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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
八章 十年の月日
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帰路


 「では、またな」

 

 翌朝、レイヴィス達一行はソウェスフィリナ王国への帰路に着いた。

 

 「シウォン、リヨルを頼んだぞ」

 「わかっている」

 

 するとレイヴィスは、シウォンの隣でにこりと微笑むリヨルの頭を撫でた。

 

 「兄上、私はもう子どもじゃありませんよ」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめるリヨルは、レイヴィスには未だ十年前のソウェスフィリナにいた頃の妹と何ら変わり無く見える。

 

 「俺からすればいつまでも妹だ。だが、いい母親になったな」

 

 十年前と違うのは、妹は結婚していること。加えて、二人の子どもの母親となっていることである。

 変わらないものなんて無いのだろう。レイヴィスが言うと、リヨルは大切なものを得て、それに囲まれる幸せをいっぱいに答えた。

 

 「ありがとうございます。父上と母上にもよろしくお伝えを」

 「あぁ」

 

 それからレイヴィスはルオンやシーラをそれぞれ抱き上げた。眠たそうだったシーラは驚いて泣き叫んだが、レイヴィスはなお笑いながら抱きしめていた。

 

 「キシュ武官」

 

 ユンハンスがキシュに声をかける。こちらはこちらで別れを惜しんでいるようだ。

 

 「ユンハンス武官、またいつかお手合わせを」

 「あぁ。私の二十五勝二十四敗だったな」

 

 ユンハンスはキシュを煽ってみせる。

 

 「何を。二十四勝二十四敗一引き分けですよ」

 

 キシュは乗ってたまるかと言うように語気を強めた。

 

 「決着はいずれ。必ず果たすぞ」

 「その日を楽しみにしています」

 

 そうして二人は固く握手を交わした。

 その様子を見ていたナフカは、ユンハンスを見送るキシュに言った。

 

 「そういえば、いつの間にお前達は打ち解けたんだ?因縁の相手だったんだろ?」

 「タンベルクで会った時に…ちょっとな」

 「ん…?聞いてないぞ」

 「言ってないからな。あの当時のことを話して、じゃあこれから何が出来るかって話しになった。あの戦いを知るからこそ、二度同じことを起こさせない。それが俺とユンハンス武官との約束なんだ」

 「そんなことがあったのか」

  

 ソウェスフィリナの馬車が進みだして、キシュは手を振り始めた。

 

 「もちろんそれだけじゃないけどな。今でも俺は、毎年のようにウィジュグラードへ慰霊に行く。数年前、そこでたまたま会ったんだ。同盟でイスファターナに来ることは簡単になったからな」

 「へぇ、いい関係なんだな」

 「まぁーな」

 

 城門を出ていく馬車を遠目に、キシュは晴れ晴れとした笑顔をしていた。

 

 「兄上はこれからどうなさるのですか」

 

 リフキアが尋ねた。

 

 「イスファルに帰城する前に、東方の地域の視察だ。本来は父上の仕事だが、例によって押し付けられたというかなんというか…」

 「それはそれは」

 

 面倒そうな顔をするシウォンを見て、リフキアは同情の眼差しを向けた。昔から、父である帝のシウォンへの扱いはなかなかに厳しいというか、酷いというか、その様子をリフキアも目にしてきた。これを愛のある信頼と捉えることができれば強靭な心の持ち主だろう。

 

 「今回に限っては押し付けられた、というのは半分冗談だ。どうやら夏風邪のようなものを召されたらしい」

 「大事ないのですか?」

 「主治医は問題ないと言っている。今年は格別に暑いから疲れが出たのだろうとのことだった」

 

 リフキアはそれを聞いて安心した様子をみせた。

 

 「そういえば兄上、東側と言えば少し前に山崩れがあったのではありませんか」

 「あぁ。長雨のせいとも聞いている。もしかするとお前の力を借りることがあるかもしれないな。とはいえ、崩れたのは山奥の方でと聞いているから、街に被害はないと思うけど」

 「御用の時はいつでもお呼びください」

 「あぁ、助かる」

 

 やがて歓談しているところにシウォン達の馬車もやってきた。リフキア達とはまたしばらくの別れである。

 

 「では兄上、姉上。次に会うのは冬でしょうか。それまでどうかお元気で。父上や母上、ダナフォート卿にもよろしくお伝えください」

 「そうだな。お前も体に気をつけろ」

 「はい」

 

 馬車に乗るのをためらうシーラは目に涙を浮かべていた。ルオンもリフキアをじっと見つめている。

 

 「ルオンもシーラも、元気でな」

 

 普段リフキアは二人のことを殿下と呼ぶ。だがこのときはしっかり名前を呼んだ。それが子ども達には嬉しかったのか、二人は目からぽろぽろと涙をこぼした。

 リフキアは慌ててぎゅっと二人を抱きしめ、それからわんわんと泣くシーラを馬車に乗らせた。

 

 「叔父様」

 

 リフキアがルオンを抱き上げようとすると、ルオンが呼んだ。

 

 「どうした?」

 「…握手をまたしてくださいますか」

 

 リフキアは、涙を堪えようと必死な顔で、それでも溢れてくるそれをぬぐいながら言うルオンの震えた声に、心が締め付けられる気持ちになった。

 リフキアは手にはめていた白い手袋を取ると、ルオンの前に差し出した。そして手を差し出された小さな手を力強く握って、ルオンを抱き寄せた。

 そして耳元でこそっと何かを呟く。それを聞いたルオンは全身にビリビリと痺れを感じた。

 

 「さぁ、出発だ。またな、ルオン」

 「…はい!」

 

 王家の馬車がラドファタスの城門の先へ消えていく。リフキアはその姿が見えなくなるまで見送っていた。

 

 「またしばらく寂しくなりますね」

 

 アレッタが言った。

 

 「そうだな。でも不思議と寂しいより楽しみが勝る」

 「楽しみ…そうですわね」

 「ルオンもシーラも次に会うときにはまた成長しているだろう。二人のためにもまた頑張らないとな」

 「えぇ」

 

 水道橋の式典を終え、両国の関係はより強固なものとなった。それぞれの国に生きる者たちは帰路へつく。それぞれの胸には次の再会への期待が膨らんでいるのであった。

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