表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
八章 十年の月日
96/125

天と地


 あの時聴こえてきたのは声ではなかった。聴こえたという表現より、通じたという方が正しいのかもしれない。

 ナフカはその疑問を浮かべながら、誰もが寝静まる中、一人山中へ赴いた。どこへ向かっているのかも正直わからない。ナフカの意志とはべつに、そこへ向えと言われているかのように足が、体が動いている。そうして少し開けた川の辺りにマナはいた。

 岩の上で月を眺めている。今宵は満月。その光がナフカの姿も照らしたとき、マナはナフカを見定めるかのごとくじっと見つめたのだ。

 

 (出会うはずではなかったのだ…出会ってはいけなかった)

 

 マナの心中は穏やかではない。それを助長させるかのように森の木々がざわざわと葉音を立てる。

 

 「呼び立てたのは理由があるんだろう」

 

 ナフカは言った。

 しかしマナは黙したままである。それを怪しんだのか、ナフカは睨んでいるように見えた。

 

 「…そう睨むなナフカ。ここで出会ったのもお前の運命なのだろうから。正直、私はお前に会いたくはなかったがな」

 

 マナは続けて言う。

 

 「ナフカよ、お前はどうしてイスファターナにいるのだ?」

 「どういう意味だ」

 「龍の加護を受けるお前が、なぜイスファターナにいるのかと聞いている」

 

 ナフカがマナの言葉を理解できずにいると、マナは訝しんだ。

 

 「お前、自分が加護の持ち主だと気づいていないのか」

 「…俺が?加護を受けているというのか」

 

 マナはその反応に困惑し、そして笑った。

 

 「クッ…ククク!お前も不憫だな。そうか、知らずして加護を受けたのか。その名前、意味を知っていて付けたとばかり思っていたが」

 「俺の本当の名はナフカじゃない…。これは今の養父が付けてくれた名だ。俺の実の祖父の本、『飛翔するナフカ』という本から付けてくれた」

 「大層な名をもらったものだな。その養父もなかなか面白いことをする。龍の加護を受ける者に龍の名を与えるとは。それで、お前の本当の名は何と言う?」

 「…ヒュバル」

 

 マナはそれを聞くとしばらく間を置いて口を開いた。

 

 「帝国の生まれか」

 「そうだ」

 

 マナはしばらく遥か遠くを見つめるように目を細め、そしてナフカに視線を移した。

 

 「私が地に生きる生命のための神の遣いであるように、天にも神の遣いはいる。それが龍だ。だが、龍が司るのは生命ではない。時だ」

 「時…」

 「この先、お前は苦労するだろう。お前は龍の加護を受ける者として世界を見送る宿命(しゅくめい)にある。そして、帝国に生まれたお前は、いつかそこへ還る日がくる。正確には呼ばれるのだ」

 「イスファターナを離れると?俺は殿下の側近だ!何があっても離れることはない」

 「ナフカよ、これは変えられぬ。時を司る龍は必ずお前を帝国へ向かわせる。お前は決してそれに逆らうことはできないだろうよ」

 「…俺はそんなの信じない」

 

 マナは面白おかしく笑っていた。

 

 「私がルオンに加護を与えたそれを見ても信じないのか。お前は今宵、その目で全てを見ただろうに」

 

 ナフカはそう言われて何も言えなかった。全てその目で見ている。これは夢などではないと知っている。

 

 「…だが安心しろ。行くときはこの世界にとって必要だから行くのだ。これまでもお前の人生、見えない力に突き動かされたような不思議はなかっただろう?時とは全ての生き物の思惑が作用し構成するからな。龍の独りよがりでは成り立たない」

 

 ナフカは言った。

 

 「一つ聞きたいことがある。…俺は幼い頃、暗殺集団に売られ、そしてその任務中、私を助けようとした兄は命を落とした。それは、私の加護せいだったのか?」

 

 それに対してのマナの答えは単調だった。

 

 「言っただろう。時とは全ての生き物の思惑が作用すると。お前の兄はお前を助けたいと考えた…。その結果として命を落とした。兄のお前を守りたい意志のほうがお前の思いよりも強かったのだろう。それに…いつからお前に加護が宿ったのかわからぬゆえ、一言にお前のせいとは言うことはできん」

 「…」

 「お前が嘆くことは何一つない。もっとも…そんな単純に気持ちというものは整理されるものではないだろうが」

 

 ナフカは頷き、理解した上で重たい息を夜に吹きかける。マナも同じくどこか迷いをその目に浮かべていた。

 

 「本来私とお前は出会うはずではなかったのだ…天と地は相容れない存在なのだから。それでも出会ってしまったのは龍のやつが意図したことなのだろうよ。気に食わないがな」

 「俺を呼び出したのは?」

 「特に理由はない。強いて言うのなら、お前という存在がどのようなものであるかを知っていると言いたかったのだ。きっとこれが私の出せる最大の答え。これ以上は…」

 「そうか」

 

 ナフカはマナを遮るように言った。

 

 「俺が何者なのかそなたは知っているのだな」

 「ああ」

 「…なら、見ていてくれ。俺がどのように生き、どのように死ぬのか。山犬は血に生きる生命のための神の使徒なのだろう?」

 

 ナフカはそう告げるとマナに背を向け、宿舎への帰路についた。

 

 「ナフカ!お前の身に起こることを悲観するな!運命と時は互いに干渉し合う。すなわち人の手によって変えられるのだ!お前はお前の意思で生き、お前の選択が運命を呼ぶ!これは加護など関係なく、他の何人も触れられぬお前の強い意思が大切ということだ」

 

 マナは叫んだ。去っていくナフカの背に危うき何かを感じたのである。ナフカはその声に一度立ち止まる。そして振り返ると言った。

 

 「…わかっているつもりだよ、マナ。いつかシウォンの側を離れることは危惧していたことだ。だけど、もしそのような未来が来るとしても、きっとシウォンの側にいられるように抗うだろうし、抗えなかったとしても現れた運命を憎むことはない。また会えるように生きるだけだ。兄さんに会えなければ、シウォン達に会えなければ、俺はとっくに俺ではなくなっていた。今は出会えた運命に感謝している」

 「ナフカ…フッ、さすがは龍に選ばれただけはある。それでいい。さらばだ、ナフカ。二度と会うことはないだろうが、お前のことは見ているぞ」

 

 そうして二人は互いに背を向けそれぞれのあるべき場所に帰っていった。東の空が明るくなり始めている。

 ナフカは宿舎に戻るとハクの眠る部屋へと向かった。扉を開けるとルオンが歓喜の声を上げていた。

 

 「ナフカ!ハクが、ハクが起きたのだ!今までどこに行っていたのだ!」

 「申し訳ありません、少し席を外しておりました。ハク、体はどうだ?」

 

 ハクは熱と戦い続け疲労は見えたが、声はしっかりしていた。

 

 「はい。傷は痛みますが、問題ありません。ご心配をおかけしました」

 「そうか…。まだ無理はするな」

 「はい」

 

 すると、ルオンはゼンを抱き上げてハクに見せた。

 

 「ハク、そなたが眠っている間にゼンが私の側にいてくれることになったのだ!」

 「…は?」

 

 ゼンはハクの寝台に降り立つと言った。

 

 「ハク殿、この度は助けていただきありがとうございます。ハク殿はルオンの側近だと聞いた。つまり我々はこれからルオンを共に守る同士ということだ。よろしく頼む」

 

 ゼンはハクに握手を求めて手を差し出した。しかし当のハクはわなわなと震えて言った。

 

 「い、犬が…喋った…!側近…同士…んぅぅ」

 

 ハクはそのまま目を回して気絶した。

 

 「ハク!」

 「ハク殿!もしや…私は何かいけないことをしてしまいましたか」

 

 ゼンはナフカに問う。

 

 「…そういえばハクは昔、妖怪の類が苦手だった気がするな」

 

 すると、ルオンは今更ながらの問をゼンにした。

 

 「そういえばゼンはどうして人の言葉を話せるのだ?」

 「元々山犬として育っていたせいでしょう。基本、生命あるものとは話すことができますよ。…というか、今の今まで誰もそこを疑問に持たれなかったのですね」

 

 ルオンもナフカもそう言われれば、という程度の感覚だったのだ。本来、ハクの反応が正しいのだろう。

 ナフカはハクを少し可哀想に思いながらも、ルオン達に言った。

 

 「まぁ…しばらくしたら目を覚ますでしょう。ルオン様もゼンもまだもう少し休む時間はありますよ。お部屋で眠られてはどうですか。今日も公務はありますでしょうから」

 「…そうだな。ゼン、私は部屋で休む。そなたも来い」

 「はい」

 

 ルオンとゼンが部屋を去ると、ナフカはコーヒーを注いでハクの側でそれを楽しんだ。

 

 慌ただしい一日がようやく終わった。

 『運命』―それは巡り合わせによる、日頃の行いや、選択の積み重ねにより、結果として変わるもの。かつてはそのもたらした出会いに喜んだこともあった。そして、それを失ったときは絶望した。

 今ならこう思う。

 時を見送る宿命は変えられなくても、これから起こることは、運命は、自分の手で変えることができるのだ。時の向かっているレールは目に見えない。それでも、変えられるとわかれば不思議と怖くはないものだ。

 

 「それよりも…」

 

 まずはシウォンが起きるための準備をしなくては。目覚めとともにシウォンは紅茶を飲む。モーニングティーは香りのいいものにしよう。それから今日の予定についての確認と、朝食の会場の手配。

 目の前にやることはいくらでもあるんだ。先について論じるのはもう少し後でもいいだろう。

※宿命―決まっていて、変える事ができないもの。

※運命―巡り合わせによる、日頃の行いや、選択の積み重ねにより、結果として変わるもの。

※時―生き物の思惑が作用し構成されるものであるため、運命と干渉し合う。

という意味で、この物語を進めています。


 ナフカは龍の加護によって時を見送る宿命を持ちました。よって、今後何かしら『宿命』を果たさなくてはならないということです。マナが帝国に生まれた者ならば還る日が来ると言っていましたが…

 ほとんど(?)先の見えなかったイスファターナ戦記で後の展開が見え隠れするのは珍しいことだな、となぜか私個人も思いました。うまく回収したいですね。

 まだまだ果てしない道ではありますが、今後もイスファターナ戦記をよろしくお願いします。


誤字脱字報告、並びに感想ありがとうございました。

結月詩音


Twitter▷▷shion_isfal(結月詩音@イスファターナ戦記)

こちらでは登場人物の本編外の日常もお届けしています。

#イスファターナ戦記切り抜き劇場

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ