久しぶりに間近で見たイリナは、ドキドキしてしまった。視線を合わせることができず、エルネスティがテーブルに置いている手の辺りを見ている。
「いえ、楽しかったです。こちらでは、女性騎士が多いので、刺激をたくさんもらいました」
『視線を合わせないように、あくまでも報告するような感じで』
イリナは自分に言い聞かせていた。ルイーズとの話でも、オイビィとの話でも、自分がエルネスティを想像してしまったことに、背徳感は拭えない。
「そうか。我が国でも、母上や姉上がいらっしゃるのだから、女性騎士を増やしたいところだな」
「ええ、そうですよねっ!」
真っ向から賛成されたことが嬉しくて、イリナは顔を上げてしまった。エルネスティはエルネスティで顔を上げてくれたことが嬉しくて、さらに笑顔力を増してしまった。
イリナは急いで下を向き直した。
「い、今から始めれば、エルネスティ王子殿下のお子様には、女性騎士がつけられるのではないですか?」
イリナが慌てて付け足した言葉に、存外な力があった。
「え?私の…子供…か…」
エルネスティは、手を口に充てて、真っ赤になっている。下を向いてしまっているイリナは、それを知ることはなかった。知ったとしても、自分のことではないと思うのだろうけれど。
「後日の帰国には、オイビィ王女殿下は、ご一緒されるのですか?」
イリナの頭の中では、エルネスティの子供から、オイビィに繋がるのだが、エルネスティには突然の話題変化に感じて、少し戸惑った。
「え?あ、ああ、オイビィ王女な。今回は婚約だけだろうな。結婚式の日取りが決まってから、こちらに来るだろう」
エルネスティが直接には交渉しないので、エルネスティにとって不透明なところも多い。
「そうですか。また寂しい思いをなさいますね」
この1年間、オイビィとのお茶会で、何度か寂しそうなオイビィの笑顔を見ているイリナは、顔を曇らせた。
「そうだな。だが、結婚さえすれば、ずっと一緒にいられるのだ。今だけだと思って待つしかないのではないかな」
「そうですね。私もその日を楽しみにしています。オイビィ王女殿下とは、ずっと友人でいると、約束をしたのです」
『今だけ』エルネスティの前向きな発言に、イリナも、オイビィのことを前向きに捉えることにした。
「そうか、それならオイビィ王女殿下も心強いであろうな」
「それなら嬉しいです」
『女性にとって心強い』と言われたようで、女性騎士を目指すイリナはとても嬉しくなった。視線は下だが、ほんのりと頬を染める。
そんなイリナがとても可愛らしくて、エルネスティは、思わずいらぬ質問をした。
「それで、そのぉ、イリナ嬢は、こちらでいい話などはあったのか?」
「はい!毎日楽しかったですよ」
イリナは、女性騎士のことで頭がいっぱいになり、エルネスティと視線が合っていることに恥ずかしさを感じていなかった。
「え?あ、いや、そうではなくてだな」
「はあ?」
「まあ、その調子なら何もなかったのだろうな。イリナ嬢らしいといえばらしいな。うん」
「?」
イリナは、エルネスティが言いたいことが全くわからなかった。
「明日の夜会だが、私がイリナ嬢をエスコートする。よろしく頼む」
「え?」
当国の王族つまりオイビィは、舞台袖から出てくるのであろうと予想できた。だが、自分でいいのだろうか?イリナは女性としての自分に未だに自信が全くない。国の恥にならなければいいがと、心配している。
『なら、自分はヨエルと』とイリナは言おうとしたが、先にエルネスティが口を開いた。
「ヘンリッキはマーリア嬢、ヨエルには高位貴族のご令嬢のエスコートをさせることになっている」
「そうですか。こちらで知り合いの女性はいませんものね」
それなら、自分しかいないとイリナは諦めた。
「あー、まあ、そうだな。とにかく、明日は迎えに行くゆえ、マーリア嬢と、控え室で待っていてほしい」
「了解しました」
イリナは覚悟を決めた。
「ハハハ、君らしい返事だな」
「あ!騎士返事ですみません。
えっとぉ…。わかりましたわ。よろしくお願いしますわ。 かな?」
「「ぷっ!ハハハ」」
「無理はするな。今の君のままでいいんだ。これからも、ずっと、な」
エルネスティがとても優しい目でイリナを見つめた。イリナは恥ずかしがるより前に、その瞳に惹きつけられてしまった。
「はい。ありがとうございます」
「そろそろ休もう」
「はい」
二人はたちあがる。
「部屋まで送ろう」
エルネスティがイリナに手を差し出した。
「いえ、いえ、いえ、私なら大丈夫です」
イリナは、両手を小さく振った。
「まあ、そういうな。今日はいつもと違うのだぞ。忘れているのか?」
イリナは自分の格好をよく見た。確かにイブニングドレスをまとい、女性の姿であった。
「イリナ嬢、とても美しいよ」
イリナはびっくりしすぎて、エルネスティの顔を凝視してしまった。エルネスティはまだ優しく慈愛に満ちた瞳でイリナを見つめていた。イリナは少しだけ脳内パニックを起こした。
「……は…い?」
「ハハハ、すまない。本当は会ったときに言いたかったのだが、クリスタ嬢の勢いがすごくてタイミングを逃したんだ」
イリナは、腕まで真っ赤になっていた。
「イブニングドレスでこんなに美しいのだ。明日が楽しみだな。私が一番に見られるように、控え室で待っていてることにしよう」
エルネスティの紡ぐ言葉にイリナは脳内がパンク寸前となった。少しだけ揺らめいて、エルネスティがさっとイリナの肘を支えた。
「エルネスティ王子殿下、もう、それ以上は……」
「ハハハ、わかったよ。そういうわけだから、今日は部屋まで送らせてくれ」
エルネスティは、そのままイリナの腕を引き、手をとって、自分の腕へのせた。エルネスティは重ねた手を離さなかった。
イリナは、それには気がつかないほど、脳内の暑さでクラクラしていた。そして、先ほどエルネスティから言われた言葉を理解できなくて、顔も頭の中もゆだったまま、部屋までエスコートされていった。
〰️ 〰️ 〰️
部屋に戻ったイリナは、すぐにメイドに湯船に放り込まれた。
湯船の中で、やっと脳を回復させたイリナはエルネスティ本人に言えない文句をブツブツとお湯に向かって、呟いた。
「エルネスティ王子って、あんなに軽薄だった?オイビィ王女という大事な人がいながら、私にあんなこと言うなんて。
明日はエルネスティ王子とオイビィ王女の婚約発表だと聞いているわ。
そもそも、その前夜に、幼い頃から知っている仲とはいえ、私と二人でお茶ってよくないんじゃないの?
えーこれは、幼なじみとしは見過ごせないよ。ヘンリッキに注意してもらわないと。
そうね、明日、ヘンリッキに報告しよう。
お二人がご結婚して、オイビィ王女が我が国に来てくれたなら、私はオイビィ王女の近衛になりたいわ。うん!これをきっかけに、女性近衛騎士団を作ろう。
エルネスティ王子はオイビィ王女を大切にしていると手紙に書いてあったって、オイビィ王女から聞いているもの。きっと反対はなさらないわ。
そうすれば、弟と争うなんて家族に心配をかけなくて済むようになるわね。うんうん!すごくいい案に思えてきたわ。
あ、その前に王立騎士団に、エルドヴァスティ王国の太刀筋を伝授して、さらなる剣技にしていかないと。
この国は、女性騎士が多かった分、女性ならでは剣技も発達していたわね。私は今回はそこまでは学べなかったのよね。落ち着いたら、またこちらに来ようかしら?
いやいやオイビィ王女の近衛もあるし。
まずは、ヘンリッキにでも相談してみよう。あ、カールロが先かな?まあ、どちらでもいいや。
テルヴァハリユ王国へ戻ったら忙しくなりそうね。なんだかワクワクしてきたわ。
あれ?さっきまで、何に悩んでいたんだっけ?」
違う意味で頭の中がゆだってしまったイリナは、長湯すぎてメイドに心配されてしまった。
寝間着に着替えてベッドへと入る。ウトウト
「あっ!エルネスティ王子の軽薄さについてだっ!ヘンリッキに報告しなきゃ!」
退室しようとしたメイドをびっくりさせてしまって、謝るイリナだった。
〰️ 〰️ 〰️
そして日が登り、夜会の朝だ。メイドたちが朝食を部屋まで運んでくれる。ゲルドヴァスティ王家では、女性の朝食は、部屋でとることが普通だそうだ。お言葉に甘えていただくことにする。この一年間は、学園の寮で、男性並みに食べていた。アルットゥかオイビィからそれを聞いていたのか、朝食にしては、かなりの量であったが、美味しくいただいた。
朝食が下げられると、イリナは、早速ドレスに袖を通してほしいと言われた。
「一度袖を通していただいて、微調整いたします。その後は、湯浴みとマッサージでございます。本日は昼食もこちらで召し上がっていただきます。
昼食をとられましたら、ネイルを始めさせていただきます。歓談の時間を設けたいと伺っておりますので、少し早めにお支度させて頂きますね」
メイドの指示にイリナは頷くだけだ。
と、いうわけで、イリナはドレスの試着をしている。ふわふわドレスが苦手であるイリナをよくわかっているような、ドレスだった。全体的には青色で、スカート丈は決して床につかないくらい、くるぶしより少しだけ長い。高めのウエストベルトからのドレープはシフォンでできているので、重くない。袖は少しふんわりさせてあり肘上で締まっている。その下をヒラヒラさせていない。腕まわりがシンプルな分、胸回りにリボンでできた水色のバラがたくさん飾られている。
「こちらにいらしてから、引き締まられたようですわね。あんなに朝食を召し上がられたのに、ウエストを少しお直ししなくてはならないなんて。素晴らしいプロポーションですわ。うらやましいことですわ」
確かにこちらに来てから、腹筋が引き締まったという自覚がある。つまり、このドレスはテルヴァハリユ王国でのサイズで作られた物なのだろう。
『お母さまからの贈り物かもしれないわ。帰ったらお礼を言わないと』
イリナの想像はいつも少しズレている。
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