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イスファターナ戦記  作者: 結月詩音
八章 十年の月日
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憧れ


 二日後、ラドファタスは水道橋完成の式典を見に来た多くの人で賑わっていた。午前中の式典でついに水道橋に水が通され、数日のうちにはソウェスフィリナ王国の都へ到着する予定だ。

 

 「リフキア殿下、ソウェスフィリナ王国を代表して感謝する。これでどれだけの民が救われることか」

 

 レイヴィスはリフキアに改めて謝辞を述べた。

 

 「ぜひその感謝はここに集まる民へお向けください。そのためにも、これから私たちの役目はこの同盟を存続させることでしょうから」

 「ああ」

 「リフキア殿下!」

 

 そこへアイゼンがやって来た。

 

 「どうした」

 「こ、これは失礼をいたしました。ご歓談中とは知らず…」

 「何かあったのか」

 「いえ、その…イスファルよりムーラン達が参っておるのです。今回の水道橋完成を受けて、一目殿下にお会いできないかと」

 「その者達とは?」

 

 レイヴィスは興味津々に尋ねる。

 

 「都にいた頃世話になった者達です。彼らも水道橋の計画の功労者です。彼ら無しに今の私はいませんから」

 「そういうことなら早く行ってくるといい。私のことは気にするな」

 「…それでは、お言葉に甘えまして。またぜひお話しを」

 「ああ。ほら、早く行け」

 

 リフキアはアイゼンと共にレイヴィスの前から去った。

 

 「リフキア殿下はやはり初めてお会いした頃とは別人のようですね」

 

 レイヴィスの側近のケイトが言った。

 

 「人は変わる。それは強さにも弱さにもなるが、シウォンにとってリフキアは大きな存在だろうな。私には得られなかったものだ」

 

 レイヴィスの表情に影が落ちる。

 三年前のソウェスフィリナ王国の反乱でその首謀者達は全て処刑された。皇太后、側室、そして母親違いのレイヴィスの弟もである。法によっての裁きゆえに、何人もそれに逆らうことは出来ない。

 そもそも、生まれたときから敵対してきた相手に情というものがあったかと言われれば確かではない。しかし三年が経った今、レイヴィスはよく過去を振り返る。

 勢力争いに勝っても多くの血が流れたわけであって、決して気持ちのよいものではない。何かのきっかけでその先の未来が変わることがあったのではないか。レイヴィスはそう思わずにはいられないのであった。

 

 するとそこでレイヴィスは一つの視線に気がつく。

 

 「何をしている」

 

 柱の影から出てきたのはルオンであった。少し悪びれて出てきたルオンをレイヴィスは抱きかかえた。

 

 「そなたはかくれんぼが好きなのか」

 「ち…違います」

 「ほぅ。では何をしていた」

 「…」

 

 ルオンは黙ってしまう。

 

 「なんだ、喋れないのか。国を治める者は物事をはっきりと口にするものだ。そうでなければ臣下の信を得られない。さぁ、言ってみろ」

 「…叔父様をずっと見ていました」

 「それはリフキア殿下のことだろう。そなたはリフキア殿下に憧れでもしているのか」

 

 ルオンは頷く。

 

 「フフッ、シウォン…そなたの父が嫉妬するだろうな。まぁよい。では少し話をしようじゃないか。私にも教えてくれ。リフキア殿下の何に、そなたが惹かれる魅力があるのか」

 「…叔父様のところにはたくさんの人が集まります。皆が、叔父様を慕っているのです。私は叔父様のようになりたい」

 

 レイヴィスは笑った。その目下にはリフキアとムーアン達が話している姿が見えている。

 

 「確かに、殿下の人からの好かれ様はあまり類をみないな。国を治める立場としてはいささか異なる交わりかもしれないが。しかし、それがあの殿下の皇族としてのあり方なのだろうな。なるほど、そなたはそこに惹かれたのだな」

 「…でも」

 

 ルオンはポロポロと涙を流し始めた。突然のことにレイヴィスもケイトも驚く。

 

 「でも、その叔父様を苦しめているのは私なのです」

 「なぜそなたがリフキア殿下を苦しめることになる。リフキア殿下はお前を大切にしているだろう」

 「私の存在が叔父様と叔母様を幸せにして差し上げられないのです。私が早く立派にならないと叔父様も叔母様も…!」

 

 それを聞いてレイヴィスもケイトもはっとした。

 

 「もうよい!言わんとしていることはわかった!」

 

 レイヴィスはルオンを力強く抱きしめて、胸のなかで泣くルオンを宥めた。

 レイヴィスもケイトもリフキアとアレッタがいまだに式を挙げていないこと、アレッタが皇子妃の位に就いていないこと、そして何よりシウォンの世継ぎが決定したらリフキアが帝位継承権を返上するという十年前の取り決めを知っていた。

 ルオンはそれを小さな体でずっと抱え込んできたのだろう。

 

 「父や母には言えぬことだったのだな。これまでさぞ苦しかったであろう」

 「…ぃっ…っ」

 「私は他国のことに口は出せない。だが、同盟を結ぶために我が妹はイスファターナに嫁ぎ、同盟を安定させるためにリフキアは身を引かねばならなくなったとなれば無関係とも言えぬ」

 

 レイヴィスはルオンを降ろすと、その目を見て言った。

 

 「国を治めるためには時に何かを犠牲にしなくてはいけないことが必ずある。そなたの父と叔父にとっては婚儀や継承権が犠牲だった。しかし、犠牲というのは無駄であってはならない。無駄にするかしないか、それはシウォンやリフキアはもちろんのこと、そなたにも関わりあることだ」

 「…無駄にしないこと」

 「そうだ。先程そなたは叔父のようになりたいと言った。私がリフキア殿下であれば、この十年の犠牲の成り行きを見てそう感じてくれる者がいることは何よりの喜びだろう。我々国を治める者がやるべきことは、繋ぐことだ」

 

 ルオンは涙でぐしゃぐしゃにした顔で頷いた。

 

 「最も、そなたの父も叔父も『犠牲』とは少しも思っていないと思うぞ。一度、リフキア殿下と話してみたらどうだ。叔父に憧れて追うまでしているのだ。リフキア殿下も気づいていないわけはないだろうし、何より大切な甥の尋ねごとを聞かないわけがない」

 「答えてくださるでしょうか」

 「答えるさ。答えなければ私が抗議する」

 

 ケイトは泣き止んだルオンの顔をハンカチで拭ってやった。

 

 「お拭きくださいませ」

 「さっ、そろそろ部屋へ戻るといい。そなたの母は元気だが心配性なのだ。きっと探し回っているだろう」

 「はい。えっと…その…」

 「どうかしたか」

 「お、伯父上。ありがとうございました」

 

 ルオンはそう言って駆けていった。

 レイヴィスは『伯父上』と呼ばれてしばらく立ち尽くしていた。

 

 「本当は貴方を『伯父上』とお呼びするのは不敬なのかもしれませんが、この場合はよろしいのでしょうね」

 

 ケイトはレイヴィスの顔を見て深くため息をついた。その顔は居室に戻ってもしばらく変わらず、居室までの道中ですれ違った女官や兵達は、その表情に恐怖すら感じた者もいたとかいなかったとか。

 

 「ケイト。シウォンへ文を書く。後程届けよ」

 「はっ」

 

 こうして水道橋完成の式典はつつがなく終わり、イスファターナとソウェスフィリナの関係にまた新しい風が吹き込もうとしていた。

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