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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
八章 十年の月日
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十年の月日

明けましておめでとうございます!

今年もゆっくりと投稿していきます。

よろしくお願いします!


※加筆しています(二〇二一年 一月一六日)


 

 それから数日、シウォン、レイヴィス、リフキアはいくつかの会談を行い、今後の同盟のあり方を再確認した。

 レイヴィスがイスファターナ皇国を去る前夜、一同はささやかにお別れの宴を開いた。

 

 「あっという間だったなぁ」

 

 レイヴィスは名残惜しそうにそう言って、果実酒を口に運んだ。イスファターナ皇国の酒といえば、南のラティーユ地方のものが有名だが、南方の酒はなにぶん強い。慣れない者が飲めばひっくり返るとも言われている。

 そんなわけで、今宵の酒はレイヴィス達に配慮してイスファターナ皇国北方で作られた酒である。レイヴィスはその酒を大層気に入ったのか、手土産に持って帰るつもりらしい。

 

 「私の帰る場所は確かにソウェスフィリナにあるのだが、まるで住み慣れた家から出ていくような気分だ」

 「これからはいつでも来るといい。少し癪だが、私達は兄弟なのだし」

 

 シウォンの言葉に隣に座るリヨルが微笑む。

 

 「まぁ、私はシウォンの兄だからな。シウォン、次に来るときはまた存分にもてなしてくれてよいのだぞ」

 

 レイヴィスはけらけらと笑った。するとシウォンは少し口角をあげる。

 

 「リフキア、今度『兄上』がいらっしゃるときはラティーユのとっておきの酒を用意しておけ。あの強い酒に兄上は二日は起き上がれないだろうから、その弱った兄上をじっくり観察させてもらおう。大層な見物だろうよ」

 

 わざとらしく挑発するように言うシウォンにレイヴィスは反抗的な顔をして言い放った。

 

 「おい、シウォン。少しは年長者を敬う心はないのか」

 「無い。だいたい、たった一つの歳の差で年長者を気取られてもな。まぁ、その分俺は永遠に若さを自慢できるわけなのだが」

 

 平行線にいる二人に挟まれるリフキアはある意味では苦労者かもしれない。

 

 「わかりました。ぜひ、次の機会はいろんな酒を飲み比べましょう。心配しなくても、後ろに控える優秀な者達が翌日動けなくなる前には止めてくれるでしょうから」

 

 リフキアはナフカにキシュ、ケイトとユンハンスを見ながら言う。一同はそれを聞いて『お任せあれ』と答えるように頭を下げた。

 

 「ご歓談中に失礼致します!」

 

 すると、宴の席に一人の文官がやって来た。

 

 「何事だ」

 

 リフキアが立ち上がって文官のもとへ赴く。

 

 「イスファルより早便で届きましてございます」

 

 渡された書状に印されたものを目にしたリフキアは表情を一変させた。

 

 「紫月…」

 

 帝からの急ぎの文に使われる紫の月の紋。それが捺されていたのである。

 

 「帝よりのお言葉です。その文は公にしてよい、とのことでございます」

 

 つまりは他国の王子、レイヴィスの前に出してもよい内容だということであるが、場の緊張は高まるばかりだった。

 

 「リフキア、それをこちらに」

 

 シウォンが言う。そのシウォンは至っていつも通りの、いや、むしろ穏やかな表情をしていた。

 

 「はい」

 

 シウォンは、するすると渡された書状をほどくと、内容をさらりと読み、続いてレイヴィスに見せる。

 レイヴィスは、許されているとわかりつつも、他国の国書を見ることに少し抵抗を示しながら、やがて笑みを浮かべた。

 

 「いったい、何と?」

 

 リフキアは尋ねる。

 

 「リフキア、アレッタここへなおれ」

 

 シウォンが突如立ち上がってそう言うものだから、リフキアとアレッタは慌ててそれに従った。

 

 「これより勅命を二人に申し渡す」

 

 勅命という言葉にリフキアとアレッタ、そしてこの状況を見守っていた全ての者の空気が変わった。

 

 「第二皇子リフキア、並びに妃アレッタは謹んでこの命を受けよ。この度の水道橋の完成はとても喜ばしく、また十年に及ぶラドファタスでみせたイスファターナへの献身は、余をはじめ国民の知るものとなった。よって、余は長く見送っていたリフキア、アレッタ両名の結納及び結婚の儀を執り行うことを関係各所に命じ、両名は式典を終え次第、一時イスファルへの帰還を果たし、儀式を執り行うことを命じる。

 イスファターナ皇国帝アドロフ三世」

 

 シウォンによって読み上げられた直後、アレッタは横に並ぶリフキアを見た。

 

 「リフキア様っ…」

 

 当のリフキアはただ静かに涙を流していた。アレッタはそんなリフキアを抱きしめた。

 

 「ありがとう、アレッタ…っ、ありがとう」

 

 控えていたアイゼンやヨルナも互いに泣いて喜びあっていた。それを見ながらナフカは言った。

 

 「側にいたお前達の支えあってのものだ。この十年、苦労はあっただろうが、その全てを含めてお前達は間違っていなかった。よくやったな」

 

 ナフカは執務官としてアイゼンやヨルナの上司にあたる。元々武官である二人はこの十年、やり方もわからない執務官の仕事を、正解を模索しながら務めてきた。

 戦って勝つか負けるかという方程式が成り立つ武術や戦闘と違って、執務に正解はないのかもしれない。だからこそ、苦悩することはたくさんあった。特に、ラドファタスに赴任が決まってからは。

 ナフカの言葉はそんな二人への何よりの賛辞だった。

 

 「研ぎ澄ませれば鋭利な刃物に。しかし、研ぎすぎれば脆く危うい鉄の塊…」

 「それは…!」

 

 アイゼンもヨルナもその言葉に覚えがあった。

 

 イスファターナの故事に、このような話がある。

 鉄の強度を高めようと努力し続けた結果、大きな成功をおさめた鍛冶師の武人がいた。その鍛冶師にはそれを支えてくれる二人の友人がいた。成功した鍛冶師はその後、より一層鉄の強度をあげることにのめり込んでいった。

 やがて、彼の作った剣は初めの成功のおかげで注文が殺到。この注文の中に、細くて軽くて性能のいい剣と注文があった。鍛冶師は必死に剣づくりに没頭し、友人達はそんな彼に休めと言った。

 しかし、彼はそれを聞き入れず、口論の結果、友人は彼から離れていった。やがて男は剣を細くしようと鉄を打ち続け、完成した。だが、戦場でその剣は幾度か他の剣と交われば折れてしまった。

 彼の名声は失墜。おまけに友人まで失って孤独になったというものである。


 この故事は二つの主従の教えを説いていた。

 一つは、人の言葉に耳を貸さずにいれば全てを失ってしまうという鍛冶師、つまり君主の姿勢を説いたもの。

 もう一つは、大きな力や才を得た者はそれゆえに道を見失うことがある。そうなったとしてもその才者との関係が強固なものであれば、きっと道を見失わないという、ここでは友人、つまり従者と君主の関係を説いたものである。

 

 この故事はリフキアに仕え始めた頃、アイゼンとヨルナがリフキアとの主従の在り方として、口にしていたものである。

 その在り方として追いかけてきたのはシウォンとナフカ、そしてキシュの関係性であった。

 

 「…私は、この故事は君主と主従の君主の関係というより、人間の関係の脆さを説いているように思う」

 

 ナフカは言った。

 

 「だがお前達は十年、関係を築けた。十年打たれた鉄の熱はそう簡単には冷めないだろう。打った鉄をどうするか、これからが見物だな」

 「ナフカ様、キシュ様ありがとうございました!」

 

 アイゼンとヨルナは泣きながら言った。

 

 「俺はなにもしちゃいないけどな」

 

 キシュはナフカの後ろで笑っていた。

 

 「こういう瞬間があると、今度はそれ以上を求めていきたくなるだろ。仕える主のために次は何が出来るかってなぁ。わかるぞ、俺もそうだからな。そんで間違えても心配するな。ナフカが助けてくれるからよ」

 「はいっ!」

 「おい、キシュ。そこに自分は入らないのか」

 「俺は…ほら、お前に頼ってるからさ」

 

 ナフカは呆れた様子でため息をつく。

 

 「まぁ、そういうことだ。何かあったらいつでも頼ってこい」

 

 いつの間にか追う存在から追われる存在へ、引っ張っていく側になっていたとナフカは思う。それはきっと誰にもいえること。

 

 「兄上、これはどういうことでしょうか」

 

 リフキアはシウォンに言った。

 

 「どういうことも何も、これは勅命だぞ」

 「わかっています。でもどうして今…」

 

 すると、レイヴィスが言った。

 

 「来るべき時が来た、ってことだろ。素直に受け取ったらどうだ?」

 

 リフキアはレイヴィスを見る。

 

 「今回水道橋の建設に始まる同盟の締結にお前は不可欠だった。帝が仰せになられたお前の活躍は、ソウェスフィリナの国民も知るところだ。感謝なんて言葉じゃ足りない。お前達の式を、俺からも、ひいてはソウェスフィリナからも祝わせてくれ」

 「…ありがとうございます」

 

 リフキアはそう言うと、今度は兄シウォンを見た。シウォンは平時と変わらない顔をしている。それが余計にリフキアの心を喜びの反面惑わせもした。

 

 「本当によろしいのですか、兄上。私はいくらでも待つ心づもりだったのです」

 「本当によろしくないものを、この俺が今の今まで知らないはずがないだろ。この件は俺も預かり知るところだ。そこに、この男が公文書で意見してきたってわけだ」

 

 シウォンは多少呆れたようにレイヴィスを指さした。

 

 「こういうのは何かきっかけがあった方が物事が動くってもんだろ」

 「まぁな。まさかイスファルがこんなに早く動くなんて思わなかったよ。お陰さまだな」

 

 シウォンは手にしている勅書を差し出した。

 

 「リフキア、アレッタ殿。至らぬばかりに長く待たせてすまなかった。これから与えられる身分によって、その立場の重みをより感じることとなるだろう。その重さを知る者同士、これからまた共に歩んでいこう。改めてアレッタ殿、イスファターナ皇家へようこそ。二人とも、結婚おめでとう」

 

 シウォンはリフキアに勅書を渡した。その時、どこかで幼いと思っていた弟が急に大人になったようで思わず笑みがこぼれた。

 

 「兄上が笑われた…」

 

 リフキアは力が抜けたようにストンと床に膝をついた。

 

 「なんだ、私も笑うときは笑うだろう」

 「いえ、なんだか嬉しくて」

 「…意味がわからん!それでは俺が普段からお前に冷たく当たっているみたいだろうが」

 

 シウォンは苛立ちと照れを半分ずつ隠すように顔を背けると果実酒をグッと飲み干した。

 

 「叔父様、叔母様!」

 

 するとルオンがリヨルの側を離れて、二人の前で宣言した。

 

 「私は立派になります。まだまだ足りないところは勉強しますっ!だからっ…だから!私を見ていてください!」

 

 ルオンは勢い任せに言ったので、半ば息をきらせていた。リフキアは数日前の夜の一件も含め、十年背負ってきた荷物を下ろしたような気持ちだった。

 

 「それは楽しみだ。なぁ、アレッタ」

 

 リフキアの言葉はその十年を思い返すような深みをもって発せられた。そしてアレッタはルオンをぎゅっと抱きしめて答える。

 

 「ええ、殿下のご成長を楽しみにしております」

 

 シウォンは少し驚いた面持ちでルオンを見ていたが、やがて何やら面白そうにルオンの髪をわしゃわしゃと掻き回した。

 

 「ち、父上?」

 「お前がそんなに意欲的とは知らなかった。イスファルに帰ったら鍛えてやろう」

 

 苦い顔をしたのはルオンだけではなかった。リフキアはもちろん、レイヴィスも気の毒そうな顔をした。やる気になったときのシウォンほど相手をするのに恐ろしい相手はいない。

 

 「シウォン、ルオンは俺の大事な甥っ子なんだぞ。手加減してやれよ?」

 

 レイヴィスが言うと、シウォンは言い放つ。

 

 「俺の子だからな。それにルオンはそれを望んでいるようだし」

 

 ルオンは頷いた。

 

 「簡単なことではないとわかっていますから。御指南、よろしくお願いします!」

 

 それを見たレイヴィスは深くため息をついた。

 

 「はぁ。ラナサスも連れてくればよかった」

 

 ラナサスというのはレイヴィスの一人息子のことである。

 

 「そういえばお前の息子はたしか…」

 「九歳になる。ようやく国が落ち着いてきたとはいえ、俺とあいつが同時に国を出るのは許可が出なくてな。だけど連れてくるべきだった。いい刺激になったろうに」

 

 レイヴィスはルオンを見て笑った。

 

 「ラナサスと会う時には仲良くしてやってくれ」

 「はい、もちろんです」

 「…次はいつ来れるかな」

 

 レイヴィスは遠い目をした。

 

 「なんだ、リフキアの式には来ないのか?」

 「もちろん祝いたい。だけどなぁ」

 

 その時、レイヴィスとリヨルの視線がぶつかった。察しのいいリヨルにレイヴィスはさすがだと鋭い視線を向けて頷く。

 

 「もしかして…母上ですか?兄上」

 

 レイヴィスは曖昧な表情を浮かべた。雲一つ無い晴れ間であるにもかかわらず、どこか青さが欠ける空のようなそんな顔をしていた。

 

 「母上がお前と孫に会いたいって言っててだな。お前が送ってくる手紙は大事に全部保管して、何度も読み返しているんだぞ」

 「まぁ」

 「他国に嫁いだ娘には会えないと覚悟している、と言ってるんだがな。手紙、楽しみにしてるようだからこれからも書いてくれ」

 「それはもちろん…。母上はお元気ですか」

 「昔から変わらないよ。元気すぎるくらいだ」

 「では、次は王妃様がいらっしゃるのか?」

 

 シウォンが言う。

 

 「かもしれない、というだけだ。だいたい、一国の王座に就く人が簡単に使者になることは出来ないからな。会わせてやりたいとは思うけど」

 

 リヨルも昔を懐かしむように目元を潤ませていた。

 

 「本当にお会いしたいですね…母上にも父上にも。ソウェスフィリナのみんなにも」

 

 すると宴の最中、半ばうとうとしてリヨルに抱かれていたシーラがリヨルの頬に手を伸ばした。

 

 「おかあさまぁ…?泣いちゃだめ…」

 「…シーラ」

 

 リヨルは安堵して微笑みを浮かべた。その頬に涙が一粒、二粒と溢れていく。

 するとレイヴィスは立ち上がってシウォンに言った。

 

 「なぁ、シウォン。少し話をしないか」

 「…なんだ、急に」

 

 レイヴィスが変に真剣な面持ちでそう言うので、シウォンはそのまま立ち上がって宴の席をあとにした。

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