幸せのロケット
一部改稿しております(2021.1.22)
イスファターナ東方地域は、イスファターナ国内でも少し変わった場所として知られていた。東方地域というよりかは、アーヴァイン自治区という名の方が一般的に知られている。
シウォン達を乗せた馬車は、そのアーヴァイン自治区へ向かっていた。
「申し訳ありません、私も馬車へ同席させていただいて」
ラドファタスの城門を出ると、ナフカは言った。馬車にはシウォン、リヨル、ルオンとシーラ、そしてナフカが乗っている。定員は六人の馬車であるから問題はないのだが、長時間馬車に揺られらことを思うとやはり少し窮屈である。
「アーヴァインでの日程の確認のためだ。問題はない」
シウォンは窓の外を眺めながら答えた。
「そうですよ、ナフカ。気にしないでください」
「ありがとうございます。それでは日程の確認を…」
するとその時、シーラが椅子から降りてナフカの前にやってきた。
「殿下、馬車は揺れますから立たれると危険ですよ」
シーラは首を振ってナフカの膝をぽんぽんと叩いた。
「…殿下?」
「ナフカ、乗せてやれ」
そう言ったのは、いつの間にか窓から目を話してこちらを見て、面白そうな顔をしているシウォンである。
「え?」
全くわかっていないような声をあげたナフカをシウォンはやれやれといった様子でいる。
「ナフカ、父上はシーラを膝に乗せてって言ってるんだよ」
隣に座っていたルオンがナフカにこそっと耳打ちする。ナフカはそれを聞いてやっと気付いたようでカッと顔を赤くした。
「いや、しかし…」
いきなり膝に乗せろと言われても相手は皇女である。ナフカは急に目の前の少女に触れるのが恐ろしくなった。
「…ナフカ」
なおも膝を叩くシーラは、その様子を不安そうに眺めている。まるで、自分はナフカに嫌われているのかと思いそうな様である。
「…殿下、いらっしゃいますか?」
ナフカがそう口にすると、シーラは目をキラキラとさせて抱き上げられるのを待った。ナフカはシーラを抱き上げて、自分の膝に乗せた。じんわりシーラの温もりが伝わってくる。夏であったが、それは全く苦にはならない温かさだった。
「ナフカは昔と変わらないのね」
リヨルが必死に笑いを堪えながら言った。
「昔、ルオンが生まれて間もない頃、ルオンを抱いたときもすっごくおどおどしていたじゃない?」
「そういえばそうだったなぁ」
シウォンも笑う。
「父上、母上、私はナフカに抱えられたことがあるのですか」
「お前は城中の人間に抱き上げられたがっていたぞ。特にナフカとキシュにはよく遊んでもらっていただろ」
シウォンがそう言うと、ルオンは思い出したように頷いた。
「ねぇ、ナフカ。私ずっと聞いてみたかったのだけど」
「なんでしょう、リヨル様」
「あなた、結婚はしないつもりなの?」
突然のことにナフカは驚いた。
「だってグリュネール家はあなたが継ぐのでしょう?年齢的にもそう言う話はたくさん来ているのではないのかしら?」
「えっと…それはですねぇ…」
ナフカはリヨルからゆっくりと目をそらした。
「それはなんなんだ?ナフカ。聞かせてくれないか?お前を側に置く身としては気になるんだがなぁ」
「シ、シウォン様までお戯れを」
「戯れ?まさか。で、どうなんだ?」
こういうときのシウォンは、いたずらを考えるように楽しそうな顔をする。
「…一応、グリュネールの本邸にはそう言う話もあるそうですけど」
ナフカは追求されることを半ば諦めながら言った。
「そう言う話があって、お前の浮いた話は聞かないんだがな」
「私はその…っ、苦手…なんですよ」
「何が苦手なんだ?」
「……女性への接し方が」
ナフカが恥ずかしそうに答えると、途端馬車の中は静まり返った。
「…もういいでしょう、この話は!そうですよ、日程の話をですね」
ナフカが赤面してシウォンとリヨルの方を見ると、シウォンとリヨルは肩を震わせていた。
「いっそ、そこまでわかりやすい反応をしてくださるのなら、盛大に笑ってくださっていいんですよ、お二方」
「クククッ…いや、お前ってやつは最高だな」
「何がです!」
「フフッ、女官達の間で宮殿の華と言われているあなたが女性が苦手だなんて、嘘にしか思えないわよ。もう、何ていうところで笑わせてくれるのよ」
「妃殿下まで!それに苦手なのは女性じゃなくて、女性への接し方なんですよ!特に貴族の!」
二人は涙を流しながら笑った。
「まぁでも、わからん訳じゃないけどな」
「そうですわね」
そう言いながらも二人はまだその話題が楽しいらしい。
「お前にも苦手はあるんだなぁ。むしろなんだかほっとしたというか」
「苦手の一つや二つくらい、ありますよ」
「だけどお前、本当にこのまま独身でいるのか?」
「そればかりは運としか言いようがないですよ」
「運なんて言っていたら、執務官をしている以上、出会いなんて宮殿くらいしかないだろ」
「その時はその時です」
「お前が笑うと一人の女性が恋に落ちると一時は噂されていたのになぁ」
「なんだそのデタラメな噂は」
ナフカはふぅと、ため息を着いた。
「考えてはいますよ。シュワーム様やハサキさんのことを思えばね。あの二人は気にしてないでしょうけど」
「まぁ、これ以上お前の身の回りに口出しはしないが、あまり仕事ばかりというのも考えものだぞ。だが、お前やキシュの子どもがどんな子なのか、会ってみたい気もするな」
「会ってみたいって…まだいないのに」
するとずっとナフカの膝に座っていたシーラがくるりと膝の上で回って方向を変え、ナフカに抱きついた。その時わずかに頬に硬い感触を得たシーラは、ナフカの首もとをペタペタと触る。
「皇女殿下?えっ…あのっ!」
シーラは見事、シャツのなかに隠された首飾りを見つけ出したのだった。銀細工で中央にはロケットがついている首飾りに一同は注目した。
「ナフカもそういう飾りを着けたりするのね」
まず最初の反応はリヨルである。
「その中に入っているのは…髪、か?」
シウォンが目を凝らしながら見る。確かに少し赤みがかった茶色の髪の毛が入っている。
「お前の髪じゃなければ誰のだ?普通そう言うところには大切な人の何かをいれるんだろう?」
その時、シウォンとリヨルは何かに気付いたらしい。ナフカは嫌な気配を感じて話題を逸らそうとした。
「さて、いい加減日程の話をですね…」
「日程?そんなのお前がどうせ向こうに着いてからも話すだろ。その前に聞きたいことがたくさんあるんだ、なあリヨル」
「えぇ、シウォン様。それに私、だいたいの検討がつきましたわ」
「ほう、まずは推理を聞かせてもらおうか」
馬車の中ではどこにも逃げ場がない。ナフカはちらりと隣に座って静かに様子を見ているルオンに助けを求めた。
「駄目だよナフカ、父上と母上が知りたがってるんだ。その子どもである私に頼ったって、意味がないことくらいわかるでしょう?」
大きな目をくりくりっとさせたその顔はまさに、目の前にいるシウォンとリヨルとそっくりな顔だった。面白そうに笑っている。
子どもの無邪気な笑顔の前には、ナフカは諦めるしかなかったのであった。
「さっきの話からして、たぶん相手は私達の近くにいるはずです、シウォン様」
早速、リヨルによる推理が始まった。
「なるほど?」
「そして、茶髪が多いこの国ですが、ここまで明るい茶色の髪の毛はそういません。となると相手はシハル意外にいないのではないですか?」
「シハルか…なるほど」
シハルは皇太子宮殿に若くして女官長になった優秀な女官であり、出身は貴族ではあるが性格はさっぱりとしている。日頃から執務官と女官長として関わりの多い二人がそのような関係になっても、不思議ではない話である。
シウォンとリヨルはナフカに答え合わせをするかのように熱い視線を向ける。その熱量にナフカは頷くしかなかった。
「気付かれないようにしていたんですけどね」
ナフカは首飾りをじっと見つめているシーラに目を落とした。イスファルを出るときに渡され、ずっとシャツの下に隠して付けていたものをまさかこんなに早い段階で見つけられるとは思わなかった。
「まさかお前の恋人がここでわかるとはなぁ、お手柄だぞシーラ」
シウォンがそう言うと、シーラは笑った。
「シーラ、いいことをしましたか?父上」
「ああ、大手柄だ。ほら、おいで」
シーラは今度はシウォンの膝の上に座った。
「シハルとはいつからなの、ナフカ?」
「二年前くらいからですかね」
「そんなに前なの?私達、全く気付いてあげられなかったのですね、殿下」
「まったくだ。知っていたら配慮するのに」
ナフカは首を振った。
「付き合っていると言っても、お互いに仕事が一番という事でそんなに普段と変わらないのです。それがお互いの生き甲斐であるところがありますから」
「そうか。だが、二年も付き合ってロケットに相手の髪をいれるほど思ってはいるんだろ」
「ええ、まさか自分にそんな相手ができるだなんて、思ってもなかったのですけどね」
「大切なものができるんだ。それって生きている上でいいことだと思うがな」
「はい、本当にそうですね」
ナフカがヒュバルであった時は、こんな未来を想像なんて出来なかった。このことを知っているのは、シュワームとハサキ、そしてハクだけである。
シュワームにはなぜか気付かれてしまい、その理由を聞くと『長年の勘』だとシュワームは答えた。そのなり行きでハサキにはシハルを紹介したのである。今回はイスファルに残っているハクは、ヒュバルの時からの仲だから、シハルと付き合うことになったその日に伝えた。ハクはそれを心から喜んでくれた。
シハルはナフカの過去を知っている。付き合って一年経った日にナフカから打ち明けた。シハルはしばらく黙っていたが、やがてこう言った。
「…苦労、って言葉じゃ貴方に失礼ね。確かに貴方はたくさんの血を流してきたのだし、それは許されることじゃない…たとえ子どものときの運命だったとしても、やってはいけないことの一番は、生きられる人の命を失わせることだと、私は思うもの。でも、貴方はそれをわかっていてここにいるのね。それってすごく勇気のいることだと思うわ。そして今ここで私に打ち明けてくれた。きっと恐ろしかったでしょう?」
シハルは静かにナフカの隣に座って言った。それは普段快活に話す彼女とは思えないほど寄り添った言葉だった。
「ナフカ、いつかそのお兄さんのお墓に挨拶に行かせてね。そしてもし貴方が宮殿を出る日が来たら、私も貴方と一緒に行くわ。辛いことがある分だけ、人は幸せなことをたくさん得られるべきだと思うの。私がそれを貴方にあげるわ」
シハルの言葉に、ナフカはいつの間にか涙を流していた。その時、まさに『幸せ』をシハルからもらったのである。
やがて日が落ちてきた。
「シウォン様、まもなく最初の街が見えてきます」
外から馬に乗ったキシュが言った。
アーヴァイン自治区最初の街キルア。そこが今宵の宿となる。




